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猫の夢   作者: 鈴木あみこ
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夢か現実か?

 


 時々、心地良い夢を見ているなぁとは思っていた。

 いつも夢を見た後は体調が良かったような気がする。

 どんな夢かは曖昧で『誰かと話したような気がする』程度の認識だった。

 しかし十色と街へ繰り出した事は、はっきりと記憶に残っていて…でも、ありえない出来事だったから「随分とリアルな夢だったな」って、思っていた。

 不思議な事に、夢で買ったピンクベージュのファーコートと、ニットキャスケットがショップの紙袋に入って、ベッドサイドに置いてあった。そして、財布の中身は小銭すらなくからっぽだった上、はっきりと買ったと分かるレシートが入っていた。

 お母さんが言うには、車に乗って帰ってきて、そのまま自室に行って夕方まで眠っていたそうだ。

 だから、十色と出かけた事は夢のはずなんだけど…。


 翌日、目を覚まして由香と朝食をとっていると、お母さんの様子が少しおかしい。私の食べる様子をちらちら伺っていて、何度も目が合う。

「どうしたの?」

「え? ああ…ごはん、おいしい?」

「は? あ、うん、いつも通り、美味しいよ」

「そう…ならいいの」


 なんだろう? 私、なんかしたかな?

 考えながら食べていたら由香が「ごちそうさま!」と元気に言って箸を置いた。食器を流しへ持って行き、そのままキッチンを出ていった。学校へ行く支度をしながらテレビを見るのが由香の日課だ。


 お母さんがテーブルに湯気のたったカップを2つ置き、私の向かいに座った。

 私にはノンカフェインの紅茶。お母さんはコーヒー。

 お母さんの視線に居心地の悪さを感じながら、紅茶に口をつける。

「私が片付けておくよ?」

「え? 体調は、大丈夫なの?」

「あ、うん。全然平気」

「そう? 良かった。ならお願いね」

 キッチンを出ていくお母さんを見送りながら、薬を飲もうと立ち上がる。飲み終わった紅茶のカップを軽くすすぎ、ポットからお湯を少し入れて水と混ぜる。

 ちょっと暖かいお水の方が、薬を飲むのには良いらしい。

 薬に手をかけた瞬間に、何か忘れてるような気がして考えこんだ。


 あ…昨日、咲江を見た…。


 見た直後はあんなに動揺したのに…。すっかり忘れてた。だからお母さんが、あんなに不安そうな顔で私を見てたのか…。


 くすっと笑えた。こんなことあるんだ…。あんなにも強烈に狼狽えたのに。

 そんな事よりも、デートの夢の方が記憶に残ってるなんて。

 今、咲江を思い出してもなんの感情も沸いてこない。

 笑いが込み上げてきて、くすくす笑った。


 ごめんねお母さん。心配させて。

 下手に話して、さらに悩ませたくないしね…。あと、夢の中でくらい自由でいたいの。


 でも、考えれば考えるほど分からなくなる…。


 夢? 現実? どっち?


 ***


 夜、心地良い眠りに包まれていると、声をかけられたような気がして目を開けた。

 そこは海の岩場で、横にはやっぱり十色。波の音や、潮風が心地良く寒さは感じない。

 夢って本当に都合良くってすごいね。

「十色と私はどこかで会った事がある?」

「さぁ?」

「すごく懐かしい感じがする」

「ボクは知らないよ。でも直はハルコと同じ匂いがする」

「ハルコ? 誰?」

「ボクの大好きな人」

「へぇ? 彼女?」

「彼女? 知らない。でも、ボクが、ただ大好きな人。もう、ずっと会っていないけど、唯一忘れない人」

「ハルコさん、どうしたの?」

「…突然、いなくなった」

 いつもくすくす笑う十色は空を見上げて、長い睫を伏せた。

 十色が私を好きって言ったのも、良い匂いと言ったのも、ハルコさんと似た匂いがするからかな?

 少しだけ悲しくなった。


「直も、いつかいなくなる?」

「…いずれね、たぶん」

「そう……」


 夢か現実か分からない十色の存在は、私の心の奥底にある本音を簡単に引き出す。

 十色はくだらない慰めや、わざとらしい叱咤をしない。

 そのままの私の言葉を受け入れてくれる。

 だから、言葉にする事を躊躇ためらっていた重苦しい感情が流れるように出てくる。

 重苦い感情から解放されるだろう時を待つだけだった日々は変わり、醜い感情を言葉として外に出すことができる日々に心は軽くなり、心なしか体調までも良くなったように感じた。


 ***


 ハルコ 聞いたことある。誰だっけ?


 天気の良い昼下がり、ベットに横になりドラマの再放送を見ていた時に、バタン。ダダダダ……

 由香の元気な足音が聞こえた。慌てている事が音で分かる。

 一気に階段を駆け上がり、私の部屋の前で止まった。


 トントン。

「おねえちゃん? 起きてる?」

 軽くドアをノックした後、ドアをそーと開けて覗き込もうとする由香が見えた。

「どうしたの?」

「ね、ね、見て。猫!」

 由香の腕から黒猫が飛び出し、私に向かって飛び上がった。

 由香は慌てて部屋に入りドアを閉める。

 黒猫はベッドボードの上に飛び乗り、私を見下ろした。私は寝転んだまま見上げるように顔を上に向けたら、鳩羽色の大きな瞳と目が合った。

 私がゆっくりと起き上がると、黒猫は私の膝の上に軽やかに降りて、私をじっと見つめる。

「可愛いでしょ~。最近いつもお家の周りにいるの。由香の足元うろうろするから、抱っこしたら嬉しそうだったから、おねえちゃんにも抱っこしてほしくて連れて来ちゃった!」

 外の寒さのせいか頬を真っ赤に染めて、由香は満面の笑みで一気にまくし立てた。


 しなやかな猫の躯体をそっと抱きしめて、柔らかい毛に顔をうずめた。

「日向ぼっこしてたのかな? お日様の匂いがするよ。」

「ほんとに? 由香も嗅ぎたい!」

 由香は小さな鼻をくんくんさせて猫の背中を嗅いだ。

 黒猫を覗き込むと鳩羽色の大きな目。

 右耳には白い三日月型の模様。

 誰かを思い出す…誰だろう?

 猫は不思議そうに辺を見回す。

 由香はポケットをごそごそまさぐり、お気に入りの赤いハンカチを出すと猫の首にくるりと巻いて結び付けた。

「かわいい~~~」

 黒猫は少し迷惑げに私を睨みあげたが、由香が喜んでるから我慢してもらおうと思い、気付かないふりをして頭を撫でた。


 ***


 微かに車のエンジン音が聞こえる。

 やばい! お母さんが買い物から帰ってきた。

 野良猫(首輪してないから野良だよね?)を部屋に入れた事がばれたら大目玉だ。

「由香。この子外に出さなくちゃお母さんに怒られるよ」

「お母さん、怒る? どうしよう?」

「下へ行ってお母さんがキッチンに入ったら教えて。階段下りた所の窓から外に出すから」

「分かった!」

 由香は直ぐに部屋を飛び出し階段を下りた。

 暫くして由香戻ってきて、お母さんがキッチンへ入った事を教えてくれた。

 猫を抱いてそっと階段を下りる。

 急いで窓を開けて猫を出す。

 猫は名残惜しそうに、何度も振り返り塀を登って出ていった。


 ばいばい。又おいで。



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