105.裏切られたおっさん
「目、大丈夫?」
「ああ……もう平気だ」
後片付けの終わった国立図書館の1階のエントランスで、備え付けの椅子に座って自分の目の様子を確認してくれているミネットに対してニールが答える。
「誰かが怪しいとは思っていたけど、まさかユフリーが裏切り者だったなんて……」
「それっぽい素振りはあったにはあったけど、いざこうして分かってしまうと何だか複雑な気分だな」
ここに来て発覚した、まさかのユフリーの裏切り。
パーティメンバーの中の誰かが裏切り者じゃないかと以前に話題にはなったものの、ニールと戦った2人とニール以外の3人のパーティメンバーによって、その正体がユフリーであると暴露される結果になった。
そして彼女の代わりに、ニールと戦ったその2人の若い男が新たにパーティメンバーに加わる事に。
「何か色々あったみたいだけど……、とりあえず僕から自己紹介しておくね。僕はイルダーって言うんだ」
「俺はエルマン。俺達2人はエリアスと一緒に居た時期が長い腐れ縁さ」
2人も元々シルヴェン王国と言う南の国で活動していたらしく、その過程でエリアスと出会って行動を共にしていた時期があったらしい。
今はエリアスと離れて2人で冒険者家業に精を出していると言うが、ニールには彼等がただの冒険者にはとても思えない。
「よろしく。でも……かなりタイミングが良かったな。俺が機密書物庫の中に入って少しした後に入って来たんだから」
ギルドの冒険者と言う事で、彼等もまたあのエジットと繋がっているんじゃないか? とニールは考えてしまう。
それはイルダーとエルマンの2人も薄々感じているらしい。
「まぁ、それはな……」
「もしかして、俺等もエジットの奴と繋がっているって思ってねーか?」
「……ああ。ハッキリ言わせて貰えばまだ信用は出来ないな」
そう言いつつエリアスの方にも視線を向けるニールに対し、当のエリアスは一旦シリルとミネットと顔を見合わせてから何かを決意したかの様に頷いた。
「そうか。だったらもう……俺達も本当の事を話した方が良いかな」
「それが良いでしょうね」
「もうここまで来たら黙っている必要も無いだろうし、疑われたまま一緒にパーティを組むのはこの先で気まずい思いをしながらの旅路になっちまうだろうしな」
その3人の会話を聞き、まさかこの3人も自分に何かを隠しているのか? とニールは思わず身構える。
「おいおい、待てって。俺達の言い方も少し悪かったか。俺達はエジットと何の関係も無いよ」
「そうそう……エリアスの言う通り、私達はこの国のギルドとは関係の無い立場なの」
「結論から言ってしまえば、俺達は他の国の騎士団員とその仲間なんだよ」
「へ?」
他の国の騎士団員? その仲間?
今までずっと「自分達は冒険者だ」と言われてここまで一緒に来ていたニールにとって、何がどうなっているのか頭の理解が段々追いつかなくなって来ている。
しかも、その話を聞いていたイルダーとエルマンも手を上げつつ答える。
「俺達も本当は冒険者じゃないんだ」
「何だって?」
立て続けに暴露される5人の正体に、ニールは何処までが本当の話なのか更にパニックになる。
そもそもこの5人の関係は一体どうなっているのか、誰を信じて良いのか……この状況はもう何が何だか分からない。
「……あのー、取り込み中の所悪いが、色々話を聞かせて貰えるかな?」
「ん、分かった。じゃあ続きは終わってからにしよう」
だがそこで図書館の職員から声を掛けられ、パーティメンバーは一旦会話を終わらせ事情聴取に向かう事になった。
「じゃあ、その女が機密書物庫の中に入って行ったと?」
「ああ。俺、あの女が本棚を倒したのを見たんだ。そしてどうやったのかは分からないが、みんなが騒いでいる隙を突いて機密書物庫へのドアを開けて、更にその奥のドアも開けて中に入って行くのを俺は後ろから追い掛けて見てたんだよ。で……あの女は何処に行ったか知らないか?」
事情聴取が始まり、ユフリーの行方を聞き出そうとしたニールに図書館の職員は見たままを伝える。
「あの女だったら3階の窓から飛び降りて行ったよ。機密書物庫の方からいきなり出て来たかと思えばそこの開いている窓から下にある高い木に向かって飛び降りて、そのまま木の幹を伝って逃走したよ!!」
「くそ……何て逃げ足の速い奴だ!!」
怒りに燃える表情を見せるニールだが、実はこれも自分が疑われない様にする為にとっさに考えたシナリオだ。
あくまでも自分は「後から追い掛けた」と言う追跡者の立場を装って話し続けるニール。
先に機密書物庫の中に入っている彼からして、言っている事はまるで嘘である。
「それで、そいつはあの機密書物庫の最奥にある透明なケースから破片か何かを取り出して自分のズボンのポケットに収めた。明らかにそれは窃盗だから、逃がす訳にはいかないと思って俺はその女と戦った。だけど……済まない、俺が力不足なばかりに逃げられてしまった……」
「後から追い掛けた僕とこの男も同じだよ。あの女に2人掛かりで負けてしまった。でも行き先の見当は大体ついているから、責任を持って僕達があの女を追い掛けて決着をつけるよ」
「絶対逃がさないぜ、あの女……!!」
事情聴取前に自分達が疑われない様に嘘の話の展開を思い付いたニールと、それをベースに事前に打ち合わせしていたそのシナリオに沿ってイルダーとエルマンも「全てはユフリーがやった事」として全ての責任をユフリーに押し付ける、と言う作戦だった。




