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猫の夢   作者: 鈴木あみこ
20/22

唯子

 

「直ちゃん」

「あ、唯子さん。来てくれたの?」

 小さなプライベート空間を作るアイボリーのカーテンが隙間を作り、長い茶色い髪を揺らした大崎唯子おおさきゆいこが顔を覗かせた。

 ベッドに寝転んでテレビを見ていた私は、ゆっくりと起き上がりながら言葉を返した。

 入院中はだらしない所を見られたからって気にしてはいられません。慣れるものです。

「ん、さっき診察終わってね、会計はこれからなんだ」

 私の3つ年上で同じ病気の唯子さん。3年前に知り合った。

 身長は私より少し高めのぽっちゃりさん。くりっとした目はとても可愛いらしく、小さいけれど厚みのある唇は魅力的だと思う。

 フリルの付いたブラウスにフレアスカートという彼女定番の服装は清潔感があり好感がもてる。

 私はもともと食が細い事もあってかガリガリだけど、唯子さんは逆に薬の副作用で、太ってしまったらしい。同じ病気でも人それぞれです。

 私は10歳の時に発病したけど彼女は13歳の時に発病したそうだ。思春期真っ只中での発病は本当に辛かっただろうと思う。あっという間に視力が落ちて、治療が始まってから徐々に髪が抜けていく恐怖は忘れられない。

 主治医が同じ榊先生で、たまたま同じ時期に入院してた事があってから、なんとなく話すようになって、少しずつ距離が縮まった。

 その時、私が先に退院が決まり、連絡先を交換して別れた。それから時々連絡するようになって、診察のついでに会うようになった。

 住んでいる家は遠いので、「病院ついで」とかじゃないとなかなか会えない。


「昨日の夜メールくれたでしょ? 返事出来なくごめんね」

 両手で紙袋を差し出しながら話し始めた。

「いいですよ。彼氏さんとデートだったんですか?」

 遠慮なく手を出して紙袋を受け取ると、中を覗く。大好きな彩華亭(さいかてい)のゼリーだった。

 病院の近くにある小さな個人のお店で和菓子屋さんなんだけど、ゼリーが有名だ。さくらんぼ、みかん、キウイ、洋なし、桃、全部好き。すごく嬉しい。

「そうなの。ご飯食べに行ってたの。気付かなくてごめんね」

「いいなぁ。彼氏。今度紹介して下さいね」

「いいよ。都合良かったら一緒にご飯行こう」

 唯子さんは長い髪をかきあげて、幸せそうに頬を染めて笑う。唯子さんもウイッグだ。何処のショップが良いとか、使い易いとか、髪質が良いとか、情報をいつもくれる。

 唯子さんも辛い思いを沢山してきた…。だから、言わなくても伝わる言葉がたくさんある。年は違うけど、親友のような、家族のような…。会うと心が落ち着く人だ。


「下のカフェに行きます?」

「ここにいなくても大丈夫?」

「今日の診察は終わりましたよ。後は寝てるだけです」

 一応まだ午前中で面会時間外。診察ついでのお見舞いは面会時間まで待っていられないから、看護師さん達も黙認してくれるけど、あまり堂々とはね…したらいけないよね。

 カフェに行くなら着替えたいから唯子さんには先に行ってもらう。院内のカフェだからパジャマや病衣でもいいんだけど、でも…着替えたいよね? コンビニくらいならパジャマで行けるんだけどね。一応ほら、年頃の女の子だから。

 貰ったゼリーはテレビ下の小さな冷蔵庫へ入れる。昔は名前を書いて共同の冷蔵庫に入れていたけど、絶えないトラブルに看護師さん達が悲鳴をあげて数年前に個人で使える小型の冷蔵庫が備え付けられた。入れたまま忘れて退院したり、間違えて食べちゃったりとトラブルは絶える事は無かったから、こちらとしてはありがたい。

 カーテンがピッタリ閉まってる事を確認して着替える。備え付けの収納スツールを開けてロング丈のニットワンピを引っ張り出す。オフホワイトで足元の小さなリボンが可愛いいの。ハンガーに掛けてある裏起毛の暖かいパーカーを羽織って、ニット帽をかぶり、スリッパで急ぐと、病棟の中央にあるスタッフステーション前で唯子さんを見つけた。

 大牧さんと楽しそうにお喋り中だった。

 唯子さんも時々ここに入院するから、看護師さん達とは顔見知り。声をかけると同時に大牧さんも中から呼ばれて、手を振って別れた。


 たわいもない話をしながらエレベーターに乗り、1Fのボタンを押す。

 カフェ前の黒板の手書きメニューを覗きこみ、ケーキセットを確認したら、今日はガトーショコラだった。チョコは大好きだから即決した。

 平日のお昼前という事もあってカフェ内は閑散としていた。

「お好きな席へどうぞ」と言われ、ケーキセットを2つ頼んで、私は紅茶、唯子さんはハーブティー。庭が見える窓際を選び、腰かけた。


 唯子さんは同じ高校出身の1つ年上の人と付き合っている。

 2人共、ここから車で3時間ほど離れた病院に併設されている、特別支援学校出身だ。

 唯子さんも彼氏さんも、病院に入院という形で入って学校に通った。そこで知り合ったそうだ。お互いずっと好きだったけど、病気の事を考えると気持ちを言えなかったんだって。

