わたしのおうち
「時間だけ決まっているんです。午後三時十分ていう、時間だけ」
ペットボトル入りの麦茶をコップへゆっくりと注ぎ、茉衣子が言った。
籐のラグに腰かけていた青木は「はあ」と答え、二つのグラスが透き通った焦げ茶色に埋まっていくのを眺めていた。
バイト先の後輩の。可愛い女の子と。誰もいない部屋で。二人きり。
並ぶ条件だけ見れば、鼻息が荒くなりそうにもなる。
でも今、青木はむしろ息がつまりそうだった。きちんと整った部屋の中。知らない家の匂いと、気密性の良さがもたらす静けさ。それから
――見られている。
という緊張感に包囲され、ラグに座り直す動作さえ、ぎこちなくなる。エアコンは二十八度に設定されているらしいが、足元から冷気が忍びあがってきた。午後の太陽が斜めに射し込み、室内を照らす。白い壁の鳩時計から、木彫りのおどけた鳩が出てきて三時を告げた。
『あと十分か』と、心の中で呟き、出された麦茶を一口飲んだ。青木の口中に、冷たさと香ばしい匂いが広がった。傍らの茉衣子も、ちらっと時計を見る。
「他は……色々です。部屋の電気が勝手についたり。使ってない目覚まし時計のアラームが鳴り始めたり。窓の鍵が一斉に、ガチャって解除されたりとか。クローゼットの扉が、一度に全部バターンて開いたときは、ちょっと怖かったな」
「えーっと、それ、ポルターガイストって言うんだっけ? 他には? 何か、怪奇現象とか」
左斜め前へ腰かけた後輩に尋ねると、茉衣子の髪が肩の上で左右に揺れた。
「いえ、それだけです。大丈夫です。でもこの時間帯は出来れば、一人で家に居たくないなぁと思って。付き合ってもらっちゃって、すみません。どうぞ、お茶だけでも飲んでください」
茉衣子は慣れない動作で頭を下げ、改めて麦茶を勧める。口元が、照れくさそうに笑っていた。
「どうも」と厚意を受け取りつつも、小学生のお手伝いみたいだと、青木は苦笑いする。
今日のバイト先で、茉衣子の『家』の話しになった。
怪談話は嫌いじゃない。ちょっとだけ興味が湧いた青木が軽い気持ちで、「じゃあ俺、今日は午後ひまだし、付き合ってあげよっか?」と言ったら、断ると思っていた後輩が「いいんですか?」と乗ってきた。
下心が無かったというと大嘘になるが、この『状況』では起こるものも起こせそうにない。
「何で、三時十分なの?」
グラスを片手に青木が質問すると
「んーと……。ちょうどお母さんが亡くなった時間、だからかな?」
小鳥のような忙しなさで、茉衣子が小首を傾げた。
「ちゃんと確かめてないから、違うかも? だけど、これくらいの時間だった気がするんですよね。バイト先に連絡があって……病院へ着いたのが三時頃だったと思うんで」
また時計を見上げて言う。
茉衣子の母親が、昨年他界しているのは青木も知っていた。
「あのとき、他に親族は誰もいなくて、私が一人で看取ったんです。お父さんは間に合わなくって、どうしても……。母方のおじいちゃんとおばあちゃんには、後でお父さんが連絡しただけです。お母さんがそうしてくれって、事前に頼んでいたみたい」
そこまでで、茉衣子は一度言葉を切る。
「おじいちゃん、おばあちゃん。あんまり親しくないの?」
どことなく聞いてほしそうにも見える横顔。青木が促すように言うと、頷いて茉衣子は笑った。
「お母さんの実家は、よく知らないんです。旧姓だけ知ってます。場所も聞いたっけ? でもあんまり知らない地名で……地方都市っていうんですかね? 私はおじいちゃんもおばあちゃんも、面識なくて、家に遊びに行ったこともないんですよ。お母さんが亡くなったときも、お香典だけ送られてきました。お葬式には、誰も来ませんでした。向こうもお年寄りで体調が悪いからって」
