おじいちゃんの家へ
「ほら涼子、翔太。行くわよ」
真知子は、玄関でじゃれあってる涼子と翔太に呼びかけた。
今日は八月十一日。幼稚園はもう夏休みに入っており、先日は父方、岡山市藤田の祖父母の家に遊びに行ったりもしている。この日は、備前市に住む母方の祖父母の家に行く。敏行が自分の両親とは距離を置きたいものだから、早めの頃に行って、盆休みにはいつも備前の義父母宅に行くのだ。また敏行は、真知子の兄である内村政志と親しく、久しぶりに会うのを楽しみにしていた。
「おじいちゃん、おばあちゃん。こんにちは!」
涼子は元気よく、出迎えてきた祖父母に挨拶した。
「よう来たなあ。涼子、翔太」
祖父は、そばにやってきた涼子の頭を撫でながら、嬉しそうに笑った。翔太は、よたよたと歩いて祖父の足に捕まると、「おじぃちゃん!」と言った。
「おお、翔太は元気がええのう」
しがみついてきた翔太の頭を撫でる祖父。
祖父母の家は、備前市浦伊部の山裾にある。南北を山に挟まれた谷のような土地で、山以外は田んぼと、点々とある民家だけの田舎である。この祖父母の家も農家であり、家の周囲には東側に民家があるだけで、あとは田んぼに囲まれている。のどかな風景だった。
「さあさあ、みんな。あがってちょうだい」
祖母が、入るよう促して台所の方へ向かっていった。
翔太はすぐさまその場に靴を脱ぎ散らかすと、すぐにあがって祖父についていこうとした。
「こら、翔くん。靴はちゃんと揃えなさい」
真知子はそれを遮って、子供たちにちゃんと靴を揃えさせた。
「敏行くん、仕事はどうかね? 忙しゅうやっとるかのう」
祖父は敏行に仕事関係の世間話を始めた。久しい人と会うと、必ずこの流れである。このあと息子の政志も訪ねて来るはずだが、来たら多分同じことを言うだろう。
「ははは、そうですね。でも、今後はどうなっていくかはわかりませんよ。技術も進歩してますし、なかなか義理人情では仕事が来るとは限らないですからね」
敏行は、義母が持ってきた麦茶をひと口飲んで、笑顔で語り始めた。
「そうじゃな。世知辛い話じゃけど、敏行くんたちの時代は大変じゃな」
「まあ、とはいえ、腕さえあればどうにかなりますよ。世の中やっぱり最後に通用するのは技術ですよ」
そう言って敏行は笑った。
到着して三十分くらい経ったころ、居間の隣にある和室で遊んでいた涼子と翔太に、「よっしゃ、ふたりとも。お菓子買いに行こうか」と、祖父が言った。
「うん!」
涼子は元気よく答えた。
「オカシ!」
翔太も満面の笑みである。この時を待ってましたとばかりに、テンションが急上昇している。「はやくいこ! はやく!」とノロノロと動き出す祖父を急かしている。
備前の祖父母の家に行くと、祖父が必ず連れて行ってくれる場所がある。祖父母の家の近所にある駄菓子屋だ。祖父の同級生が経営しており、祖父も時々、煙草や酒のつまみなどを買いに行っている。
「車に気をつけていくのよ」
真知子の声に、「うん!」と元気よく答えた。
「いらっしゃい。まあ、おじいちゃんに連れてきてもらったの? よかったわねえ」
駄菓子屋「ふくや」の店主、福山鶴子は笑顔で涼子たちに声をかけた。
「うん、お菓子買ってもらうの」
涼子は、店主のおばちゃんに笑顔で答えた。
「よかったわねえ。さあ、すきなものを選んでね」
涼子と翔太は、早速狭い店内に並ぶ駄菓子の数々を眺める。
「わたし、『ジューC』がいい」
涼子は、プラスチック製の円筒状の細長いパッケージの駄菓子を手に取った。
「ジューC」は、ここ岡山県に本社のある菓子メーカー「カバヤ食品」が一九六四年から販売している、タブレット型のラムネ菓子だ。人気も高く、知っている人も多いだろう。六十年代の販売開始から、現在まで販売しているロングセラー商品である。
「涼子、もうひとつ買ったげるから、選ばれえ」
祖父は、久しぶりに孫に会ったのが嬉しいのか、もうひとつ買ってくれるという。
「ほんと? じゃあね……」
涼子は嬉しそうに、もうひとつは別の菓子にしようと、探し始めた。そんな涼子とは裏腹に、未だにあれでもない、これでもないと、迷っている翔太がいる。
「翔太は決まったかの?」
「うんとね、えっとね……これにする!」
翔太が手に取ったのは、「マーブルチョコレート」だ。一九六一年から、明治製菓が販売している、ボタン状のチョコレートだ。おはじきにも似ている。粒のチョコレートをカラフルな殻で包んだような構造で、故に手に持ってても溶けない。いろんな色があって楽しいこともあり、これも人気商品である。
「マーブルかあ、じゃあわたしはこれにしよ」
涼子は、8の形状のブリスターパッケージのお菓子を手に取った。お菓子はマーブルチョコと同じようなチョコで、それが8の字状に並べてパッケージされている。見覚えのある人も多いだろう。商品自体は、フルタの「ハイエイトチョコ」という。ちなみに、これが輪っか状になった「わなげチョコ」という菓子もある。
「メガネ、メガネェ」
涼子は手に取った菓子を目の前に持っていって、翔太をみた。翔太はそれが羨ましくなったのか、自分も「こっちがいい」といって、ハイエイトチョコに変更した。
「あぁ、翔くん、わたしの真似したぁ」
涼子はからかうように翔太に言い放つ。
「ちがうもん、まねじゃないもん!」
翔太は必死に否定する。しかし涼子は、「マネ、マネェ」とニヤニヤしながら言い続け、翔太は半泣きだ。
「こらこら、涼子。いじめたらいかんじゃろ」
祖父は調子に乗った涼子をたしなめた。
「……はぁい。翔くんごめんね。お姉ちゃんのチョコ、半分あげるから」
そういって8の字の半分を指差した。
「ほんと? わぁい!」
半分もらえるとなった途端、すぐに笑顔で喜び始めた。それから翔太は、もう一種類の菓子を、散々迷った挙句にようやく選んだ。
「涼子も翔太も、それでいいか?」
祖父は、店主のおばちゃんに代金を払うと、「じゃあ帰ろうか」と言って店を出た。
翔太は帰り道に、早速チョコのパッケージを開けて食べようとしている。涼子は注意した。
「翔くん、お行儀悪いよ。帰ってからにしなさい」
「ええぇ……でもぉ」
「ははは。涼子はやっぱりお姉ちゃんじゃなあ。よう世話ができる」
祖父は、涼子の頭を撫でた。