 彼氏さんはその後、専門学校へ進み、資格を取り、今は事務職をしている。

 唯子さんは高校を卒業して縫製会社に就職。

 2年前に偶然再会して、それからは友逹としてメールをやり取りした後、1年前に唯子さんから思いきって告白して、交際がスタートしたって嬉しそうに話してくれた。

 病気は違うけど、思いやりのある優しい男性みたい。


「結婚…どうなりました?」

「彼の両親からは子供をつくらないならって、許可はいただいたけど…私の両親がね、なかなか認めてくれないの」

「子供…つくらないんですか?」

「お互い作る気はなかったし、私が…できるかどうか分からない…。でも…タイミングってあるでしょう? 万が一できた場合は、おろすようにって…はっきり言われた。結婚を認めてもらった事よりもショックの方が大きくて…家で泣いてしまったら…お父さんに見られて…大騒ぎ…」

「でも、結婚は…するんですよね」

「付き合い始めた時は、結婚なんて考えられなかった。でも今は一緒にいたいの。彼と家族になりたいの。それだけなのにね…」

 唯子さんは、鞄からハンカチを出すと、そっと目尻を拭った。


 1時間ほど話して、正面入り口で別れた。病室に戻り、ベッドに潜って考える。

 私は特別支援学校の事は知ってたけど、家を出る事への不安の方が大きくて、近くの高校を選んだ。その事に後悔はしていないんだけど…唯子さんと知り合って、学校での話を聞くたびに考えるようになった。

 もしも…私も同じ学校に行ってたら? 唯子さんのような、体の事を気兼ねなく話せる友達ができたかな?

 お互いを思いやるパートナーと出逢えたかな?

 考えても仕方ない事なのは分かってるけど、自分と同じ境遇の人達が集まる場所があったって事を知った時から、この妄想は止まらない。

 普通学級で理解者を得ようなんて、夢の又…夢。だって、生活事態が違うでしょう? 結局は弱い立場の人間が我慢するしかないんだよ。


 人生やり直したいと思う。だから、早く生まれ変わりたいと思う。

 なんでもいいの。猫でも、犬でも、猿でもいい。思いきり走りたい。恋がしたい。

 格好よくなくていいの。強くなくてもいいの。愛されて、愛したい。


 最近の楽しみが来世の妄想ってなんだろね。

 これで小説…書けるかな……?


 ***


 夜中、眠れなくてこっそり談話室に来た。お昼寝たっぷりしちゃったからね…。

 照明は絞られていて薄暗いから本は読めないけど、今はスマホという強い見方がいる。院内は携帯NGだけど、談話室ならOKだ。通話は控えましょう…くらいでそんなに厳しくない。しかも給茶機があるから暖かい水でも冷たい水でも飲み放題だ。

 夜、トイレの後に座っていると看護師さんに怒られる事もあるけれど大体が優しい。お菓子をくれたり、一緒に座ってお喋りしたり。

 24時間空調も適温に設定されているから、カーディガン1枚羽織れば体が冷える事もない。


「ナオ」

 いつの間にか十色が横に座ってた。

「あ…十色…」

「まだ、ここにいるの? 帰ろうよ」

「まだダメ。嫌なら来なくていいよ」

「ここは、くさくて嫌だ」

 十色は、鼻をひくひくして眉間にシワを寄せた。


 十色の気まぐれにも慣れた。

 今が夢なのか? 現実なのか考えることも止めた。


 もしかしたら、私は意識不明の重体で…全てが夢なのかも知れない。

 そう考えた時、ふるっと体が震えた。


「ナオ、外に行こう」

「え?」


 顔を上げたら、そこは病院の屋上だった。

 深夜ということもあり辺りは暗く、ネオンもほとんど消えていた。その代わり、星の(またた)きが輝きを増し一層空気は澄みわたり、特別な空間となっていた。

 わぉ! 屋上、久しぶり。

「昔はね、屋上に上がれたんだよ。でも今は事故防止の為に閉鎖されちゃったんだ」

 なんだか嬉しくて叫びながら屋上の端に駆ける。小さな頃は解放されていた屋上。ここでよくお母さんと一緒におやつを食べたりした。懐かしいなぁ。

 手すりに捕まり、眼下に見えるネオンをぐるりと見渡し、夜空を見上げる。

 この病院とは長い付き合いだけど、夜の屋上は初めて来た。吹き抜ける風が、なんて気持ちいいんだろう。

 十色と不思議な空間に来た時は、頭痛もだるさも消える。空気の冷たさもなく、素晴らしい自由な時間!

 十色もゆっくりと隣に来て「寒くない?」て、聞いて肩を寄せる。

 アスファルトに腰を下ろして、十色にすり寄る。十色の体温は高くて暖かくて…気持ちいい。

「ナオ?」

「ん?」

「ハルコの家はどうなったの?」

「…もう無いよ。おばあちゃんが亡くなって2~3年してからかな? 壊して土地は売っちゃったんだ」

「そう…」

「行ってみたい?」

「いい…家がないなら、ハルコもいない」

「お墓参りは? お母さん達は毎年行ってたみただけと、私は入院してたり、体調悪かったりで、あんまり行ってないんだ。今度、一緒に行く?」

「いかない…そこにハルコはいない」

「そう?」

「においがない。ハルコはここにしかいない」

 十色は私を抱き寄せて首筋に顔をうずめた。

 何度もされても慣れない私は、背筋に鳥肌が立つ。

 でも…我慢、我慢。


 十色は私でなく、ハルコさんを求めているんだもんね…?



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