親しくもない、血筋だけの“親戚”の対応について、嬉しいも悲しいも無さそうに言う。
「体調不良? 嘘くせー……」
「ですよね~? 嘘だよねって、私も思ってたんです」
青木が合わせると、茉衣子もまた笑った。
「あ、でもギャクタイ家庭じゃなかったんですよ? お母さん本人が、違うって言ってましたし」
パタパタと、右手を振って言う。
わざわざそんな注意を入れなければならないほど、素っ気ない間柄だったらしい祖父母と母親。その間に挟まれて育った茉衣子だが、疑問や不満は、表情には見当たらなかった。
「ただお母さんは小さい頃から、親にあんまり気に入られてなくて、お姉ちゃんばっかり可愛がられてたって、話してました。家族の団欒とか? そういうのと無関係で、家で一人で浮いてる子だったらしくて。何やっても褒められないし、怒られないし。それで自分がここに居る意味無いなーって思って、専門学校出たあと実家を離れたと言ってました。誰にも言わずに、全部一人で準備して……何かもう、それ夜逃げじゃん? て感じですよね。そういう勢いで家を出たそうです」
家族内で一人ぼっちだったのだと茉衣子に語った、その母親。
みそっかすとして育ち、早々に『家族』に見切りをつけた母親は、繋がりを求めて外へ出た。
「その頃のお母さんの生活は詳しく知らないんですけど、結構ヤバいっていうか大変だったみたいです。完全に地元離れて、知ってる人もいない土地で、当時お母さんまだ十代で。それでも仕事みつけて働いて頑張って、彼氏と出来婚して私が生まれて……でもその後、離婚しちゃったんですよ。その人、暴言なんかもあったらしいです。しかも別れてからもストーカー的な。だから、離婚して二年後って言ってたかな。お父さんみたいな人に会えて、本当に良かったんだよーって、話してました」
茉衣子は無邪気に話している。
相槌と共にそれを聞き、ずいぶん踏み込んだことまで話すんだなと、青木は面食らう思いだった。赤の他人の自分に対してもあけすけだが、母子であってもよくここまで話す、と思う。一人娘と母親とは、こういう距離感なのかなと考えたりしていた。
「就職先で出会ったそうです。お母さんの一目惚れだったっぽいです。完全に自慢話で、子どもの私が聞いても、ちょっと引くくらいでしたね……。お父さんのことになると、すぐヤキモチやくし。あ、でも家族仲は良かったんですよ? 三人でしょっちゅうカラオケ行ったり、遊園地や旅行もたくさん行ったし。毎年誕生パーティーは欠かさなかったし、日常的に夫婦で変顔競争とかやる人達で、面白かったんですよー。再婚て聞くまで、私も今のお父さんがホントのお父さんだと、全然疑ってなかったんで。今もまだ信じきってない感じだし……。お父さんは、お父さんとしか思えないんですよねー」
茉衣子の現在の父親は、母親の再婚相手だった。
教養と良識を備え、優しく明るい新しい父親に幼い茉衣子はすぐ懐き、今では完全に父親として認識している。家族仲は良好で温かいものだったようだと、青木にもわかった。
「お母さんは、お父さん大好きで、ずっとずっと一緒に居たかったんだと思います。やっと落ち着いた環境になって、子供も大きくなって手が離せるようになって……。これからやりたい事や、好きな事やろうと考えてたんじゃないかな。お父さんと、もっとデートなんかもしたかったと思いますよ。二人きりの時間は、きっとそんなに無かったから」
求め続けたぬくもりは手に入り、“ありふれた幸せ”と“何気ない日常”の中で、家族の日々は過ぎたのだろう。
そこまで言って、茉衣子は麦茶を飲んだ。
「だから……すごい悔しかっただろうなって、わかるんですよ。いきなり病気になっちゃって。しかも、もう手遅れとか言われちゃうやつで。そのとき言われた余命は、半年でした」
