不遇な人生
二〇一七年、二月。岡山県、某所。
藤崎涼太は倒れていた。
——もう、だめだ。体は疲労と痛みと寒さに蝕まれ、一歩も動けない。体の震えは止まらない。このまま、死んでしまうのだろうか……。
三時間ほど前、涼太は妻と喧嘩した。喧嘩した挙句、アパートの部屋から追い出され、ドアを叩いても開けてくれず、やむなくあちこちさまよい、今、この真っ白な公園の片隅で、寒さに凍えているのだ。
この公園は……いや、この街は真っ白なのだ。そう雪が降っている。しかもかなりの降雪量である。いつもはろくに降ることはない雪が、よりにもよってこんな日に降るなんて……。
「ふざけるんじゃないわよ! いったい何様のつもり!」
涼太の妻の怒号がボロアパートに響き渡る。
「待て、誤解だ。誤解!」
どうして妻が、あれほど怒っているのかと言うと、簡単に言ってしまえば、涼太がパチンコで給料を使い込んでしまったからだ。もちろん全部ではない。四分の一程度だ。もちろん、勝っていれば何も問題なかった。問題なかったのだが……。
涼太の一ヶ月の給料の手取りは、約二十万円である。今年四十二歳になる男の給料としては、かなり厳しい金額だ。ボーナスも経営不信を理由に、三年ほど前になくなってしまった。よって年収は三百万円を超えるかどうか、そんなレベルの収入である。妻とは共働きで、自転車で五分くらいの場所にある会社で事務員をしている。彼女の給料は、月の手取り十八万円くらいである。涼太と比べてもそれほど大きく違わなかった。
まあそれはともかくとして、涼太からしたらパチンコは、どうしても必要な娯楽だった。この不景気なご時世に、汗水垂らして一生懸命働いて、上司に怒鳴られ、年下の先輩に怒鳴られ、これじゃやってられない。ちなみに涼太は中途採用で今の会社にいる。実は、勤続五年程度でしかない。今の会社で五社目になる。
高校を卒業して、最初に就職した地元の中小企業の工場は、二年後に閉鎖し、他県の工場に異動することになったので退職した。
二社目は、大手の工場だった。しかし、ライン工というやつで、単純作業の繰り返しが精神的に辛く、退職を余儀なくされた。
三社目は、某大手書店のアルバイトから契約社員になったのだが、ある時、本の詰まった重いダンボールを持ち上げた際に腰を痛めた。別の業務で仕事を続けることはできたのだが、そもそも給料が悪く、結局これを機会に辞めた。
四社目は長く続けられた。電気工事の会社だったが、腰が悪くても作業は十分できると言われて、実際にうまくやってこられたのだが、ある時から、取引先が工事に必要な資格の取得にこだわり始めたため、涼太も勉強して取得を目指した。が、難しいものは一回では取得できず、若い社員たちに先を越されていき、居づらくなった挙句に辞めた。
五社目は今いる会社だ。この会社は最初に就職した小さな工場と似たような会社で、給料は少ないものの、うまくやっていた。そして、遅いながらも結婚もして、仕事もプライベートも充実してきていたはずだった。しかし入社から五年も経つと、それなりに能力を求められ、その期待に応えられず嫌になって、憂さ晴らしにパチンコに行けば少ない給料を持って行かれ、家に帰れば妻が激怒。この繰り返しの毎日だった。
涼太と妻との間には、まだ子供はいない。家に帰ると妻はまだ会社から帰っておらず、夕食もまだである。これで憂さ晴らしのパチンコに行くななどと、どの口が言うのだ、と涼太は思う。いや、思ってはいけないのだろう。自分が今までちゃんとしてこなかった経歴が今の現実として立ちはだかっているのだから。しかし子供の頃は頭がよくて、周囲が馬鹿に見えたくらいだったんだ。でも、でも……。
涼太はこれを何度か繰り返して、今日はかなり派手に妻と大喧嘩した。
それで、このザマなのだ。
涼太は、部屋を追い出された。
先ほど玄関のドアを開けてみようとしたが、鍵がかけられているのか、まったく開かない。やむなく涼太は、肩を落としてアパートを離れていった。
真っ暗な街の中で、街灯の明かりがぼんやりと視界を照らしている。涼太は冷たい風に凍えそうになりながら、あてもなく歩いている。今日はかなり寒かった。今の温度はわからないが、ひと桁どころではないと思われた。もしかすると氷点下かもしれない。そのくらい寒かった。それに、着ているものがシャツにセーターだけだ。コートでも羽織っていればまだマシだったが、これではたまらない。
なので、締め出されたアパートの前にいても、そのうち凍え死ぬだけである。とりあえず近所のコンビニに向かった。
さすがに店内はとても快適な温度である。もう外には出たくないと思った。しかし三十分も店内にいると、店員が不審な目で見てくる。その視線がとても痛い。
結局、涼太は店員の視線に耐えきれず、凍えるような寒さを覚悟しながらコンビニを出た。
コンビニを出てから一時間――いや二時間は経っただろうか。涼太は公園にいた。ふらふらと街中をさまよい、見知らぬ公園にやってきたのだ。いや、もしかしたら知っている公園なのかもしれない。しかし、街はもう夜中であることと、この寒さ故に雪化粧である。ここが知っている公園かどうかは、寒さで鈍った諒太の頭脳では判断できなかった。
眠気が涼太に襲いかかる。寝てはいけない、そう思ってはいるものの、睡魔には勝てそうにない雰囲気だ。
ふいに、視線の向こうにある生垣が不自然にガサガサと動いたように見えた。野良猫でもいるのだろうか? そんなことを考えたが、もうそれはどうでもよくなった。それどころではないのだ。
眠い。涼太はとても眠かった。その欲求には、どうも抗えそうにもないようだ。しかし、いつの間にか、自分のすぐそばに数人の人がいる気配がした。
「おい、急げ!」
そばで誰かの声が聞こえる。何事なのか、見てやろうとするが、すでにまぶたが開かない。
「セットしました、いけますよ」
「よし、始めろ」
――一体何が始まるんだ。誰だ。俺に何をしようっていうんだ。
得体の知れない事態に、不安に駆られて様々に思い浮かべるが、そんな不安を消し去ろうとするかのように、意識は次第に遠のいていった。