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■前編 出会い

 

 

 

思い出すのは、斜め前に座る彼女が振り返って『おはよう。』って笑う顔。

 

艶々した黒髪が背中にしっとりと垂れ、水がたゆたうように潤って揺れる。

彼女は僕に、他のクラスメイトと同じように接してくれた只唯一の人だった。

 

 

 

子供の頃、母さんの色んな事情のお陰で僕は何度も何度も転校した。


そのせいで中々友達も出来ず、やっと出来てもすぐサヨナラだし学校なんか

大嫌いだった。

 

 

小学5年の時に転入したある学校で、転校早々に運動会があった。


当然、友達なんて一人もいないし、なんの団体練習にも参加出来ていない最

悪な状況。おまけに運動会当日は、母さんすら来てくれなかった。たった一

人の家族である母さんもいない。という事は必然的に、弁当もない。

 

 

昼時になりグラウンドに大判の敷物を敷き、窮屈そうに肩を寄せ合いながら

家族みんなで豪華な弁当箱を広げるクラスメイト達を、僕は体育館の窓から

ぼんやり眺めていた。

 

 

母さんからその日の朝もらった500円硬貨で買った、コンビニのサンドイ

ッチと紙パックジュースが入ったビニール袋が、つま先立ちになって窓の外

を覗く僕の動きにあわせてカサカサ鳴る。 

 

 

体育館に今響いているのはその音だけ。

 

 

僕は体育館の窓からただひとり、ぼんやりと。別世界の景色とも思えるそれ

を眺めていた。

 

 

 

次第に滲んでゆく視界。


寂しいのもひとりぼっちなのも慣れたはずだったのに、それでもやはり小さ

な胸はどうしようもない痛みに悲鳴をあげる。

あの時本当に大声を上げて泣くことが出来たなら、もう少し状況は変えられ

たのかもしれない。

 

 

でも僕の喉は、大きな声で泣き叫ぶことが出来なかったんだ。

 

 

ただただ体育館の隅でひとり膝を抱えて、コンビニのビニール袋を握り締め

たまま、必死に涙がこぼれそうなのを我慢してうずくまっていた。


膝頭にぴったりくっ付けた額に、その丸い跡がふたつ。なるべく小さく小さ

くまるで自分など消えて無くなれと願うように、その体を縮めていた。

 

 

すると、背中にそっと手を置かれたぬくもりがじんわり広がった。僕の横に

誰かしゃがみ込んだ気配に顔を上げると、あるクラスメイトの母親がおにぎ

りの包みを僕に向け差し出している。


アルミ箔で包まれた三角のおにぎり。そして紙皿には、爪楊枝が刺さった玉

子焼きとから揚げとウインナーがあった。

 

 

 

 『あなたは、とっても勇敢で強い子になるわ。』 

 

 

 

そう言って、お日様みたいに微笑んだ顔。


”友達がお弁当食べてないから ”と頼んでくれたその娘も、同じように強

くて優しくてお日様みたいに笑う子だった。

 

 

 

たった3ヶ月しかいなかった、あの小学校。


結局、学校に馴染めずに休みがちだったけれど、あの子とお母さんの事だけ

はいつまで経っても忘れられずにいた。

あれからも転校を繰り返し2度苗字が変わり、中学生になり、背が伸び声が

低くなっても。

 

 

 

いつまでも僕は、忘れられずにいたんだ。

 

 

 


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