122.亀裂
その9階のフロアが終わって上に進む4人だが、この10階から雰囲気が変わった。
2、3階と作業場所のフロアが続いて4、5、6、7、8、9階と細長い通路が入り組んでいたフロアで構成されていたのが、10階からは吹き抜けの天井になっているでは無いか。
「……あれ、今度は吹き抜けか?」
「と言っても完全な吹き抜けじゃなさそうだな。所々に通路が横切っているから」
見渡せる範囲が広くなったのは良いが、さっきみたいに空を飛べる魔物が現れてこの吹き抜け部分に逃げられたらかなり手こずるだろう。
しかも吹き抜けの周りの部分を通らないといけないので、今までよりも上に上がるのに時間が掛かりそうだと思ってしまう。
それでもまだまだ進むしか無いし、下から見上げる限り網の目の如く横切っている通路で魔物相手に戦う事になったとしても、それはその時に対処するだけだ。
階段が両側に2つあるので、ここはシリルとニール、エリアスとエルマンで二手に分かれて吹き抜けの通路で何時でも合流出来る様に段取りを考えておく。
その段取りを決めた後、それぞれの通路に設置されているドアの向こう側を調べて行く。
と言っても、そこで特に目ぼしい物は見つかりそうに無かった。
ドアの向こう側はどうやらホテルの客室の様な、それともアパートの一室の様な造りの部屋になっており、人が住む為に設計されているフロアなのだとニールには分かった。
長い年月が経過しているが故に、何処の部屋も朽ち果てておりホコリやカビまみれ。
更には魔物が闊歩している部屋に時々踏み込んでしまい、そこで戦いを余儀無くされる事もあった。
しかも部屋の数が多い為、しらみ潰しに探して行くとなるとなかなか労力も時間も使う事となる。
そして、全ての部屋をチェックし終わった時には4人とも疲労困憊の状態だった。
「あー……少しだけ……少しだけ休もうぜ……」
「ああ、そうだな……」
あの男を追わなければいけないのは頭で分かっていても、身体が言う事を聞いてくれないのではどうしようも無い。
それでも、こうして全ての部屋を調べてみて分かった事があった。
「とりあえず、あの男はこの吹き抜けのフロアには居ないみたいだね」
「だな。でもこのタワーはもっと上があるみたいだし、まだ調べる余地はあるって事だ」
しかし、最上階の通路を渡って更に上に進もうとした一行の前に「ヤツ」が現れた。
「……!」
「あ、お、お前っ!!」
灰色の床と壁で渡り廊下になっている通路の真ん中に、さっきの階段の時と同じくあの男が仁王立ちをしている。
4人はそれぞれ男に対して即座に武器を抜き、臨戦態勢を整えて何時でも来いと言わんばかりの表情だ。
相手は1人。こちらは4人。第三者から見て分があるのは明らかにニールのパーティの方である。
対する男のその表情は明らかにうんざりしており、ここまでやって来た4人の姿を見て溜め息を吐きながら頭を左右に振った。
「しつこい人達だね。僕は研究の邪魔をされるのが何よりも嫌いなんだよ」
そう言うと、魔術師の男は地面に手をかざして巨大な魔法陣を自分の足元に作り出す。
その瞬間、ミシ……ミシッと渡っている通路に亀裂が入り始める。
「……はっ!!」
あのロボットが突進して来た時の光景がフラッシュバックして来て、背中を向けて立ち去る魔術師を追うべく走り出す4人。
そんな4人の目の前で、亀裂が大きくなった通路が崩壊する!!
「ふぉらぁ!!」
力強く踏み切ったシリル、ニール、そしてエルマンは崩壊して行く通路をギリギリで飛び越える事が出来た。
だが、最後尾のエリアスだけは違った。
「ぬおああああ……ぐえっ!?」
精一杯の幅跳びをしたまでは良かったが、他の3人と比べて体力や筋力、跳躍力で劣っていた彼の身体ではその亀裂から生じた大穴を飛び越える事が出来ず、幅跳びが足りずに渡り廊下のふちに腹からダイレクトヒット。
その衝撃でガレキと共に、仰向けに真っ逆さまに落ちて行くエリアスに他の3人が気が付いた時は既に遅し。
「え、エリアスっ!?」
「うおあああーーーーっ!?」
ガレキが飛び散る中で絶叫を残して、腹をぶつけた苦痛に歪む表情を浮かべるエリアスを絶望の表情で見つめる事しか出来ない3人。
しかし、それで事態は終わらない。
また3人の足元に魔法陣が現れ、更に亀裂が入り始める。
「エリアス! エリアスぅ!!」
「くっそ、こっちだエルマン!!」
悲痛の声を上げるエルマンをニールとエリアスで協力して抱え上げ、更なる崩壊から逃れる為に何とか渡り切ったまでは良かったものの、まだモウモウと煙を上げている崩落後の通路を見つめてしばらく動けない3人。
「そんな、まさか……」
先程ガレキの中に消えて行ったエリアスの苦痛の表情が、今でも鮮明に思い出される。
「くそっ、あの野郎……絶対に許さねえぜ!!」
「俺もだよ!!」
シリルとエルマンは憤り、ニールも静かに怒りの炎を燃やす。
「何が研究だよ……ふざけるなよ……」
エリアスが犠牲になった事で、3人は改めてあの魔術師を追い掛ける事を誓った。




