-2-
俺、鈴木一太郎。経済学部の大学生だけど、小説を読むのも書くのも好きで、今は「なろう」っていうサイトに自分の小説をアップしてる。
最初は友達に「ただで色んな小説が読めるサイトがあるよ」って教えてもらっただけだけど、日参するうちにすっかりハマってしまって、今や書く側になってるってわけだ。
正直、作品のジャンルも出来具合も様々で「なんだこりゃ」って思うようなものまで色々で、時間を忘れて睡眠時間が削られることもしばしばだ。
俺はいわゆる正統派ファンタジーが好きなんだけど、残念ながら、俺の力量では書きたいものも書ききれない。きっと構成力不足とか、知識不足とかそういうのなんだろうなぁ。色々な人の小説を読むと、その知識量に圧倒されて打ちのめされることもしばしばある。
そんな俺が、最近、すごく気になっている作者さんがいる。
小説の出来は、まぁ、その……ごにょごにょって感じなんだけど、ある一点においてだけ、その観点がどうやったら養われるのか不思議でならない人なんだ。考えてもみなかったことに切り込んでいて、読みにくい……ゴホンゴホン、独特な文章を読むのが億劫に思えることもあるけれど、ついつい読んでしまうのだ。
あと、執筆スピードもすごい。活動報告をあまり書かない人だし、プライベートな話もいっさいないから、スッパリ現実と創作を切り離している人なんだろうと思うんだけど、少しずつ時期をずらして開催されている様々な出版社の賞に合わせて小説を書いているのを見ると、大学生だからと甘えてほとんどそういったものに参加していない自分も、頑張った方がいいんじゃないかと思えてくる。
その人の最新作が、またカオス……ゴホン、時流に沿ったジャンルを掛け合わせたもので、でも、内容はともかく、独特な世界観、いや、死生観?は、やっぱり俺の何かに触れて、心をざわつかせる。
「って、こんなこと考えてる場合じゃないし」
今日は、2限目に面倒な教授の講義があるから、しっかり頭を切り換えないと。あの教授、レポートの課題が授業聞いてないと書けないようなものを出すからな。ちゃんとノートをとっておかないと。
駅に向かう俺は、小説のことを一旦忘れようとコートのポッケからイヤホンと音楽プレイヤーを引っ張りだした。
「……ってさすがにそれはないか。でも、それなら……」
向かいから歩いてくる女性が、真剣な顔つきで歩いてくる。よほど集中して考えているのか、その内容がすっかり口から出てしまっているけれど。
(俺もあんなふうにならないよう、気をつけないとな)
小説のネタを考えていると、つい口にしてしまうことがある。傍から見たら「変な人」だもんな。気をつけよう。人のフリ見て我がフリ直せとはよく言ったもんだ。
「……後のことを考えたら、やっぱりここらで、バゲルカッティーナには頑張ってもらって、でも、そうするとベベルボンの影が薄くなるから」
「――――『悪役令嬢に転生した俺は逆ハーレム築いたと思ったら腕っぷし関係ない異世界にトリップしちゃって俺TUEEEEになるまでの努力を返せって全力で叫びたい件』?」
やべ、思わずタイトルが口に出た。
ちょうどすれ違うところだった、その女性が目を丸くしてこちらを見ていた。
「い、いま、なんて……」
「あ、すみません。ほんとすみません。ちょっと独特な名前が聞こえて、それが読んでる小説に同じだったものですから」
ぺこりと頭を下げて立ち去ろうと思ったら、その女性、とんでもない爆弾を落とした。
「まさかの読者様! 本当に実在したんだ!」
あれ、森の精霊で老若男女大人気な映画の某トロル的存在と同じ扱いじゃね?
