お泊まり
「じゃあ、ゆりちゃん。お行儀よくしているのよ」
「うん、じゃあね。お母さん」
友里恵はそう言って、自宅に帰る両親と弟を見送った。
友里恵の母は現在妊娠しており、今年の十一月の出産予定だ。いつもは涼子たち藤崎家と一緒に一泊しているのだが、千恵子が身重なこともあり、自宅の方がいいだろうと帰ることにしている。しかし、友里恵はどうしても泊まりたいと駄々をこねるので、友里恵だけ泊まることになった。翔太と同い年である弟の秀彦は、翔太と仲がいいが、やっぱり両親から離れるのが嫌なようで、一緒に帰っている。
それから少しして、子供たちで風呂に入り、出てくるとみんなで布団を敷いた。現代と比べて重厚な、昭和の布団だ。薄手の掛け布団は表にそれぞれ違う絵柄が縫われている。
「ここあたしの布団! この布団、カワイイ」
友里恵はピンクの花柄模様の布団を一番に占領した。気に入ったらしい。
「しょうくん、これがいい!」
翔太は、全体的に赤っぽいものを選んだ。スーパー戦隊シリーズが大好きな翔太は、当然リーダーカラーである「赤」が一番いいのだ。
涼子はどれでも良かったのだが、翔太が「お姉ちゃんの隣!」と主張するので、翔太の隣に敷いていた布団を選ぶことになった。
応接間の隣の和室に、合計五枚を二列に並べて片方の列を敏行と真知子が、もう一列は友里恵、翔太、涼子の順に並べられた。
「ねえ、涼子ちゃん。この服ってオシャレじゃない? あたしさあ、やっぱりこういうのが似合うと思うんだよね」
布団が並べられても、友里恵はまたプチセブンを出してきて、涼子に見せてオシャレ談義を始める。涼子は「ふぅん」とか「そうなんだ」とか言って聞いてるばかりだ。友里恵もただ喋りたいだけのようなので特に問題ないようだった。しかし、それだと翔太が仲間外れにされていると思ったのか、涼子と友里恵に絡んできた。
「お姉ちゃぁん、遊んでぇ」
「翔くんはもう寝る時間でしょ、ほらほら」
涼子が早く寝ろと急かすが、まだ遊びたい翔太は駄々をこねる。
「いやぁ、遊ぶぅ! 遊ぶの!」
喚く翔太に困惑する友里恵の隣で、涼子は密かにいたずらな笑みを浮かべ、翔太に襲いかかった。
「しょう……くん、えいっ!」
涼子は、こっそりと背後に隠し持っていた枕で、いきなり翔太の頭を叩いた。驚いた翔太は、姉のニヤニヤした顔を見ると嬉しそうな顔になった。すかさず自分も枕を持って、姉に向かって振り回した。
「このぉ!」
「ぜんぜぇん、当たんないよ。ふふん」
涼子は、一生懸命枕を振り回す翔太の攻撃を簡単に避ける。
「えい!」
そして、すかさず横振りで翔太の腕に一撃を与えた。
「あっ、もうっ!」
翔太は、もうなりふり構わないという風で、枕を無茶苦茶に振り回して暴れる。そのうち、涼子が避けきれなくて、足に当たってしまった。
「やったあ、お姉ちゃん、たおしたぁ!」
大喜びする翔太。しかし、涼子はそんなの御構い無しで、
「まだまだ、お姉ちゃんは無敵だし!」
と言って、ふたたび枕で翔太を攻撃した。
「もう、お姉ちゃんはやられたの! イーグルキックでたおしたの!」
翔太は、姉が自分の望む行動をしてくれないことに不満を訴えた。翔太としては、これで涼子が「やられたぁ」と言って戦いが終わるのを望んでいたらしかった。
ちなみにイーグルキックは、サンバルカンに登場する技のひとつだ。枕で叩いてどうしてキックなんだ、と思ったが、所詮幼児の考えることなどに突っ込むだけ野暮なので、それは言わないでおいた。
「私は無敵だって言ったでしょ。無敵ロボ、トライダーG7だし! えいっ、バードアタック!」
涼子そう叫ぶなり、両手を開いて翔太に飛びかかった。そのまま翔太に抱きついて脇の下をくすぐろうとする。翔太はそれに抵抗しながら、
「もうっ! じゃあ、しょうくんはダイオージャだからね! ええいっ!」
と言って、ポカポカと涼子を叩く。意外と切り替えは早いようだ。
「無敵ロボ トライダーG7」は、昨年の一九八〇年に放送していたロボットアニメだ。機動戦士ガンダムの後番組として放送された。ガンダムとは打って変わって、いわゆるスーパーロボット系のロボットアニメとなっている。竹尾ゼネラルカンパニーの小学生社長、竹尾ワッ太が主人公で、企業でロボットを稼働させて敵と戦うという、割合珍しい設定になっている。トライダーG7は七段変形が売りで、当時これを再現できた玩具はないものの、ガンダムと比べて、幼児の興味を引きやすいデザインやギミックであるせいか、好評だったという。涼子も前の世界では、誕生日プレゼントでこの超合金玩具を買ってもらった。翔太も大好きで、いつも一緒に見ていた。
もうひとつ、ダイオージャとは、トライダーG7の後番組の「最強ロボ ダイオージャ」である。現在放送中のアニメ番組だ。水戸黄門をモチーフにしたアニメで、エドン国のミト王子がお供を連れて諸国を旅する。主役ロボのダイオージャは、エースレッダー、アオイダー、コバルダーの三機のロボットが合体してダイオージャという大型ロボットになるという、これまた派手な設定となっている。
現在放送中のアニメで、これも涼子、翔太共にいつも見ている。
「……やれやれ、ふたりともお子ちゃまねえ」
友里恵は、はしゃぎ回る涼子と翔太を見てため息をついた。




