ショートストーリー 遠い国の裁判官
私は毎日会社から帰る途中賛美歌が流れるプールで一時間ほど水泳をする 前社長の時代ナンバー2の地位にいた私は一日十六時間位働き 神経がすり切れる程神経を使い 時間に追われ いつもいらいらしていた お陰で太ることもなかった しかし今は本社から責任者が出向してきて 社長代行をしているのでストレスもなくなり 一般のサラリーマンのように午後六時には帰社できる それと反比例して太ってきた為プールで泳いで帰ることにしたのである 少しでもやせればと思ったからである 泳いでいると長身の外人が姿を見せた 流暢な日本語で雑残していると 彼は次のように言った
「半世紀前までは侵略戦争や大国同士の代理戦争が世界のあちこちで起きていた しかし二十世紀末を迎えた現在 東西の冷戦も終わりを告げたと思えば 世界のあちこちで民族の独立戦争が起きている ひとつの民族がひとつの国を作る 血の結集というものは戦争をしてでも手に入れたいのだ そして刑にならない殺人を何のためらいもなくやってのける 悲しいことだ」 それを聞いて私は遠い国で黒人の少年が大粒の涙をこぼして話していたことを思い出した
黒人の少年の父は白人にののしられ馬鹿にされ あげくの果てに踏んだり蹴ったりされて殺されかけたので 傍にあった鉄のパイプで白人を殴って殺した 完全な正当防衛なのに長い刑を命じられた しかし裁判官の顔を見たとき少年の父は 彼は戦争に行ったとき何百人も殺し 英雄といわれた人だった 戦争で何百人も殺した奴が英雄で 正当防衛で少年の父が長い刑に服すとはと私は矛盾を感じた
外人にその話をすると 悲しい目をしたが黙ってプールの中に入り泳ぎだした 私は同じ人を殺すのにどうして戦争で何百人も殺した人が英雄で 平和な国で一人でも人を殺すと犯罪者なのか納得しかねるものがあったが 考えるのが馬鹿らしくなって 私もプールに入りクロールを切って そんな思いを払いのけるように泳いだ