いやいや、待て待て。読者様ってことは……
「もしかして、フラン・ハルルイエさん?」
「うわー! 本当に読者だった!」
小説を書いていることを知られたくない「なろう」作家が多い中、その女性はすっぱりと肯定する発言をした。そのメンタル、俺には真似できない。
「うわ、どんな確率? すごい、信じらんない」
「俺も信じられない……です。いつも『悪役令嬢(中略)叫びたい件』読んでます」
「ほんと? どうしよう、予想以上になんか、うれしい……いや、もぞもぞする?」
「あ、俺も書いてる方なんで、気持ちわかります」
「そうなんだ! じゃ、お仲間なんだ!」
「あ、どうしよう。機会があったら聞いてみたいことがあったんですけど、俺、これから学校で」
「え? 私に? なんだろう、気になる! えーと、でも時間ないんだよね、どうしよう」
「あ、なろうのメッセージ、送ります。送ってもいいですか?」
「ほんと? わぁ、嬉しい。待ってるね」
そのまま友好的にフラン・ハルルイエさんと別れた俺は、当初の予定通りに駅へ向かった。
なんか、作者さん男性だと思いこんでたけど、女の人だったな。あんなふうに人の死に際の描写とかとんでもなくきっちりリアルに書いてるから、てっきりグロ耐性がついてる男性だと思ったんだけどな。でも、最近は、グロ好きな女性もけっこう多いっていうし、参考にしてる作品とかあったら、教えてもらえるかな。
メッセージに何を書いたもんかと考えながら歩いていたら、駅前はなぜか人だかりができていた。
げ、まさか事故で遅延とか言わないだろうな。
「イチタ、よぉ!」
「三郎! なんだ、駅で何かあったのか?」
「なんか、突然倒れたらしくてさ。心臓発作っぽいとは言ってたけど、よく知らん」
「……もしかして、電車止まってる?」
「あぁ、止まってる。オレも20分ぐらい待ってる」
「……ちぇ、やっぱイイことあった後って、悪いことも起きるんだな」
「いいこと?」
「あぁ、すれ違った人が、ずっと気になってた作者さんでさ」
「へぇ? で、お前、ちゃんと自己紹介したの?」
「……忘れてた」
悪友に指摘されて、初めて気がついた。フラン・ハルルイエさんと遭遇したことに浮かれて、俺のペンネーム晒してないじゃん。
「へぇ、じゃ、今度会ったときに渡せばいいじゃん?」
「なにを」
「彼花咲夜先生のサイン入り書籍♪」
「……やっぱり、こういう突発的な遭遇に備えて、常にカバンの中に入れておくべきなんだろーか。でも、あれ四六版だからかさばるんだよ」
「入れとけ入れとけー」
「三郎、お前、面白がってるだろう」
「もち♪」
俺の名前は、鈴木一太郎。
正統派ファンタジーを書きたいのに、息抜きに書いた女性向け恋愛小説が出版の流れになってしまった、いたって普通の大学生だ。
☆彡*:;;;;;;:*☆彡*:;;;;;;:*☆彡*:;;;;;:*
『あれ、仕事後なのに、なんだか上機嫌だね、フラン・ハルルイエ先生?』
「ペンネームで呼ぶな、うざい。……ま、ちょっと仕事帰りにね、私の読者さんに会っちゃったって言うか」
『は? 何? ちょっとまさかクスリに手ぇ出しちゃったとか? もー、勘弁してよー』
「発言最低、まじムカつく。うざ。本当に読者だって。私の作品のタイトルもちゃんと覚えててくれたし、後でメッセージも送ってくれるって言ったし」
『幻覚・幻聴? いや妄想かな』
「てめぇ、覚えてろクソ本郷あとで始末すっからな」
『うん、それは勘弁。ていうか、始末って……やっぱりそういう意味?』
「……」
『あーでも、そのえぇと、読者さん? 近所だったのカナー?』
「そうだね、駅に向かうところだったみたいだし」
『駅……。駅ねぇ』
「何よ。その言い方うざ。まじうざ」
『いやぁ、仕事のせいで、今、電車止まってるよなーって』
「あぁぁぁぁ!」
『それに、今書いてる作品てアレだよね。相変わらず色々設定ぶっこんだ挙げ句、トリップ先で殺人事件が起きたと思ったら、犯人は自分の助手やってたヤスだし、蝶の形をした痣が決め手とかそれどんなオッサンホイホイだよってアレだよね?』
「てめぇ、読み込んでんじゃない! まじうざいんDeathけど!」
『ねぇ、今、「す」の発音おかしくなかった? こう、舌を軽く噛んで音出してなかった?』
「はいはい、チョーうざいんDeathけどー」
『ほらやっぱり! ヤる気満々でしょ』
「もー、忙しいからKILLよ!」
『あ、ちょ、次の仕事のはなし』
ぷつ。つーつーつー。
今日もお仕事に精を出した佐藤花子が、初めてリアル遭遇した読者が実はすでに書籍化している書き手だということを知ってどんな反応をしたかは、お察しくださいというアレである。