表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫の夢   作者: 鈴木あみこ
9/22

帰り道

 

「お母さん…。今、病院なんだけど、迎えに来れる?」

 正面入り口手前の通話ルームで、微かに震える手を押さえつつ、お母さんの番号をタップした。


「あと30分でお昼休みに入るから、待ってられる?」

「大丈夫。病院のカフェにいる…」

「我慢できなかったら、看護師さんに言うのよ?」

「分かった。ありがとう」


 足が、震えて思うように動かない。

 結婚したと聞いて、もうこの街で会うことはないんだと思って勝手に安心していた自分がバカみたいだ。

 実家はここにあるのだから、会う確率はゼロではない。

『会うかもしれない』と思って生活しているのと、『もう、会うことはない』と、安心しきった時に会ってしまうのとでは、こんなにも違うものなのか?


 心の奥底に押し込めて、鍵をかけたはずの苦い感情は、あっという間に戻ってきた。


 ***


 カフェに入り手前の席に腰掛け、心が少しでも落ち着くようにとハーブティーを頼んだ。

 お茶が来るまで、深呼吸しながら「落ち着け。落ち着け」と、自分に語りかける。平日で空いていた為か、お茶はすぐに来た。

 体いっぱいに香りが行き渡るように、思い切り香りを吸い込み、口をつけた。指先や、足の震えは治まったが…何とも言えない不快感は、私の中に住み着いたままだった。


 30分も経たない内に、お母さんがカフェに入って来た。

 仕事を早く切り上げたのだろうか? 本当に、いつも…申し訳ない。

 ベージュのスーツに身を包んでパンプスをコツコツ鳴らして歩く姿は、憧れであるし羨ましくもある。

 無言で席を立つと、お母さんもホッとしたような笑みを浮かべ、支払いを終え、駐車場まで並んで歩いた。



「咲江を見たの。お腹…大きくて、旦那さんといた」

 いつもは助手席に乗るけど、今日は一人の殻に閉じこもりたくて後部座席に乗り込む。

「そう…。帰って来てるのね…」

 お母さんは、車のエンジンをかけながら呟いた。


「寒かったらそこのブランケット掛けてね」

「うん…」

 常備してあるブランケットを広げると、膝に掛けて横になった。

「直、気持ち悪くなったら言うのよ…」

 声は出さずに頷く。

 車の振動がやけに心地よくて、すっと眠りに落ちた。


 ***


「やあ、直。泣いてるの?」

 うっすら目を開けると、目の前には十色が私を覗きこんでいた。

 まったく。この男はどんな時でもやっぱり笑顔なんだから! そして可愛いなっ!


「泣いてないよ。ちょっと混乱しただけ」

「そう? 直、目…赤い」

「ん…? 眠いんだよ」



 十色は首を傾げて私の顔を覗き込むと、私の手を握り一気に引っ張った。


「……直、おいで」


 瞬間。十色の腕の中に抱きすくめられたような感覚がして、視界が歪んで、暗くなった。


 ***


 気が付いたら病院の近くのショッピングセンター。

「直、歩ける? 転ばないでね」

 十色は私の腰に手を回し、支えながら歩き始めた。

 一瞬。訳が分からず戸惑ったけど、最近良く見る都合のいい夢だと理解した。


 夢でなければこんな事起こるはずが無い!

 そうと分かれば、思い切り楽しまなくちゃ損だよね?


 堂々と十色の背中に手を回し、十色に寄り添う。

 足が少しふらつくのは確かだから、遠慮なく支えてもらう。


(は、恥ずかしい~けど、夢だし…いいか)


 こんな風に男の子にぴったりくっつく事も、寄り添って歩く事も全部初めてだ。

 初めてが夢の中ってなんだか情けないとは思うけど、さっきまで暗く沈んでいた心が嘘のように明るく弾む。

 十色は細いわりに力強くて、思ったより背が高い。

 目の前には十色の綺麗な鎖骨。

 下から覗きこんで顔も観察する。

 目の色は黒だと思っていたけど、少し紫が入っている綺麗な鳩羽色…どこかでみたような気がする?

 右耳の三日月型のピアスはシルバー。

 まだまだ少年らしさを残した、少し丸みを帯びた輪郭。

 白磁のように、白く、人離れした肌。

 大きな瞳。長くカールされた睫。

 薄く均等の取れた唇。

 思ったより高い体温が、暖かくて心地良い。


 服装はいつもと変わらずロング丈のVネックの黒いカットソーに黒のスキニーパンツ。足元はシンプルなデザインの黒のローカットスニーカー。

 そして、通り過ぎる人達の視線が私達に注がれる。当たり前だ、十色は中世的な美人イケメンな上に黒一色の独特な服装。でもそれが違和感なく着こなせる不思議なオーラ。


 注目を浴びることに慣れてない私はちょっと…いや、かなり居た堪れないのですが…。

 こんな風に寄り添って歩く姿は、周りからみればバカップルってやつだろうか?


 恥ずかしすぎる~。リアルでは絶対無理!


「直、どこ行きたいの?」

 耳元に優しく響くテノール。

 はっと正気に返る。いかんいかんボーっとしてた。


「こっち」

 ネットで見つけた新しくオープンしたアパレルショップ。画面の中には可愛い服や帽子が並んでいた。

 オープン記念セール3割引~5割引。丁度セール最終日に病院の予約が入っていたから、行きたくてうずうずしていた。

 エスカレーターを上がると、左側にパティオガーデン風のカフェが見える。お茶や軽食もとれるし雰囲気も良いいので、いつも若いカップルで溢れている。彼氏ができたら、そこでお茶を飲んでみたいなぁと、少し憧れてたから一瞬迷ったけど、今日は最終セール日。急がなくては! 真っ直ぐ歩いて専門店モールへ入ると、すぐそこにひときわ賑わうショップが見えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