表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫の夢   作者: 鈴木あみこ
5/22

幼馴染

 

「直」

 お母さんに声をかけられて目が覚めて、時計を見たら14時を過ぎていた。

 良く眠れたのか頭はすっきりしていた。岩渕のおばさんと会うと、暫くは気持ちが浮上出来なのに、今日は珍しい…。

「直、ごめんね」

「いいよ。気にしてない。それよりご飯作れなくてごめんね」

「チャーハン作ったけど、食べられる?」

「食べたい! お腹すいた」

「すぐに、温めるね」

「いいよ。自分でやる」


 元気な私の声に、お母さんはホッとしたように顔を綻ばせた。


 私のように家にこもる事が多いと、ストレスの発散方法なんて無いに等しい。

 沢山食べると気持ち悪くなっちゃうし、お酒も飲めない(まだ未成年だしね)働いてないから散財も出来ないし、スポーツで汗を流すのも無理。


 自然と気持ちが浮上するのを待つしかないけど、それがいつになるのか見当もつかない。

 楽しい事が少ない分、嫌な思いは消える事なく積り続ける…。


 だから、日常を崩さないように慎重に生きてる。

 この気持ち、分かる人は世の中にどれだけいるのだろう?


 ***


 土曜日


 朝早く目が覚めたから純子にクッキーを焼いた。お料理は好きだけど、どちらかと言うとお菓子作りが好き。お母さんが「暇だから」と、手伝ってくれて、久しぶりにお母さんとお喋りしながらお菓子を作れて気分も上がる。

 純子は私の作るスノーボールが好きなんだけと、アーモンドプードルが無かったから、普通の型抜きクッキー。

 時間が無いから、寝かせる時間を短縮して、ささっと作った。


 キッチンを片付けて急いで出かける支度に取りかかる。

 ロング丈のウィッグをつけて、軽く毛先を巻く。

 病気で抜けた髪も、今ではそこそこ生え揃ったけど、基本的に常にショート。

 一時期ほどではないにしろ、まだやっぱり薄い髪の毛。

 寒い日は特にウイッグか帽子は必需品だし、何かを被らないとじろじろ見てくる人もいるから、ショートの方が楽。

 3つほど持ってるウィッグを、気分によって使い分ける。

 全部、通販の特売品だけど、気に入った物がいくつか見つかって、ウィッグスタンドも同じ数だけ購入した。

 部屋の中にロング、ショートボブ、セミロングのウィッグが並んでるって結構異様な光景だと、初めは一人苦笑したけど今では見慣れたもんだ。

 最近のお気に入りはショートボブだけど、今はロングの気分。

 今日は暖かくなるらしいけど、冷えは禁物なので白のタートルニットにスキニーデニム。カーキのチェック柄大判ストールを羽織った簡単スタイル。

 今の季節はファッションよりも、体調重視になるのは仕方ない。

 いつもの黒縁眼鏡からコンタクトに変えて、軽くベースを塗ってリップをつけて完成。


 頭痛も無く吐き気もない。最近はずっと調子が良い。

 昨日、大好きなスープハンバーグも作った。もりもり食べれてたっぷり寝た。

 家は近いんだから一緒に行こうと、車を持つ純子に言われたが「買い物あるから」と断った。

 本音はね、自分の足で歩いて出掛けられるうちに、沢山歩きたいと思ってる。

 まぁ、人は皆同じだと思うけど、特に私みたいな体だと明日どうなってるかなって分からないでしょ?

