ジローの企み
着替えが終わって、先生が園児に今日の予定を話し終えると、園長先生が出てきて少し話をした。それが終わると、クリスマス会のイベントが始まる。
まずはみんなで、クリスマスツリーの周囲で歌を歌った。それが終わると、各自が持ってきたプレゼントの交換会である。
「それじゃあ、プレゼント交換会をやります」
プレゼント交換会は、園児それぞれがひとつづつ用意したプレゼントを、くじ引きで交換相手を決めるイベントだ。大きめのダンボール箱に穴が開けられていて、そこから番号の書かれた札を一枚取る。その番号は、それぞれのプレゼントに振られていて、同じ番号のプレゼントをもらうという形である。
「じゅうろくばん!」
男の子が、十六番を引き当てた。
「ええと、十六番は――三宅信弘くんのプレゼントよ」
「ぼくのかぁ、ケンくんはぼくのだよ!」
「のぶちゃんのプレゼントもぉらい! いぇぇい!」
園児たちは、それぞれプレゼントをもらって大喜びだ。三百円以内と決められていたので、中身は大したものではないが、そんなことは彼らにとってはどうでもいいようだった。
「はい、悟くん。これは――藤崎涼子ちゃんのだわ」
悟は涼子の用意したプレゼントだったようだ。
「僕、涼子ちゃんのだって」
悟は笑顔で涼子のそばにやってきた。
「それ、カスタネットだよ。かわいいネコちゃんのカスタネット」
涼子は中身を言った。それを聞いた悟は、包装を開けて中身を出した。
「本当だ、かわいいねっ」
悟は早速、カチカチと軽く音を出してみた。安価なカスタネットなので、やはり安っぽい音である。でもそんなことはどうでもいいのだった。悟は楽しそうに音を鳴らしている。そばにいた女の子が、それに合わせて手を叩いている。楽しそうなので、真似をしているようだった。
「涼子ちゃんは……十一番ね。はい、これは田村法子ちゃんだわ」
先生は十一番のプレゼントを涼子に渡した。
「なんだろうかな?」
出てきたものは、塗り絵だった。「リトルツインスターズ」の塗り絵である。表にふたりのキャラクター「キキ」と「ララ」が描かれていて、大きさは手帳サイズといったところだろうか、結構小さい。幼児向けなのでちょうどいいサイズではある。
リトルツインスターズは、サンリオから一九七五年に販売開始されたキャラクターブランドだ。現在も様々なグッズが販売されている、人気キャラクターである。ハローキティやマイメロディと並ぶサンリオの代表キャラクターだ。
涼子も、サンリオ好きな園児がいるので、そこかしこで見かけることもあり、よく知っているが、自身では興味はなかった。しかし、こんなの男の子がもらっても、あまり喜ばれないかもしれないな、と思った。しかし、興味なさそうにするのもアレなので、「キキとララね!」と少し嬉しそうに言っておいた。
午後からは保護者がやってきて、各組で演劇が行われる。幼稚園児のやる演劇など、可愛らしいだけではあるが、保護者たちは盛大な拍手である。それが終わったら、次は椅子取りゲームだ。
十人ひと組でゲームが行われる。一回ごとに椅子は減っていき、最終的に残った一脚をふたりの園児が奪いあう。
涼子の前にジローが現れた。そして、「おい、ブスりょうこ」と言った。相変わらずの太々しい態度だ。両脇には子分を従えて、いかにも偉そうである。
「何?」
「ショーブしねぇか?」
「何の勝負?」
「イスとりゲームだ。どっちが、さいごまでのこれるか、ショーブだ!」
「望むところよ!」
涼子はジローを目の前に立って睨みつけた。その涼子を見下ろすジロー。
「ショーブに負けたらバツゲームだぜ」
「何よ、バツゲームって」
涼子の言葉に、ジローはポケットから黒い何かを取り出した。モサっとした毛のような……髭だ。つけ髭だった。
「こいつをつけて、ヒゲダンスをするんだ。みんなの前でな」
そう言ってジローは、フフフフ、フフンフ、フフンフ、フフンとヒゲダンスのBGMを鼻歌で歌いだした。
ヒゲダンスは、「8時だョ!全員集合」の中で行われていたコントだ。志村けんと加藤茶が、つけ髭に燕尾服を着て手を外に小さく伸ばした状態で歩き回り、基本無言で様々な芸を行う。このコントを番組でやっていた期間は短いものの、人気は衰えず現在でもよく知られている。実際の映像は見たことがないが、ヒゲダンス自体は知っているという人も多いのではないかと思う。この頃は、ブームの真っ盛りで、子供の間ではよく真似して遊んでいた。
「なっ、なんでよ。何それ、嫌だし!」
涼子は拒否した。目立ちたがりな子は、むしろやりたがるかもしれないが、涼子は嫌だった。恥ずかしいし!
ジローは、涼子がこういうのを嫌がることを気づいていたかは不明だが、どうやらジローのアイデアは正解だったようだ。
「へぇ、にげるのかよ。まけ犬か? やぁい、まけ犬りょうこ!」
嫌味ったらしい顔で煽ってくるジローに、もう我慢の限界に達した涼子は、受けて立つことにした。負け犬呼ばわりされて、逃げるわけにはいかない。
「ぐぬぬ……負けないわよ、絶対に! 受けて立つ!」
「へへへ、そうこなくっちゃな……」
最後に見せたジローのニヤけた顔が、余計にムカついた。
「何か嫌な予感がするなあ……」
勝負を受けたものの、涼子はどうも、ジローが何かを企んでいるように思った。さっきからジローの様子がおかしい。時々涼子を見ては、ニヤニヤしている。
いろいろ考えていると、あっという間に出番がやってきた。
「涼子ちゃん、がんばれぇ!」
真知子の声援が聞こえる。たかだか椅子取りゲームに、がんばるも何もないと思うが、とりあえず母親に笑顔を振りまいておいた。
一回のゲームで十人づつ参加する。涼子の他には、男の子が五人、女の子が四人の男女半分づつの十人のメンバーになっている。
初めは順調だった。涼子は運動神経はいい方で、他の園児よりも反射神経もいい。
「やったぁ!」
涼子は一番に椅子に座って、ピースサインをした。そして次々と椅子が座られていき、女の子ふたりがまず脱落した。
二回目。ふたたびオクラホマミキサーが流れだし、六つに減った椅子を八人で取りあう。これも真っ先に座ることができた。今度は男の子と女の子がひとりづつ脱落。
三回目。絶好調で音楽が終わる瞬間を狙い、すかさず椅子に座った……はずだが、すぐ後ろで回っていた男の子と狙った椅子が同じだったらしく、取り合いになってしまった。しかし、若干涼子の方が早く座ることができた。
四回目。もう四人しかいない。今度は椅子は三つ。ひとりが脱落することになる。涼子以外は、ジローとジローの子分のタツヤ、もうひとりも、ジローの取り巻き……。
――はっ! これは……まさか。
涼子は気がついた。自分以外の参加者が、ジローの子分ばかりだということに。ふと見ると、ジローが不敵な笑みを浮かべて涼子を見ていた。
――そういうことか。嫌なヤツ!
そうだ。初めからこうなるように仕組まれていたのだ。数日前のメンバー選びの際にも、結構強引に涼子の組に横入りしてきたのを思い出した。
ということは……初めから涼子を負かすための策略だということだ。幼稚園児のくせにやってくれる! と、涼子は考えが浅かったことに今更ながら後悔するが、勝負に勝たないと、やりたくないヒゲダンスをやらされる、と思うと、どうしても勝たなくてはと思った。




