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勝負の行方

「それっ!」

 涼子は残った椅子に、飛びつくように座ろうとした。同時にジローの子分たちも、その椅子へ飛びかかる。

 三対一。圧倒的に不利な事態だ。それは涼子にはわかっている。しかし、ジローの高笑いなど聞きたくない涼子は、この圧倒的不利に勝ち残らないといけないのだ。

 このとき、タツヤが意外な行動にでた。なんとタツヤは、ジローの狙った椅子に向かったのだ。

「げっ、タツヤ! このやろう!」

 予想外の出来事に一瞬驚いたようだが、すぐに向かってきたタツヤに体当たりするように、椅子に座った。タツヤはジローの大柄な体に阻まれて座ることができなかったようだ。

 涼子は、そのおかげで無事に椅子に座ることができた。

「タツヤくん……」

 涼子は、尻もちをついているタツヤに手を差し伸ばした。しかし、タツヤはその手を払った。

「べつにオマエをたすけたわけじゃない。かんちがいするな」

 ぷい、とそっぽ向いたタツヤは、そのまま立ち上がって、園児たちの輪の中に入っていった。

 ――よ、幼稚園児のくせにハードボイルドな……。

 涼子は苦笑いした。

 ジローは、タツヤの方を見て、悔しそうな顔をしている。

「やい! ブスりょうこ! これで勝ったと思うなよ! まだ次があるからな!」

「当たり前でしょ。絶対に勝ってやる!」

 そして、ふたたびオクラホマミキサーが流れ始める。今度は椅子はふたつになった。これを三人で競争する。

 音楽が止まると、涼子はすぐに近い方の椅子に座ろうとした。行動は涼子の方が素早い。勝てる、と思った。

 しかし――勝利の女神は、涼子には微笑まなかったようだ。残念ながら。

 なんと、涼子の狙った方の椅子にジローと子分の両方が飛びついてきたのだ。ふたりがかりでやられた涼子は、あっけなく弾かれ座ることができなかった。――じゃあ、他の椅子を! と思うが、もうひとつの椅子はいつの間にか、当然のようにジローが踏ん反り返って座っていた。子分が主に涼子を妨害するように動いて、涼子の邪魔をすると、ジローはすぐにもうひとつの椅子に飛びついたようだ。

 ――やられた。

 涼子は、負けてしまった悔しさよりも、結局ジローの作戦通りに、してやられてしまったことの怒りが渦巻いていた。

「ぎゃははは! ざまあみろ! やぁい、ブスりょうこ! ヒゲりょうこ!」

 ジローは涼子を指差して大爆笑だ。涼子は顔を真っ赤にして、小刻みに震えている。怒りが爆発寸前である。

「ぐぬぬ……ジロー!」

 涼子は立ち上がると、すぐさまジローに飛びかかり、すかさずジローの脛を蹴飛ばした。驚き、痛そうな顔をしたあと、すぐに涼子に向かって吠えた。

「このっ、ブスおんなっ! なにすんだ!」

「うるさい! よくもやったな! この卑怯者!」

 それから教室内は、ふたりの喧嘩のせいで違う意味で大盛り上がりだった。少しして先生に連れられていき、小言が始まった。


「本当に申し訳ありません、よく言い聞かせますから……」

 真知子は顔を真っ赤にして先生に平謝りだった。

「涼子ちゃんが元気いっぱいなのはわかりますが、いちいち次郎くんのいたずらに構っていたら、またこんなことになります。……涼子ちゃん、お母さんもああ言われていることだし、もっと気をつけようね。みんな仲良く、お友達でしょ」

「はぁい……」

 涼子はうなだれていた。さすがに熱くなりすぎたと反省している。

 ヒゲダンスの件は、先生にばれたため、しなくていいことになった。ジローは文句を言っていたが、先生に睨まれて結局黙らされた。


「お父様がなんて言うかわかってるの! まったく!」

 新しく家政婦に就任した五十代の主婦は、次郎を睨みつけて怒鳴った。この新しい家政婦は、次郎の教育について、特に厳しくするように言われていた。見た目も性格も厳つい印象のある女性だけに、ジローも簡単に凹まされる。今回もきついお灸を据えられるようである。



「――涼子。もう来年は大きい方の組だし、その次は小学生なのよ。涼子ちゃんは女の子なの。女の子はね、おしとやかにしていないとお嫁さんに行けなくなっちゃうわ」

 真知子は、あんなにいい子だった涼子が、幼稚園では乱暴をするような子になってしまって、将来を心配していた。意地悪に屈しない強い心は頼もしいとは思うものの、このまま乱暴者の不良になってしまったら……などと考えてしまう。

 しかし、そんな妻の様子を敏行は、心配ない、と言った。

「お父さんはな、涼子が男の子に負けない強い子な方がいいぞ。やっぱり子供は元気が一番だと思うんだ。意地悪する子なんかに負けるなよ」

 敏行は涼子の頭を撫でながら嬉しそうに言った。父親として、ただいじめられるだけではやっぱり悲しい。女の子ではそうもいかないと思ってはいたが、嬉しい誤算だった。

「うん! ジローくんなんかに負けないもん」

 涼子は元気よく答えた。

「涼子、乱暴はだめよ。絶対にだめ」

「わかってるよ、お母さん」

 涼子も、母の心配はわかっている。ただ、思ったよりカッとしやすいところは変えていかないと、将来どんな失敗するか、わかったものではないので、気をつけねばと思った。



 年が明けて、昭和五十六年……一九八一年である。この年の春には涼子は年長組になる。幼稚園時代も半分が過ぎたことになる。

 幼稚園時代後半はどうなるのか。悟はどうなっているのか? 涼子の知らないところで、何やら不穏な動きがあるのは?

 様々な謎を抱えたまま、時間は過ぎていく。

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