友里惠お姉ちゃん
祖父に連れていってもらった駄菓子屋から帰ってくると、敏行と真知子が、お墓に参ってこよう、と言って、祖父母の家から少し歩いたところにある墓場まで家族四人で行った。来る途中で買っていた、花やお供え物などを持って歩いて向かった。涼子は花束を持たせてもらったが、翔太も何か持ちたいと駄々をこねたので、お供え物のお菓子を入れた袋から、ひとつだけを別の袋に入れ替えて、それを翔太に持たせた。
二、三十分くらいで戻って来ると、みんなもの汗だくになっていた。涼子も祖母に手ぬぐいで顔や頭を拭いてもらった後、みんなにアイスクリームが振る舞われた。
それから二時間くらい経った後、伯父一家が到着した。
「涼子ちゃん、翔くん、久しぶりね」
いとこの内村友里恵が言った。
友里恵は、涼子より三歳年上で、現在小学二年生だ。涼子より背が高いため、いくらかお姉さんに見えるが、やっぱり大人の目で見ると小さな子供である。従姉妹の中では一番年上であることもあって、やたらとお姉さんぶる。
「あらぁ、涼子ちゃん大きくなったわねえ。もうあたしに追いつくかなあ」
友里恵は涼子の頭を撫でながら、明らかに下に見た言い方をする。おそらく自分たちの親世代が、子供世代にそういう言い方をしているのを真似ているのだろう。
涼子としては特に気にしているわけではないが、やたらお節介なのが困ったところだ。最近、特に「オシャレな女の子」ということにこだわっており、会うと毎回、服装やアクセサリーなどの講釈が始まる。「このスカートの、この色が……」だとか、「この服惜しいのよね、このワンポイントが……」とかいうのを頻繁に聞かされるのだ。友里恵の従姉妹は女の子が少なく、少し年の離れた兄弟も男の子である。親戚の間では、自分のオシャレ論を披露できる子がほとんどいないから、涼子はまさに格好のターゲットだった。
「ねえ、これ見て。カワイイでしょ」
友里恵は自分の髪を涼子に見せて言った。左側にピンク色のリボンをつけていた。
「あ、お姉ちゃん、そのリボン可愛いね」
「でしょ。で、この横につけるのがナウいのよね。やっぱりさあ、どこでもいいってものじゃないでしょ」
得意げに話す友里恵に、涼子は――もう始まった……と内心げんなりした。――それにしても「ナウい」か……こういうところも、やっぱり時代を感じるなあ……と、感慨深かった。
「だってさあ、オシャレってぇ、こういう小さいことに気を使うってことよね」
止まることなく喋り続ける従姉妹に、涼子は、どうせ雑誌かテレビの受け売りだろう、と見当をつけた。
「涼子ちゃんもさあ、この辺にワンポイントつけたら、絶対カワイくなるって」
そう言って、涼子の胸元を指差した。さらに得意げになって、今度は涼子の服装にもだめ出しする。
「あと、その黄色いTシャツってさぁ、その水色のスカートと合ってないんじゃない?」
「そ、そうかなあ……」
涼子は自分の格好を確認するが、そんなことを言っても服を買ってくれるのは母親だし、幼稚園児にそんなことを指摘したって……と困惑した。
「あたしさあ、これ持ってきてあげたのよ。プチセブン」
友里恵はピンク色の派手なバッグから、一冊の雑誌を取り出した。誰なのかわからない女の子の笑顔と、ピンクや水色、黄色の文字がところ狭しと躍って、その表紙を飾っていた。
プチセブンは、小学館の発行する、十代女性向けのファッション雑誌だ。現在は休刊しているが、九十年代にはかなりの人気を誇っていた。誌面に掲載されるモデルたちはプチモと呼ばれ、その後、芸能界などで活躍している者もいる。
「ふぅん、プチセブン?」
涼子は見せられた雑誌を手に持つと、その表紙をしげしげと眺めた。男子の記憶である涼子には、よく知らない雑誌だった。名前は聞いたことがあるかもしれないと思った。ちなみに涼子も時々この種の雑誌を買ってもらうが、幼児向けの「よいこ」や「おともだち」などである。そういえばこの間、表紙のサンバルカンに魅せられた翔太が、「テレビマガジン」が欲しいと駄々をこねて買ってもらっていた。まだ雑誌の内容なんてよく理解もできないくせに……と涼子は呆れていた。
「まあ、幼稚園の涼子ちゃんには難しいかしら」
友里恵は、涼子の頭を撫でながらニヤニヤしている。自分より小さい子に講釈できるのがよほど嬉しいのだろう。その後しばらく雑誌片手にあれこれ語り始めた。しかし、少しして翔太と友里恵の弟である秀彦が、そばに寄ってきてじゃれてきたので、友里恵には不本意ながら、弟の相手をしなくてはならなくなった。
