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お出かけ

 居間の西側には短い廊下からの出入り口がある。そこには、細かい模様の入ったすりガラスがはめ込まれている、引き戸がある。この引き戸の隣の壁面に、カレンダーが掛かっていた。今は一九七七年十月十五日。昭和五十二年である。

 先月二歳の誕生日を迎え、去年同様に両親が祝ってくれた。今回は、備前市に住む母方の祖父母が来てくれて、涼子の身長くらいある、大きなぬいぐるみをプレゼントしてくれた。涼子は、ぬいぐるみには大して興味がないが、ここは喜んでおかないといけないだろう、と思って、嬉しそうにぬいぐるみに抱きついた。そんな孫娘の嬉しそうな姿を祖父母は穏やかな表情で、微笑ましく眺めていた。



「よし、じゃあ行くぞ」

 敏行は、自動車に妻と娘が乗り込んだの確認すると、自分も運転席に乗り込んでエンジンをかけた。今日は自動車でお出かけだ。

 藤崎家は、岡山市泉田にある。国道三十号線から少し入ったあたりの住宅地の中だ。借家の一戸建てで、あまり大きくないが家賃はそんなに高くないし、旭川河口付近にある敏行の職場にも、そんなに遠くないのがいい。

 今日行くのは、岡山市の中心部、後楽園や岡山城などがある方面だ。ちょっと出かけてみよう、程度であるため、あまり遠くに行くのも大変だし、だったら近場で涼子を連れて歩きやすそうなところがいい、という話になったようだ。


 藤崎家は自動車を持っていた。敏行は自動車で通勤している。いわゆるマイカー通勤である。車は贅沢品ではあるものの、ここ数年では敏行のように、通勤などに使うこともあって、所有世帯も激増している。

 ちなみに、実を言うとこのマイカー通勤は、敏行の見栄でやっている。というのも、藤崎家の家は、岡山臨港鉄道の岡南泉田駅から近く、歩いて四、五分程度だった。会社の最寄駅も、同鉄道の岡南元町駅から五、六分の場所にあった。電車で通勤してもなんら問題がなかった。しかし、同僚が次々とマイカーで通勤を始めたこともあり、結婚して泉田に引っ越してから数ヶ月した頃には、自動車で通勤するようになった。

 当初、妻の真知子はもちろん反対だった。せっかく最寄駅から近いのに、どうしてわざわざ車で通勤するのか、と詰め寄った。敏行は、みんな車で通勤しているし、後輩まで車なのに俺だけ電車じゃ格好がつかない、と言って妻に懇願した。敏行はどうしても譲らないので、結局、真知子は渋々認めるほかなかった。

 所有自動車は、中古の軽自動車でホンダのライフだ。購入の際、スズキのフロンテと迷ったらしいが、値段などの折り合いでライフを購入した。ちなみにこのライフは、昭和四十六年式の初代4ドアセダンタイプである。セダンとはいえ軽自動車であり、見た目はハッチバックといってもいい。涼子が生まれて三ヶ月後くらいの時期に、初めて買った前車の故障が多発していたために急遽購入したが、初代ライフは一九七四年には生産終了しており、藤崎家で購入の頃にはもう新車販売しておらず、割合安く買えた。

 敏行は、本当は新車のトヨタ・カローラ(おそらくE30型、三代目モデルのことかと思われる)が欲しかったが、もうすぐ娘が生まれることもあって、とても手が出なかった。独身時代に乗っていた車も軽自動車で、今回も軽自動車であるのは残念だが、でも次は、と考えているようである。ちなみに色はホワイトだ。


「やっぱりこの辺は街だよなあ」

 運転する敏行は、道路沿いに並ぶビルの向こうに、さらにビルが建ち並んでいるのを見て言った。涼子は視線が窓まで届かないため、外を見上げるようにして見ていたが、やはりどこか空の面積が広いような気がした。実際に、平成の時代には建っている建物は結構変わっている。十階建て以上のマンションなど、背の高い建物は増えているのだ。

 後部座席で涼子と並んで座っている真知子は、前で運転している夫に言った。

「そうだわ。どうせなら、後楽園に行ってみましょうよ」

「後楽園か。のんびりできていいかもな」

 敏行はそう言うと、前方に見える信号が赤に変わったようなので、ゆっくりブレーキを踏んでスピードを落とした。


 岡山市役所前を通り過ぎて北上すると、左手側に岡山駅が見えてくる。遠い未来には、イオンモール岡山がある辺りである。このころには、トレハロースなどで有名な地元企業の林原の有料駐車場がある。二〇一一年に会社更生法適用を申請して破綻したことで、この広大な駐車場は、現在では巨大なイオンモール岡山に変わってしまった。また、この付近には岡山高島屋や、岡山ビブレ(この頃は、ビブレ岡山店。二〇一四年に閉店)などがある。七十年代のこの時代にはまだなかった、イトーヨーカドー岡山店も二〇一七年に閉店し、この岡山駅周辺も時代とともに次々と変化している。

 岡山駅の前まで来ると右折して、岡山会館の前を通り過ぎて、桃太郎大通りを走る。この一キロ程度の大通りの先に、岡山城及び後楽園がある。


 桃太郎通りの中程、柳川交差点に近づいてきたとき、敏行は振り向かずに後ろの妻に言った。

「なあ。どうせだから、表町で昼飯食ってから行くか?」

「どうして?」

 真知子は言った。

「俺も久しぶりだけどな、後楽園って飯食うところがあったっけ?」

「ああ、そういうこと。確かにそうねえ。あると思うけど、どちらにせよ混んでるかもしれないわねえ」

 こういった観光地のレストランは大抵混んでいる。どうしてもと言うことでなければ、別の場所で食べていくのも手段である。

「昼は別のところで食べた方がいいだろう」

「そうね。そうしましょ」

 敏行は、柳川交差点を右折して、柳川筋を南に向かった。岡山中央郵便局や、川崎病院(現在の川崎医科大学総合治療センター)などがある。そして、どこかに向かって車を走らせた。駐車場を探すようだ。しかし、知っている駐車場があるらしく、すぐにそこまで行った。

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