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クリスマス

「かんぱぁい!」

 敏行は、手に持った缶ビールを掲げて嬉しそうに叫んだ。

 外も完全に陽が落ちてしまった午後六時。藤崎家で藤崎工業の忘年会が開催された。年末は忙しいし、今日も本当は四、五時間残業をやりたいところだったのだが、来週から日本ファイバー工業の工場内で大掛かりな工事の予定があった。始まるとそれに掛かりきりになるので、今日を逃すと忘年会ができなくなる恐れがある、と考えたのだ。

 飲み屋に行ってもよかったが、せっかくだからということで、敏行の自宅でやることになった。

 敏行と大河原は近所だし、実は照久も割と近い場所にアパートを借りて自転車で通勤しているので、帰りも問題はなかった。この時代は酔っ払って自転車に乗っても、特に問題ない時代だった。というか、「酒を飲みに自転車で行く」という時代だった。



「しんだはずだよ、おっとみさん、いきていたとは――」

 敏行は好きな歌を披露して、終始ご機嫌だ。

「いよっ、社長!」

 照久は、顔が真っ赤のまま敏行に拍手をしている。もう大分酔っ払っている風だ。

「エーサオー、げーんやーだーなー」

 敏行もかなり顔が赤い。こちらもかなり酔っ払っているようである。

 敏行の歌う「お富さん」は、昭和二十九年に発売された、春日八郎のヒット曲だ。軽快な曲調は大変な人気を呼び、大人も子供もみんな口ずさんでいた。敏行は当時幼稚園くらいなのだが、その後も周囲の人たちがよく歌っているのを覚えて気に入ったらしく、自身もその後よく歌っている。こういったイベントの際には、よく何か歌えと言われて、いつも歌っているのだ。


 涼子と翔太も一緒に居間で忘年会の席にいた。翔太が、大人たちが飲んでいるビールを自分も飲みたい、と駄々をこねるのを真知子が叱ったりしている。涼子は出されていた煎餅を食べながら、オレンジジュースを飲んでいる。歌い終わった敏行が、翔太にビールを飲ませようとして、真知子が慌てて止めに入ったりしていた。

「涼子ちゃんは、一年生じゃったかのう」

「うん」

「そうか、そうか。よう勉強してな。そうして偉い人になれるといいのう」

 源造はニコニコしながら、涼子の頭を撫でた。

 大河原源造は、もう白髪の老人だが優秀な職人だ。よく喋る性格ではなくて、基本的に物静かな人物だ。また、温厚で怒ることもなく子供にも優しい。涼子や翔太にとっても優しい老人だった。

「勉強は楽しいよ。通信簿がすごくよかったし」

 二学期の通知表はまだだが、一学期は図工と音楽以外はよかった。担任の評価も高い。涼子としては満足感が高かった。

「はっはっは、涼子ちゃんは頭がええんじゃなあ。ええこっちゃ。はっはっは」

 源造は笑った。


「ええぇ――我々、藤崎工業は、今年の春に旗揚げして八ヶ月ほどになります。初めから仕事に困らなかったのは、本当に幸運でした。むしろ忙しすぎるくらいで、源さんも、照も、よく頑張ってくれた。どうもありがとう。そして、来年もこの調子で頑張ってほしい。……それで、これだけ頑張ってくれたんだからと、ささやかながら用意したんだ」

 敏行はそう言って、箪笥の引き出しのところに行くと、封筒をふたつ持って戻ってきた。

「え? 社長……まさか」

 照久が驚いた顔をした。

「そうだ、よくやってくれたよ。みんな」

 敏行は、源造と照久にそれぞれ「賞与」と書かれた封筒を渡した。要するにボーナスだ。封筒がかなり薄いので、金額は大した額ではないことはわかるが、こういった小さな鉄工所でボーナスというのは珍しい。まだそんなに余裕があるわけでもないのに、敏行も随分頑張ったと思う。

「大丈夫なんかね? まだ一年目じゃし、無理せんでも……」

「大丈夫だよ。金額も少ないしなあ。それに、来年もかなり仕事が入りそうだから、やる気出して頑張って欲しいんだ」

「社長、俺、頑張ります!」

「頼むぜ。将来は、若え衆が引っ張って行くんだからな」

 敏行は、照久の肩に腕を回してじゃれた。

「さあさあ、まだお料理もお酒もありますよ」

 真知子が、源造にお酌をした。照久もうまそうにハムを頬張っている。

 九時頃になると、真知子から「もう寝なさい」と命令が下り、強制的に就寝を告げられた。藤崎家はいつも居間の隣の和室で家族四人が並んで寝ている。

 涼子は、まだ寝たくない翔太を引っ張って和室に行った。もうすでに布団は敷いてあり、涼子も翔太も自分の布団に入るだけだ。



 翌日、十二月二十四日。いわゆるクリスマスイブだ。この日は全国のちびっこ達にとって、とても重要な日だ。

 藤崎家では、毎年十二月に入った頃に、「サンタクロースへの手紙」という形で、欲しいものを書かせていた。これは涼子が幼稚園に入園した年のクリスマスからやっている。子供にサンタクロースを信じさせたいし、なるべく喜んでくれるプレゼントにしたいという思惑で考案された様だ。ただしこれは両親のアイデアではなく、幼稚園で真知子と親しかった母親たちの誰かが、どこかでこのアイデアを聞いてきたらしく、それを導入しただけのようだ。

