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散歩にいこう

「わあ、お魚いるよ。あっちにも」

 涼子は翔太と一緒に、用水路の中を泳ぐ魚を見ている。祖父はそんなふたりの後ろから、「川に落ちんように気をつけてな」と声をかけた。

「魚なんかで喜んでるようじゃ、お子ちゃまよねえ」

 友里恵は涼子たちを見て笑った。自分は魚なんかに興味はない、と言いたい風だった。そう言いつつ、少し魚を見たそうな風で、チラチラと覗き見しようとしている。

「お姉ちゃん、おおきい! あれ、おおきいよ!」

 翔太は興奮気味に叫ぶ。見ると、フナか何かと思われる割合大きな魚がいる。大きいのはあまり素早くなくて、ゆっくりと周辺を泳いでいる。

「本当だ、大きいね。あ、向こうにもいるよ」

 涼子が言うと、翔太はそちらも見て、「かっこいい! おじいちゃん、とって!」と、祖父の腕を引っ張る。

「だめじゃなあ。網を持ってこんと無理じゃあよ」

「えぇ、おおきいさかなぁ。お姉ちゃぁん」

「私に言われても無理だって」

 翔太はあの大きな魚をどうしても捕まえたいようだが、捕まえるための道具がないのでは、どうしようもない。

「ねえ、あっち行ってみようよ」

 友里恵が言った。

「うん。ほら、翔くん。行こ」

「ねえ、さかな……」

 涼子が手を引いて友里恵についていこうとするが、翔太はチラチラと大きな魚のいた方を振り返っていた。

「翔太、お菓子買いに行こうか」

 祖父がそう言うと、翔太は「おかし、いく!」とあっさりとお菓子に釣られたようだ。もう頭にはお菓子のことしかないのだろう。昨日、連れて行ってもらった「ふくや」を訪れ、三人の孫にひとつ

づつお菓子を買い与えた。それから再び歩いて行き、小さな広場にやってくると、みんなでお菓子を食べた。

「涼子に翔太。お前たち、お菓子を買ってやったことをお母さんには言うんじゃないぞ。真知子はうるさいからのう」

 祖父にとって、孫がやってきて、孫にお菓子を買ってやるのは楽しみのひとつであり、嬉しそうにお菓子を食べる孫の姿は何度見ても飽きないものだ。しかし涼子たちの母親である真知子は、「お菓子を食べすぎると虫歯になる」「甘やかしすぎたら困る」だのと言って、嫌な顔をするのだ。敏行はあまりそう言うことを言わないが、真知子は厳しい。

「翔太、絶対言ったらだめだよ。言ったらもうおじいちゃんにお菓子買ってもらえなくなるから。内緒よ」

 涼子は、簡単に口を滑らしそうな弟に釘を刺した。前にも一度あったからだ。そのせいで、真知子に怒られたことがあった。

「ナイショ! ナイショにする!」

 翔太は元気よく答えた。少し心配だが、まあ信じるしかないだろうと考えるしかなかった。

「真知子叔母さん、そんなに怒るの? あんまりそんな感じしないけど」

 友里恵は少し意外そうに言った。

「すごいよ。お母さん、すぐ怒るし」

 涼子は苦笑いした。

 友里恵が意外に思うのは当然で、真知子は自分の子供たちには厳しく言うが、友里恵たち甥姪にはとても優しい。口調も全然違う。ただ、世の母親は大抵そんなものだ。友里恵の母親も、涼子たちにはとても優しく穏やかで、とても怒鳴っている姿は想像できないが、友里恵はよく知っている。何かしらで頻繁に怒られているのだ。

「さあ、あっち行ってみるか」

 祖父は翔太の手を握ると、涼子と友里恵を連れて広場を離れた。


 祖父母の家のある集落の北には山があり、その山の向こう側が国道二号線が通っている。赤穂線伊部駅もこの二号線沿いにある。ちなみにこの頃はまだ民営化前の国鉄時代である。