茉衣子の声が転調していく。
安定した仕事で働く父と、家事が好きで世話焼きな母と、将来をあれこれ夢見ていた娘。穏やかな家族三人の暮らし。そこへ降りかかった、母親の病。驚きと衝撃と悲嘆に暮れても、茫然としている暇は無く。家族三人は立ち向かった。
「お母さん、すごく頑張って治療したんです。『あんたが成人するまでは、何が何でも生きるから』って言ってました。お父さんも『治そう』って治療費も捻出して……全部で大体、五千万て言ってたかな」
「五千万……そんなかかるの」
庶民には到底気安く出せない治療金額に、青木は絶句した。
「私も働く事にしたんです。お母さんの病気が治せるなら良いやと思って」
「それで進学しなかったんだ? 茉衣子ちゃん、めちゃくちゃ親孝行じゃん……」
「いやいや、進学が親孝行になる人はいるし。私は頭悪いから、私に出来ることしただけで」
「んなことないって」
後輩の行った献身は、当たり前ではない。青木は感心どころか、胸が痛むほど尊敬した。
「病院の治療や、薬の他にも……病気に効果がある水とか、何でもやりました。お医者さんも、何も言わなかったですね。好きにさせてくれていたのかも?」
先進医療から民間療法まで、手当たり次第にやってみたという。茉衣子は進学を諦めるも、その声音に暗さは無かった。
「病気だけじゃなくて、治療も薬の副作用も、相当キツそうでした。最終的には病院で全身チューブだらけで、装置に繋がれて動けない状態だったんです。それでもお母さん、治療をやめるとは言いませんでした。絶対負けたくない、諦めたくないから見捨てないでって、先生やお父さんにも頼んでいました。家族でチーム組んで頑張ったんです。闘病生活は、三年……かな」
茉衣子は時間を勘定する表情で、ちょっと首を傾げる。
青木は、「すごいね」や「えらいね」と言うのも憚られた。未だに親に頼ってばかりの自分を、何となく恥じる。
「奇跡ですよって、お医者さんは言ってました。本当に皆さんよく頑張られましたねって、褒められたんです」
臨終の後、憔悴しきっていた茉衣子と父親は医療関係者たちに慰められ、担当医にも健闘を称えられ労われた。
しかし。
「でもお母さん自身は……。納得なんて出来なかったんだと思います。どうしても死にたくなかったんだと思います」
グラスをテーブルへ置いて、茉衣子が俯いた。陽射しが、茉衣子の輪郭を白くぼかしているのを、青木は目を細めて盗み見る。
「末期に近付くにつれて、お母さんしきりに『怖い、怖い』って言っていました。何が? って、私も一度だけ質問したことがあるんです。『取られちゃうのが怖い』って話していました」
「取られる? ああ……そうだよな、命が取られちゃうんだもんな」
青木が言うと、バイトの後輩も小さく頷いたようだった。
着々と近付く死に直面する人の負担と恐ろしさは、能天気に日常を暮らしている身には想像もむずかしい。
「はい……私もそう思ったんです。病気で辛くて、痛くて苦しかっただろうし。身体の自由とか、家族と過ごす時間とか、奪われたくないものいっぱいあるじゃないですか。そういうことなんだろうと、思っていたんですけど……」
茉衣子の言葉が、きゅっと喉へ引っ込んだ。
「違うの?」
あえて青木は尋ねる。
違うのだろうと察した上の問いかけに、茉衣子は微かに笑って返したが、そこには苦しげなものが混じっていた。
「ホントのホントに、最期のとき。病院でお母さんが、亡くなる寸前……今わの際っていうんですか? お母さん、枕元に来た私を見て、お父さんの名前を呼んだんです。私のこと、お父さんと間違えていたんです。幻覚が見えていたのかも? それまで声も出なくなっていたのが、あのときだけ何故か話しができました。それでね」