 でもね、そんな事言ったら引かれちゃうから、言わない。

 だから無難に「本屋に寄りたいから」と言っておく。


 あら熱の取れたクッキーをラッピングして鞄に納める。

 沢山作ったから残りは家族に食べてもらおう。

 遅く起きてきた由香にラッピングしたクッキーと、昨夜完成したくまちゃんを2つ渡して、満面の笑みの由香の顔を堪能して、玄関に向かう。

 ショートブーツに足を入れて時計を見た。うん、なんとか時間に間に合いそう。


 玄関を出ると門塀の上に黒猫がいて、目が合うと喉をゴロゴロ鳴らして擦り寄ってきた。

 右耳の白い三月形の模様を見ると、なんとも言えない不思議な感覚がした。気になったけど、時間が無いので猫の頭を一撫でして通り過ぎた。


 ***


 ランチの場所は、いつも決まったチェーン店のレストラン。

 ドリンクバーが付いているから、水を沢山飲む私にとっては大変有難い。

 取り敢えず私が先に着いたみたいなので、駆け寄ってきた店員さんに「待ち合わせです」と伝えて禁煙席へ案内してもらいながらドリンクバーを頼む。

 水分を沢山必要とする私はトイレも近い。

 だからと言ってトイレが直ぐ側は流石に嫌だ。午前中と言う事もあって、店内はガラガラだったので丁度いい場所を確保して席に着いた「着いたよ」と純子にラインを送って、オレンジジュースを取りに行った。

  飲み物は紅茶が一番好きだけど、カフェインの摂取は良くないし、グレープフルーツジュースも好きなんだけど、常時服薬している身としては自殺行為だ。柑橘系の爽やかな後味が好きな私は、自然とオレンジジュースになる。


 10分ほど待って純子が来た。

 やっぱり、長い髪は結い上げられ、綺麗なうなじが臆面もなく晒されている。

 高校まで「成長が止まらない」と、嘆いていた身長は168cm。少しでいいから欲しいな、とチビの私は羨ましく思う。

 ボーダーのポートネックTシャツにテーパードパンツを合わせてトレンチコートを羽織った純子らしいスタイル。コートを椅子に掛けてコーヒーを取りに行く。パンプスをコツコツ鳴らして歩く姿は背筋も伸びていて、かっこいいと思う。

 クッキーを渡すと、恥ずかしくなるくらい、誉めて、喜んでくれた。


 純子の会社の話を聞くのは楽しい。

 嫌味な上司。かわいい後輩。楽しい同僚。ムカつく来客。

 伝票無くして怒られた話や、気になる先輩。

 純子は純子らしく生き生きと働いている。


 私の知らない世界だ。

 普通のOLの世界。


 純子の話を聞いてる時だけで私も普通のOL気分が味わえる。

 楽しい時間はあっという間で、11時に待ち合わせして、もう15時。

 さすがに疲れてきた…。


 来るときは別々に来たけど、帰りは純子の車に乗せてもらった。

「どうせ同じところに帰るんだから」と、いつも甘えさせてくれる。

 別々に会計を終えて駐車場に出ると純子の水色のラパンが置いてある。

「お願いします」とペコリと頭を下げて助手席に乗り込むと、後部座席にはピンクの兎の縫いぐるみ。

 就職と同時にラパンをローンで買ったと聞いて、急いで作って渡した。大きな物はミシンが使えるから以外に楽で早く仕上がる。

「いつもは助手席にいるよ」と、言われてなんだか、くすぐったくなる。毛先を弄びながら、たわいもない話をしている内に私の家の前に到着した。


「ありがとう」と、名残惜しくも車を降りて手を振る。たった2軒隣なだけなのに純子は家の前まで送ってくれて、Uターンして帰っていった。

 たぶん疲れただろう私への気遣いだ。

 本当に優しい幼馴染で嬉しくなる。


 それでも体は正直で、絶え間なく疲れを訴え始めた。

 家に入りキッチンにいる母に伝える。

「ただいま。疲れたから寝るね。薬は起きたら適当に飲むから心配しないで。お風呂は明日入る…」

 それだけ伝えると何かを話す母の言葉を聞かずに、自室へ向かった。

 やばい。頭痛い。3日ぶり? 4日ぶり? 最近調子良かったからうっかりしてた。

 服を脱いでパジャマに着替える。

 脱いだ服は畳むとか、ハンガーにかけるとか余裕はなかった。

 コンタクトは…起きた時でいいや。


 とにかく楽になりたくて、パジャマのボタンを嵌めたかどうかすら記憶に無い。


 ウィッグを放り投げ、急いでベッドに潜り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