126.こいつか!!
シリルが戦っている音を背中越しに聞きながら、ニールは階段を2段飛びで駆け上がって最上階に辿り着いた。
そこは今までのフロアとは違い、どうやら部屋が1つだけしか存在しないらしい。
ならばもう迷う必要は無いとばかりに、ニールは両開きになっている豪華なドアを階段を上り切った勢いそのままで前蹴りを繰り出し、蹴り破る。
「……でやあっ!」
絶対にそこにあの魔術師(?)の男が居る……と思いきや、目に入ったのはもぬけの殻となっている豪華な部屋だけだった。
「あ、あれ?」
キョロキョロと室内を見渡してみるが誰も居ない。
部屋の中は火の点いていない暖炉が設置されていたり、小さなバーが設置されていたり大きなテーブルが窓のそばに椅子とセットで置かれていたりと、まさにこのタワーからの眺めを一望出来る場所になっている。
しかし、今の彼にとってはそんな眺め等はどうでも良い。
あの男が何処に居るのかが問題なので、もう1度注意深く部屋を見渡してみると「それ」が目に入った。
(……そうか、あそこが屋上に繋がっているんだな!!)
大きな窓の横に、バルコニーに繋がるドアを発見したニールはそこから外に出てみる。
すると予想通り、そのドアの横にハシゴがあったのでそれを上って屋上に辿り着いたのだが、彼の目に飛び込んで来たのは信じられない光景だった。
「……なっ!?」
そこには黒光りする、重厚感溢れる「砲台」としか呼べない鉄の塊が斜め上に伸びている。
そしてその砲台の横には、ニールが追い掛け続けて来た人物がしゃがみ込んで何やら作業をしていたのだ!
「……おや? 僕が召喚した手下の魔物達を退けてここまで君が来てしまうなんてね。思ってもみなかったよ」
屋上に姿を現したニールの姿に気が付き、その黒くて大きな塊を弄っていた魔術師(?)の男はしゃがみ込んでいたその身体を動かして、また仁王立ちの姿勢になった。
「御前か……あのトラップを仕掛けまくっていた奴は!!」
ニールはカラリパヤットの姿勢で身構えるものの、男はそれでも仁王立ちで腰の後ろに手を組んで余裕の表情である。
そして心の中で納得した様子で、何やら小さく頷いた。
「どうやら君達はそれなりに強い様だね。でも、ここまで来るのに君1人とは僕もなめられたもんだね?」
「御前を倒す為に、自分の身を犠牲にしてまで皆が戦っているんだ!!」
そう言うニールに対して、男は腰の後ろに回した両手で握っている愛用の杖の先端でトンッと屋上の地面を軽く叩く。
「……ふむ、ならば次は特別にこの魔物で君と1対1でお相手しよう。これなら違う展開も望めそうだからね」
「なっ!?」
ここに来てまた魔物を召喚するなんてさせないぞ!!
その思いだけでニールは男に向かって駆け出すものの、その前に男が魔物を召喚する方が早かったらしい。
「いでよ、ケルベロス! !」
声と同時に、男にだけ見えている大きな水色の魔法陣からヌルッと一気に大きな魔物が現れる。
身長178cmの自分と比べてみても、明らかに大きなその体躯。
縦の長さで言えば大体3メートルはあると言えるだろう。
ニールが見上げるその視線の先。
そこには口の端からヨダレを垂らし、今にも飛び掛かって来そうなその獰猛な表情で彼を見つめる1匹の動物の姿があった。
(や、やべぇ……)
直感的に「これは勝てない」と彼が悟る程、勝つのは難しそうな動物と対峙する。
3つの首を持ち、約3メートルの高さ位と言った所の黄土色の肌をしている、人間の自分より明らかに大きい身体。
そして身体の後ろからチラチラと見え隠れしている、二又に分かれた白い尻尾は不気味にユラユラと揺れている。
これは何時か何処かで見た覚えのある「ケルベロス」そのものだったのだ。
「……さて、そろそろ君には退散して貰うとしよう。僕は本来の研究に戻らなくてはならないのでね」
そう言って、男はその場からまた魔術か何かを使ってスッと姿を消してしまった。
しかし、ニールはその男を追うとかそれ以前の状況なのだ。
自分の目から見てもすぐに分かる位に殺気立っている、この目の前のケルベロスから一体どうやって逃げ出すべきか?
今までの経験や知識を頭から引っ張り出しつつ、ニールはチャンスを探る。
(足の速さは図体がでかいからこいつが速そうだし、出入り口のドアも向こうにしか無いし、ここは20階のタワーの屋上でつまり21階部分になるから飛び降りる事も出来ないし……つまり……)
つまり打つ手は無さそうだ。それはすなわち死を意味する。
(くそっ、これじゃダメか!?)
ケルベロスから視線を外さないままで、ニールは腰に下げている武器に手を掛ける。
だが、そんなニールの焦りが滲む表情と心境を読み取ったのか、ケルベロスは息を大きく吸い込んで何かの準備をし始めた。
本能がニールの脳に警鐘を鳴らし始める。
「ちっ!!」
ニールが咄嗟にほぼ真横に飛んで、そのまま転がって受け身を取った瞬間、今まで彼が立っていた場所を業火が覆った。
ケルベロスは口から炎のブレスを吐き、ニールを焼き殺そうとしたのである。