母親の容体が急変し、運び込まれた一室。
枕元へ駆けつけた茉衣子の手を握り、意識も朦朧とした母親が言ったのは。
「『あの子とだけは、絶対に再婚しないで』って言ったんです。それが最後の言葉でした」
「あの子?」
青木が繰り返すと、茉衣子は曖昧に笑う。
「私も最初は意味わかんなくて、『あの子』って誰だろうと思ったんです。お母さん物凄くヤキモチ焼きだったんで、お父さんの昔の元カノ? とか考えたり。まさか不倫相手? とか。でもそんなのお父さんに聞けなくて、ずいぶん考えて……後でわかりました」
茉衣子の笑顔は変わらないが、心持ち声が小さくなっていた。
「あれは『娘』の私のことだなって」
ラグで油断していた青木は、一瞬遅れて「は?」と声を発する。
「そう考えると、何か筋が通るっていうか、わかる気がするんです。ショックもありましたけど……」
茉衣子は陽射しの反射するフローリングを見つめていた。
「お母さんは、お父さんが大好きだったんですよ。世界に一人しかいない、一番大事な人だったんですよ。ようやく手に入れた幸せで、楽しみに描いていた未来もあって。それが努力も頑張りも一切無視して、シャットダウンの強制終了されちゃうんですよ。ひどいじゃないですか。それなのに、もし娘の私が、お母さんの代わりみたいになって、お父さんと再婚しちゃったら……」
「ええ?」
残り少ない麦茶を流し込んでいた青木は、思わず声を漏らす。茉衣子は両方の手を、顔の前で振った。
「いえ、しないですよ? でもまぁ、血縁的に不可能ではないので。もしも再婚しちゃったら……て妄想し始めたら……お母さん、許せないっていうか、めちゃくちゃ嫌だったんじゃないのかな?」
そう言ってまた首を傾げ、『娘』は肩を縮める。
「これまでのお母さんの寂しさや苦労と比べれば、私は全然苦労してないんですよ。家族にも友達にも、職場にも恵まれて、可愛がられて育って、思い出もいっぱいあるんですよ。そういう子の私が、お母さんが辛い目に遭いながら掴み取った居場所を、簡単に横取りするというか、乗っ取ってしまうというか……」
奇妙な冷静さと笑顔でもって、茉衣子は語っていた。
「私とお父さんが、これからも家族であることは変わらないし。それでもし私がお父さんの奥さんになって、お母さんが過ごすはずだった時間を一緒に過ごして、美味しいもの分け合ったりとか。楽しく会話したり、べたべたしたり、たまに旅行へ行ったりするなんて考えたら、絶対許せなかったのかなって。『取られちゃう』って、お母さんが感じていたとしても、おかしくないのかも? と思うんです」
テーブル越しに茉衣子を見つめ、青木は空になったグラスを両手で握り黙り込む。
「お父さんに、この前、いつかは再婚する気があるのか、聞いたんです。お父さんは『しないよ』って言ってました。そのときに教えられたんです。お母さん『再婚しないで』って、お父さんに泣きながら頼んでいたそうです。最期の方のお母さん、メンタルも殆ど壊れちゃってたから……そういうの言っちゃうのも、仕方ないよね~とは思うんですけど」
まるで小さな子供の失敗を見守るのに似た笑みを唇へ含ませ、茉衣子は話していた。
そのふしぎな余裕とでも呼べそうなものは、生きている者だからこそ持ちうるのだろうかと、青木は息をのむ。死んだ母がどう抗おうと、茉衣子が優位な位置にいるという、絶対的な余裕が透けて見えるようだった。
最愛の夫に、今後、他の誰かと特別な結びつきを持つことを禁止した妻。妻は我が子の娘にも、“父親”との婚姻を禁じた。そうして禁忌と二人を残して死んだ人は、世を去っていない。
だから青木は今日、この家へ招かれた。
『お母さんがまだいる』という、この家へ。
