転校生
「え、ええっ!」
涼子は大声をあげた。周囲の同級生たちが一斉に涼子の方を見た。それに気がついた涼子は、慌てて口を紡いだ。
教室に入ってきた生徒は……及川悟だった。間違うはずがない。確かに、幼稚園で仲のよかった、あの悟だった――。
ゴールデンウィークが待ち遠しい四月の半ば、涼子の教室2ーAに転校生がやって来た。
噂は少し前に耳にしていた。噂をばらまいていたのは持田だ。どこで聞いたのかは知らないが、転校生がくるという話を吹いて回っていた。
「だれにもナイショだよ? ゼッタイだよ?」
などと、教室中に言って回っている。内緒だと言いつつ自ら吹いて回っているところが持田らしいが、そのうち先生にばれたら怒られやしないか、などと考えたりもしたが、噂が出てきてすぐにやってきたので、ばれる前に転校生の方が先にきたようだ。
「ねえ、持田くん。そんなに言いふらしてもいいの?」
同級生の横山佳代が言った。小柄でぽっちゃりで、明るく愛嬌のある女の子だ。
「え? い、いや……まあ、べつに言いふらしてるわけじゃ……」
「もうみんなしってるよ。このまえから言ってるじゃない」
同じく同級生の富岡絵美子が言った。学年で一番可愛いと噂の美少女だ。
「え? ああ……そうだっけ? まあ、その……」
持田は口ごもった。
チャイムが鳴った。由高小学校では、一時間目の前に「朝の会」が始まる。要するにホームルームだ。同じように、一日の最後には「帰りの会」がある。
「せんせぇくるぞ、みんなぁ!」
何人かの男子がそう言うと、同級生たちは素早く自分の席に座っていく。
奈々子たち友達とおしゃべりしていた涼子も、すぐに席に戻った。
「――今日からみんなのお友達になる、及川悟くんです」
担任の森田は、教壇に悟を立たせて紹介した。
「及川悟です。泉田小学校から転校してきました。よろしくお願いします」
幼稚園の頃から変わっていない、穏やかで礼儀正しい悟の印象は変わっていない。幼稚園を卒園してから一年しか経っていないので、そんなに変わるわけないのは当然だが、ここまで印象が変わっていないとは思わなかった。とはいえ少し成長したのか、前より背が高くなった気がする。
悟は涼子のことを覚えているだろうか? そんな心配は無用だった。先ほどの素っ頓狂な涼子の声で、悟は涼子の姿を見つけていた。
「あ、涼子ちゃん?」
悟が言った。すぐに教室の同級生たちは、一斉に涼子に注目した。
「あら? 藤崎さんを知っているの?」
森田は悟に尋ね、すぐに不思議そうな顔をして、涼子を見た。
「あの、ええと……私は幼稚園が、及川悟くんと同じ泉田幼稚園なんです」
涼子は少し照れくさそうに言った。
「あらまあ、そうだったの。だったら藤崎さん、及川くんが早く学級に慣れて、みんなの友達になれるように仲良くしてあげてね」
「はい」
涼子は返事した。
「涼子ちゃん、久しぶりだね」
一時間目が終わった後の休み時間、悟が涼子のそばにやってきた。
「そうだね。でも、びっくりしたなぁ。まさか、悟くんが転校してくるとは思わなかったから」
「うん、僕もまさか、涼子ちゃんがいるなんて思わなかったから、びっくりだったよ」
悟はやはり変わっていない。涼子は懐かしさでいっぱいだ。しかし、同級生たちが、悟のそばにやってくる。すぐに涼子と悟は同級生たちに囲まれてしまった。
「涼子といっしょのようちえんなの?」
「ねえねえ、いずみだ小だっけ。どこにあるの?」
「家はどこ? ぼく、ごみょうなんだよ」
「いやあ、及川くん。ぼくはがっきゅういいんの……」
皆、口々に質問の投げかけるが、いつの間にか休憩時間が終わった。二時間目のチャイムが鳴る。同級生たちは一斉に自分の席に戻って行く。先ほど格好つけて自己紹介しようとしていた持田は、最後まで言えず、釈然としない表情をしていた。
その後も悟は大人気だった。なにせ、可愛らしい容姿に優しく愛想のいい性格、勉強も得意なようで、すべてを兼ね備えた完璧超人といった印象だ。
ただ問題もある。やはり悟は、以前から知っていて仲のよかったこともあって、涼子と特に仲良く振る舞うのだ。そのせいで、それを同級生たちにからかわれたりした。
悟は由高学区の北部地域である「西大寺射越」に引っ越していた。涼子の家とは、帰る方向が同じだが、悟は距離にして涼子の倍近くある。岡山市と隣接する邑久郡(現在の瀬戸内市)の境界付近にある、吉井川にかかる橋である雄川橋からのびた辺りの田んぼの中にある。そこに家を建てたようだ。土地は親戚が持っていた土地らしく、そこを売ってもらったらしい。
帰りは一緒に帰ろうということになり、涼子たち東方面の子と帰ることになった。一緒に帰る子の中には、悟の近所の子もいるため、ちょうどよかった。
放課後、涼子は担任の森田に呼ばれて、職員室に行った。奈々子たち一緒に帰る子たちは、涼子を待って一緒に帰ることになった。
「まったく、森田先生ったら長いんだから」
涼子は、予想より長引いてしまったことをぼやいた。用事そのものは大したことではなかったが、ふとしたことから話が逸れて、他愛ない雑談が長引いてしまった。早く切り上げたかったが、森田はなかなか話をやめないので、困っていた。
ようやく終わって、待ってくれている裏門まで行くのに、一刻も早く向かうために校舎の裏を抜けようとしたところ、ふたりの生徒が何かを話していた。
そのふたりは、金子芳樹と……悟だった。