 友里恵は、目の前にある川の向こうに学校らしき建物を発見した。

「あれ学校かな?」

「うん? ああ、あれは中学校じゃなあ。備前中じゃ」

「わあ、中学校。中学生だわ!」

 なぜか友里恵が色めき立った。どうも中学生に憧れを抱いているらしかった。多分、中学生というのが、とても大人な印象を持っているのだろう。

「ねえ、中学校に行ってみようよ!」

 友里恵は涼子と翔太の手を引っ張って、中学校に向かった。

「こらこら、友里恵。転ばんように気をつけるんじゃぞ」

 祖父は、孫たちの後をゆっくり歩いてついてきた。


「わあ、これが中学校ね! オトナだわ!」

 興奮気味につぶやく友里恵。涼子には、大して珍しいとも思わないので、「ふぅん」としか答えなかった。というか、あまり大きな校舎じゃないかも、と思った。涼子が前の世界で通っていた中学校は、もっと大きかったように思ったのだ。思い違いもあるかもしれないが、備前市は田舎なので、やっぱり生徒数は少ないのだろう、と考えた。


「……あれ? 涼子ちゃん?」

 ふと声がして、涼子が声の方を見ると――そこには悟がいた。

「え? 悟くん。どうしてここにいるの?」

 涼子は、予想だにしないところで幼稚園の友達に出会ったものだから、とても驚いた。

「僕ね、おじいちゃんの家に来ているんだよ」

「あ、そうなんだ。私ものそうなんだ。この辺なの?」

「うん」

 どうもこの近辺に悟の祖父の家があるらしい。

「へぇ、サトルのフレンズ?」

 ふいにそんな声が聞こえたと思ったら、悟はもうひとりの男の子と一緒にいた。年齢はずっと上のようで、小学生の高学年か……いや、中学生だろう。見た目は、可愛らしい悟と違って、馬みたいな面長な顔立ちで自信家な印象の少年だった。眼鏡をかけており、もしかしたら勉強ができる子なのかもしれない。

「うん、幼稚園のお友達なんだ。涼子ちゃんっていうんだよ」

「ふぅん、どうもはじめまして。ボク、サトルのいとこでヒロ・ターナーと言います」

 背の低い涼子を見下ろすように自己紹介すると、フフンと微笑した。名乗りはなぜか、苗字と名前を反対にした挙句、欧米人っぽい苗字を名乗っていた。涼子は、どこか欧米かぶれな印象を抱いた。

 彼は悟のいとこで、田中義博というらしい。ヒロでもなくターナーでもない。タナカヨシヒロだ。母方のいとこだそうで、この備前市伊部に住んでいる。悟は今日、このいとこの家にやってきていた。この義博の家に祖父母も住んでいて、時々来ているのだそうだ。

「もしかして、中学生ですか!」

 涼子の横から急に友里恵が出て来て、義博に質問した。

「ええ、ボクは中学生ですよ。レディ」

「まあ、レディ!」

 友里恵はとても嬉しそうだ。涼子には、何がそんなに嬉しいのか意味がわからなかった。この悟のいとこ、ところどころで英語を入れているのが、インチキ臭いというか、胡散臭い。中学生になって英語を授業で習うようになって、やたら英単語を使いたがるお年頃なのだろう。

 涼子はふと、さっきから翔太がおとなしいのに気がついた。涼子の後ろに隠れるようにして、悟たちを見ていた。翔太は特別、人見知りな性格ではないが、見慣れない年上の人が現れて警戒しているのかもしれない。

「翔くん、大丈夫だよ」

 涼子は、後ろから自分の腰にしがみつく翔太の頭を撫でた。翔太は何も言わず、涼子の背中で顔を隠してじっとしている。

「……翔くん。大丈夫だって。みんな優しい人だよ」

 涼子が言うが、翔太は姉にしがみついたままだ。

「そろそろ行こうかのう」

 祖父が、翔太が人見知りしているのを見て言った。

「えぇ、もう? 中学校を見たい」

 それを聞いた友里恵は嫌そうな顔をした。あわよくば校内に入ってみたいと思っているようだ。

「勝手に入っちゃいかんじゃろう。あっちの公園に行ってみんかな」

「うん。私、公園に行きたい」

 涼子は言った。

「僕も行ってみたい」

 悟も言った。

「サトル、じゃあみんなと遊んでおいでヨ。ボクは先に買って帰っとくからサ」

「うん!」

「それじゃ、皆さん。いとこをよろしく。グッナィ!」

 指二本を軽く上げて、気取った足取りでどこかに向かって歩いて行った。「グッナィ」と言っていたが、それは「おやすみ」だ。多分、グッバイと間違えたのだろう。しかしそれに気がついたものは誰もいなかった。

「悟くん、よかったの?」

「うん。義博お兄ちゃんがお使いに行くっていうから、僕も一緒に行きたい、ってついて来ただけなんだ」

「そうだったんだ」

 そうして涼子たち一行は、中学校の近くにあった公園に向かった。

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