 手紙は子供に希望を言わせて、真知子が書いている。そのため、高額なプレゼントを言い出したら、真知子が横槍を入れてくる。そんなものだとサンタさんは困るわよ、などと言いくるめて、安価なものに変えさせようとするのだ。

 涼子など、どうせ子供なのだからと、空気を読んでわざわざ安物にしたりする。絵本だとか、そう大きくないぬいぐるみだとか、そういったものを書くと真知子が嬉しそうにするので、去年も一昨年もそうしていた。

 しかし翔太は、そんな両親の思惑など微塵も理解できず、平然と「あのオモチャが欲しい」だの言うのだ。去年など、まだ幼稚園にも行っていない幼児にもかかわらず、平然と玩具店で見た超合金の大きなロボットを希望するのだ(ちなみに、DX超合金 未来獣合体ゴライオン(値段9800円)という、非常に高額な玩具だった)。もちろん真知子に止められるので、駄々をこねて真知子を困らせるのだった。

 しかし今年、涼子はちょっと高額なものを希望した。


 サンタさんへ


 りょうこは どうぶつずかん がほしいです


 と、書いた。去年までは真知子が書いたが、今年は小学生であり、文章がかけるので自分で書いた。ちなみに翔太の分も書いてあげたが、内容が「しょうたは なにも いりません」という内容を真知子にばらされて、翔太が激怒していた。それを見て大笑いしていたら、「もう、お姉ちゃんなんかだいっきらい!」とその日はずっと怒り心頭だった。

 果たして、どんな図鑑を選んでくれるのか。できるだけ高額で詳しいのが欲しいが、高額なのは無理だろうから、あまり高くないものだと予想される。

 涼子は、手紙を書いているときに、現在放送中の「南の虹のルーシー」に出てくる、コアラやディンゴが載っているのが見たい、と言った。まだコアラは日本では見れない。二年後の昭和五十九年に初来日となる。

 「南の虹のルーシー」は、日本アニメーション制作の「世界名作劇場」のシリーズで、八作目になる。この年、昭和五十七年の一月から放送されている。イギリスからオーストラリアに移住した、主人公のルーシー・メイとその家族ポップル家の、未知の土地での開拓生活の希望と苦闘、そして家族の絆を描いた作品。

 当時、日本では馴染みのなかった、コアラなどのオーストラリア固有種が登場するなど、興味深い部分もあった。

 涼子は、前作の「ふしぎな島のフローネ」同様、面白いアニメだと感じていて、毎週放送を楽しみにしていた。

 真知子は、世界名作劇場は、子供に見せるアニメとして優良だと考えているらしく、涼子の覚えているうちでは、幼稚園に通うようになった二年前の「トム・ソーヤーの冒険」あたりから以降、放送時間頃にチャンネルを変えて、家族で見るようにしていた。

 真知子は、涼子の書いた手紙を微笑ましそうに眺めると、「きっとサンタさんはお願いを聞いてくれるわ」と涼子の頭を撫でながら言った。どうやら真知子にとって、悪くないチョイスだったのだろう。


「おい、チビたちは寝たか?」

 今日の仕事を終えて家に戻ってきた敏行は、作業服を脱ぎながら妻に尋ねた。今日の夕飯はクリスマスということで、ちょっとしたパーティぽい夕飯にするということで、六時ごろに一旦仕事を終わらせて家に帰っていたが、その後また八時ごろに工場に行って、二時間ほど残業をしていた。

「もう十時よ。よく寝てるわ。お酒の前にサンタさんの出番を終わらせてね。はい、これ」

「わかってるよ。しかしまあ、なんでこれだけのことでなあ……」

 敏行は、妻から子供たちへのプレゼントを渡されて、それを眺めながら呟いた。

「子供のためにやるっていうのが大切なのよ。子供たちには、サンタクロースをずっと信じていて欲しいもの」

 真知子も、子供たちが大きくなったら信じなくなることはわかっている。が、まだあんなに小さな子供なのだから、なるべく夢を持って欲しい、信じている子でいて欲しいと思っていた。

「そんなものかねえ。サンタなんて言っても、いつかは気がつくだろ。特に涼子は勘がいいし、もう俺が置きに行ってることに気が付いていそうだが」

「そんなわけないでしょ。涼子はまだ小さいし、サンタを信じる優しい子なのよ」

「……優しいかどうかは関係ないような」

 敏行はブツブツ言いながら、子供たちの寝ている和室に入っていった。



 翌日。涼子は目を覚ました。今日は十二月二十五日、土曜日。今日から学校は冬休みになる。そして、枕元にはサンタクロースのプレゼントがある。あまり綺麗なラッピングではないが、持ってみると、割合重い。形や大きさを考えると、まさに願い通り、動物図鑑である可能性が高い。別に毎年のことで、特別どうとかいうことではないにせよ、朝起きて枕元にプレゼントが置いてあるというのは、結構嬉しいものである。

 横を見ると、翔太はまだ寝ていた。敏行もだ。真知子はもう置きているようだ。そういえば、台所の方から音がする。多分朝食を作っているのだろうと思われた。

「お母さん、おはよう!」

 涼子は台所にやってきた。プレゼントを持って。

「おはよう。あら、それはサンタさんのプレゼント?」

「うん、起きたらあったよ」

「よかったわねえ。サンタさん、涼子のお願い聞いてくれたかしら?」

「うん! 動物図鑑だよ! コアラいるかな。ディンゴも」

 涼子はその場で包装を取って、取り出した動物図鑑を嬉しそうに母に見せた。

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