「それもあって、やっぱり『あの子』は私のことだったんだろうなって。今もお母さんはこの家で、私の周りにいるんだろうなって感じるんですよ」
茉衣子は室内を一周、視線でなぞる。青木も倣ってリビングを見回すが、動くものは壁に掛かった時計の秒針だけだった。
「冷蔵庫のドアを開閉させたり。突然テレビを大音量でつけてみたり。お風呂場の蛇口を開けて水を流してみたりしながら、『まだいなくなってないよ』と、言ってるんだろうなって」
微笑む茉衣子の目が、玄関へ続くドアの辺りで止まる。静寂が増し、前の道をトラックの走っていく音が、不安な振動と明瞭さでもって聞こえてきた。
――見てるからね。
――全部知ってるからね。
禁忌が破られないよう、死んだ後も母親は家族を見張り続けている。
存在を主張し、監視し、愛するものに齧りつく死者の執念は、滑稽だった。だがどんなに亡者が嫉妬し、足掻こうと、生きている茉衣子の圧倒的に強い立場は変わらない。
それを知っている茉衣子は、『可哀想なお母さん』を、笑って許してしまえるのだ。
「お父さんも、お母さんの『存在』には気付いているんです。なので、もう少ししたら、ここも引っ越す予定なんです。家が変われば終わるんじゃないかと、お父さんは考えているんです……でも、どうかな?」
「どうって?」
茉衣子から示された疑惑を、青木が引き止める。バイトの後輩は、再びの微苦笑を覗かせた。
「私は、終わらないと思うんですよね。お母さんはこれからも、ずっと傍にいて見ているんじゃないのかな? 見ている相手が、お父さんなのか私なのかは、わからないけど」
茉衣子は肩をすくめる。母親に対して怒るというよりは、全くもう、と呆れて零すようだった。
「どうなんだろうな?」
利口な返事が出てこなかった青木は、意味の無いことを言って空っぽのグラスを逆さにする。
ずっと監視し続けている母親。家族はそれを受け止め、耐え続けることになる。そんな真似は可能なのだろうかと、小さな疑惑が胸に浮かんだ。それに今は母親の存在アピールも、水道の水を流すくらいで終わっているようだが、いつまでもそれだけですむのだろうか。
生きている人間は、どんな異常状態にも『慣れる』。現に茉衣子は、すでに怪奇現象に慣れてしまっている。慣れて、気付いて貰えなくなれば、母親の存在アピールはもっと過激になっていくかもしれない。
――わたしを忘れないで。
という一種の承認欲求を、既に人間世界から切り離されてしまっている亡者は抑えられるのだろうか。悪意の無い攻撃に、移ったりはしないのか。考えながら、青木はガラスの底に溜まっていた滴を、無理やり舌の上に落とした。
そのとき
――トントントントン……。
という足音が聞こえる。軽快な足音が、さも洗濯物でも取り込みに行くかのように、階段を忙しそうに上っていく。ハッとして天井を見ると、今度は
――ポーン……。
と、青木も知っている楽器の微妙にくぐもった音が、奥の部屋から聞こえた。聞き間違いと思った瞬間、それを打ち消そうとするように再び
――ピーン……。
と響いたピアノの音。さっきとは異なる音階だった。
「ああ……ピアノが鳴りましたね。あっちの部屋にあるんですよ」
茉衣子も、音のした方へ顔を向ける。玄関と反対側の壁にも、ドアがあった。
「もしかして……?」
青木は奥の部屋と茉衣子を見比べる。
「はい、お母さんだと思います」
淡々と答え、茉衣子が麦茶を一口、がぶりと喉を鳴らして飲んだ。青木には茉衣子の横顔が、これまでよりも、やや青白く硬直して見えた。
こちらの反応を確認して満足したように、音は途切れてもう聞こえない。
「ほら、時間もちょうど、三時十分でしょ?」
茉衣子が見上げた鳩時計は、三時十分をさしていた。




