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「はぁ……、ゆるパクねぇ」
息抜きに彼花咲夜センセーのSNSを眺めていたら、そんなワードが出て来た。
「そこまで他人を落としたいのか、って感じだよね。そんな暇あったらどんどん書けばいいのに」
そこまで言ってハッとした。やばい。これブーメランになってない? 他人のSNSチェックしてる暇があったら、自分の作品を書けって話じゃない?
っていうか、バイトの方だって、そういうヤツばっかでイヤんなるっての。そりゃ、上が減れば席が空いて、エスカレーター式に行けるって考えるのも分かるけどさ。そもそも上に上がれる能力が……
「はー、やめやめ! とっとと書こう!」
SNSのタブを閉じて、ホーム画面に戻る。開きっぱなしだったので、念のためにリロードしてから執筆再開……おぉ!
「きたきたっ!」
赤い字で「新しい感想が書かれました」の文字! その下にある「新着誤字報告があります」は、ありがたいけど、ありがたいんだけど! 後回しにさせてもらおう!
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投稿者:デューク本郷@もう勇者しない
<良い点>
とくになし
<気になる点>
王道の逆を走っているようで、結局王道になっているところ
<一言>
懐かしの初代PSレジェンドタイトルのオマージュとはさすがフラン・ハルルイエ先生です! あのゲーム、僕も大好きでした! 実は勇者がパンツ頭にかぶってた変態とか、裏から見るとこうだった的なネタ大好きです! この調子で同じレジェンドタイトルの宇宙農家もオマージュして欲しいです。
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「知・る・か・ボ・ケェ!」
はぁ? 初代PS? レジェンドタイトル? 残念ながら、私は初代PSに触れたこともないっての!
「ほんごう~~~~っ!」
私はいつも通りにガチガチッと一言欄をコピーして暗号化/解読ツールにペースト。はいはい、はいはい、ほんっと私のバイト先ってクソ野郎しかいないよね! うん知ってた!
仕事は時間指定されてるので、今の私にできることと言えば、とにかく書くことだけ。
このわけのわかんないモヤモヤ感を全部文章に叩きつけてやるんだからっ!
☆彡*:;;;;;;:*☆彡*:;;;;;;:*☆彡*:;;;;;:*
「はー、もう、なにアレ。なんで掃除屋がいるわけ? ストーカーか? キモい」
仕事からマイスイートルームに戻った私は、着ていたものを全部脱いで洗濯機にぶちこんだ。漂白剤入りの洗剤を少し多めに入れてスイッチを押す。正直、塩をぶちこみたい。掃除屋に視られただけで穢れた気がするわ。
「……ったく、尾行とかしてないよね。まじキモいっての」
熱いシャワーを浴びて、なんとか気持ちを切り替える。あー、だれかあの掃除屋の依頼とか出してくんないかなー。いや、あれでも掃除屋だし、依頼止めるか。
「あれ? 待てよ、これ、……使える?」
そうだ! 次のテーマはこれだ! ストーカーだ! 今ならストーカー被害者の心情をリアルに書ける気がする!
「よっし、やるぞぉーっ!」
とんてんてろりん とんてんてれりん♪
ちらりとスマホの画面を見る。うん、予想通りの相手だ。もう居留守でもいいよね。面倒。っていうか書かせろ。
とんてんてろりん とんてんてれりん♪
私はスマホを座布団の下に押し込むと、PCの前にどっかりと座った。
「とりあえず『トラック転生して俺TUEEEEしてるスライムにストーカーされてる私が悪役令嬢とか人生詰んでませんか!?(仮)』でいっか。とりあえず設定とあらすじと今思いついたシーンだけでも……」
小さくなった着信音をBGMにしながら、とりあえず自分史上最速を目指してひたすらキーボードを打つ。ただし、間違ってもEnterキーを「ッタァーンッ!」とか打ったりはしない。そこは小さなこだわりだ。
「ふ、ふふふふふ、今だけはあのストーカー掃除屋に感謝! 今度のネタはいける! 絶対いけるわ!」
筆がのるとはこういうことかと実感する。やばい、脳汁が出るっていうか、テンションがヤバい。
次々と溢れる設定とシーンをとにかく書き出していく。止まらない。むしろ誰かが止めに来たらアレする自信がある。バイトじゃなくてもアレする。
「この圧倒的物量……いや、文量! 負ける気がしな――――はぁっ!?」
私は手を止めて目を見開いた。いや、手を止めざるをえなかった、という方が正しい。
「いますぐ電話をとらなければ、このPCのデータは初期化される。初期化スタートまで 28秒」
謎のウィンドウが表示され、最初は30秒だった秒数は、ちゃくちゃくとカウントダウンされていく。キーボードもマウスも入力がきかない。
私は現実逃避する間も惜しんで、速攻でスマホを座布団から引っ張り出した。
「ほんっごうっ! マジでアレされたいの!?」
『うわー、すごい声。フラン・ハルルイエ先生の怒声とか、これ録音してアラームに使っていいかな』
朗らかな声なのがムカつく。ほんっとムカつく。
「いいから、このワケの分かんないプログラム止めて」
『えー? だって、それ見てこの電話取ったってことは、無視してたってことだよね。そういうのはよくないし、たまにはフラン・ハルルイエ先生も痛い目を』
「――――いいから止めろ」
『はい、今すぐ!』
本郷の声とともに、ようやく不穏なカウントダウンが消える。操作を受け付けないから、クラウドに保存もできないとかマジ鬼畜。
「……停止を確認した」
『っっはぁ~~~~……。フラン・ハルルイエ先生のドス声、久々に聞いた気がする。やばい、冷や汗が止まらない……』
何を言ってるんだか。先にやらかしたのはそっちだろうに。
「で? 何?」
『あー、今日はお仕事ありがとうってお話と、次の仕事は掃除屋と協力して欲し――』
とりあえず通話を強制終了した私は、操作できるようになったPCから小説のデータを書きかけ・書き途中・完結済問わず全てUSBメモリに移す。設定メモも全部だ。用心のために、全部プレーンなテキストデータのみにして。
「とりあえず中古でもなんでもいいから、適当な端末買って来よう。スタンドアローンならこんなことないだろうし」
老後の蓄えとおもってせっせと貯めてたバイト代を切り崩そう。これは仕方ない。別に性能は求めないから大した金額にはならない。どこぞの国みたく、この業界で二次請け、三次請けどころか五次請けで利益中抜きされまくってはした金で働かされてるわけでもないし。
「あ、そうだ。彼花咲夜センセーが、文具メーカーの端末買ったとか呟いてたっけ。あれでもいいかなぁ」
善は急げとばかりに、私は外出着に着替える。さすがに上下スウェットで電気屋には行きたくない。
るんるん気分でおニューな端末を買って来た私が、せっかく神降臨してたストーカーの話に対して全くアイデアが浮かばなくなるなんて、もちろん想像だにしてなかったのである、まる。