「敏行くん、いやあ暑いねえ」
伯父の政志は、久しぶりに会った義弟に声をかけた。
「そうですねえ。でもだからこそビールがうまい、なんてねえ」
「ははは、そうだ。そうだ。夏はやっぱりビールだねえ。敏行くんは毎日飲んでるのかい?」
政志がそういうと、真知子が横槍を入れてきた。
「もう、この人ったら、仕事から帰ったらいっつもビール、ビールなんだから。困ったものよね!」
敏行を睨む真知子。それを見て慌てて弁解する敏行。
「ま、真知子……ちょっとだろ」
「そんなことあるもんですか。放っといたら何本でも飲むんでしょ」
そんな様子を見て、政志は楽しそうにつぶやいた。
「なんだ、お前たちは仲良いな。おしどり夫婦ってやつだな」
「妬けるわねえ、羨ましいわあ」
「いえいえ、そんなことないですよ」
親たちは和気あいあいと話に花を咲かせていた。子供たちも、友里恵が持ってきたトランプで遊んでいるようだ。友里恵は最近7並べが気に入っているらしく、秀彦と涼子姉弟でやろうと考えていた様子。
友里恵の用意したトランプは、少女漫画誌「りぼん」に付録でついてきたトランプだ。人気漫画家の、陸奥A子のイラストが描かれたもので、この陸奥A子や田渕由美子などの漫画が大好きな友里恵は、このトランプが随分とお気に入りだ。もちろん、涼子たちに見せびらかす目的もあって持って来ていたようである。
友里恵は、特定のイラストが出てくると一旦中断して、そのイラストがいかに可愛いか語り始める。涼子たちは、友里恵の講釈に黙って耳を傾けなくてはならない無言の圧力があった。それでも、みんなでワイワイ遊ぶのはやっぱり楽しくて、涼子たちも時間を忘れて楽しんだ。
日が暮れはじめた午後七時ごろ、祖父母宅にて夕食が始まる。居間に普段は使っていない大きなテーブルを出してきて、そこに寿司を並べていく。備前の祖父母宅へ来て夕食となると、かならず寿司である。備前市内に親しい寿司屋があって、客がきて夕食を食べていくことになると、いつもそこに出前を頼んでいる。大抵は握りのセットがそれぞれと、巻き寿司が少し用意された。
涼子ら小さい子がいるので、通常の半分くらいのミニサイズのものも用意された。
「ねえ、涼子ちゃん。お寿司って、こうやって食べるのよ」
友里恵は、マグロの握りを一貫素手で取って、醤油につけるなり口に入れた。
「うん、おいしい!」
満足げに口を動かす友里恵。そして、涼子にも同じことをするよう促した。
「どう? 涼子ちゃんもやってみて」
「う、うん。……あっ」
涼子はハマチの握りを取ると、醤油につけようとして醤油皿にハマチを落としてしまった。その拍子にシャリまで落としてしまい、涼子のハマチの握りは醤油まみれになってしまった。
「あらあら、涼子ちゃん。それはもうやめて、こっちを食べようね。はい」
友里恵の母、千恵子は、醤油まみれの握りを箸で取って、別の皿に置くと、自分のところからハマチを取って半分に切ると、涼子のところに置いた。
「うん」
涼子は、今度はどうやって食べるべきか、と考えた。友里恵がああ言う以上、それ以外の食べ方はやり辛かった。
「涼子、友里恵の真似をしたらいかんでな。先につけてからでええじゃろ」
祖父は、上のネタだけを箸で取って、醤油につけると、ふたたび置いて今度はシャリごと箸で掴んで頬張った。
「おじいちゃん、握りって素手で食べるものなのよ」
友里恵は祖父に注意した。どうやら友里恵は、握りを箸で取るのはルール違反と思っているらしかった。どこでそんな知識を見つけて来たのか不明だが、とにかく自分の知識を披露したくてしょうがない様子だ。
「はっはっは、そうか。そうか」
などとニコニコと微笑みながら、最後まで自分の食べ方を変えなかった祖父。余裕の風格だった。
涼子は基本的に手掴みは嫌いだ。理由は簡単で、手が汚れるからだ。ベタベタするのがとても不快なようである。ポテトチップスなどのスナック菓子も、実はそれが理由で本当はあまり食べたくなかった。
なにやら友里恵がみんなに文句を言っているが、大人たちがみんな箸で食べているので、涼子も大人たちに合わせて食べた。友里恵は涼子に対しても何か言いたそうであったが、気づかないふりをした。
楽しい夕食も終わって、夜も更けていく。




