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加納の目的

「加納くんの目的って……本当に?」

 涼子は驚きを隠せなかった。今まで頑なに明らかにせず、ずっと秘匿してきたというのに。どういう心変わりだろうかと思った。やはり加納から敵視されたことが原因だろうか。

「そうよ。涼子、あんたは信用しているわ。だから……」

「わかった」

 涼子は頷いた。過去に遡行し、何をやろうとしていたのか、それが今語られることになる。まさかこんな形で知ることになろうとは思いもしなかった。

 涼子の体に緊張が走る。そして早苗は語り始めた。



「そもそもは、加納くんのお母さまを助けようとしてのことなの」

「そうだったの? お父さんを助けようとか、そういう噂があったんだけど、お母さんの方だったの?」

「そうよ。確かに、これから起こることでは、お父さまの命を救おうとしているわ。しかし、それ自体が根本的な目的ではないのよ」

 どうやら、加納の母親を助けることが根本的な目的で、それを達成するために、父親も救う必要がある、そう言っている。

「ことの原因は、未来においてお母さまに不幸が訪れる。お母さまは殺されるのよ」

「こ、殺される……何があったの?」

 やはり出てきた衝撃的な言葉に、涼子の顔は蒼白になる。

「これはまだ先、今から十数年くらい後のことだわ。平成になってからのことね。加納くんのお母さまは、再婚相手の男——つまり夫の暴力が元で亡くなる」

 これを聞いて、涼子はふと閃いた。

「その再婚相手の人っていうのが……門脇とかいう?」

「鋭いわね。そうよ。加納くんのお母さまは、お父さまの職場の同僚であり、友人だった門脇という男と、これから数年の間親交を重ねるのよ。その後、ふたりは再婚する。しかし、それが悪夢の始まりだった」

 早苗の表情が暗くなった。

「門脇という男は、とんでもない暴力男だった。それまでは優しく温和な人間だったが、結婚すると豹変した。毎日のようにお母さまを殴る蹴る、怒鳴る。加納くんが見かねて間に入ると、加納くんも殴られた」

「ひどい……」

 涼子はその凄惨な有様を想像して、悲しい気持ちになった。

「ねえ、でも加納くんのお母さんは離婚しなかったの?」

「できなかったのよ」

「できなかったって……何か弱みでも握られていたとか?」

「弱みというか、加納くんの学費のことがあったから、それはできなかった」

「学費かぁ……お金のことでだと辛いね」

「お母さまはどうしても、大学進学させてあげたかったそうよ。だからあの男の暴力にもずっと耐えてきた——しかし」

「しかし?」

 涼子は嫌な予感がした。

「とうとう起こってしまった。殴られて、転げて、頭を強く打ったそうよ。そのまま動かなくなって、しかし、門脇は放置した。二、三十分経っても身動きひとつしないから、不審に思って救急車を呼ぶも手遅れだった」

「そんな……」

「門脇は過失致死の容疑で逮捕されたわ。しかし、同時に加納くんは最愛の母を失った。そして、大学は中退せざるをえなくなった。こうして、人生を大きく狂わされてしまったの」

「それで、その未来を変えるために、過去に戻る計画を立てたと」

「そう。何年もそれを研究し続け、その後、あんたが『意識を過去に遡行させられる技術』を発明した。そのことを掴んだ加納くんは、世界再生会議に入り込み、組織の野心を利用し、また、組織の力を利用して『未来を変える計画』を発動させたわ」

 加納慎也が何の目的で行動を起こしたのか、これがことのあらましのようだ。

「加納くん、辛い未来が待ってたんだね……かわいそう」

 涼子は悲しい気持ちになった。たったひとりの肉親である母親が再婚した相手がとんでもない男で、その男によって長年苦しめられて、挙句にその母が殺されてしまうなんて。こうして復讐の鬼となった加納慎也は、その未来を否定して、変えてしまおうとした。

「そういえば、その門脇という人はどうなったの? まさか加納くんに殺されたとか……」

「違うわよ。何らかの復讐を考えていたのだろうけど、裁判中に病死したわ」

「なんと! 死んじゃったの?」

 意外な結末に拍子抜けしてしまった。

「ええ、もともと持病を抱えていたようね。加納くんは、結局お母さまの仇を討つこともできなかった。それも、未来を変えようと考える理由のひとつになったんだと思うわ」


 ひと通り話を聞いた涼子は、その重苦しい空気に押しつぶされそうだった。加納がそんな苦しい人生を歩んでいたなんて。あの涼しい顔の裏には、とんでもない苦悩を抱えていたのか。

「これまで、これを阻止するために動いていたわけだけど、本来の未来への流れとも違うし、世界再生会議の望む未来への流れとも違う。それを今までうまくやれてきたわ。今までどちらも失敗と成功を繰り返してきたけど、それは加納くんの望む未来へ向かうための筋道へ導いてきたからよ。とうとうここまで来たわ」

「そうだったんだ……。結局、すべては加納くんの思惑通りに進んでいってるわけね。あ、でも山の学校では失敗したんでしょ?」

「そう。あれを失敗したおかげで難しくなったわ。どうしてかは、もう終わったことだから省くけど、これによってどう対応するか、頭を悩ませたけど、加納くんは何とかする……はずだけど」

「それであの杉本って人か」

「ええ、杉本は何らかの意図があって動いているわ。とは言え、大方、世界再生会議のトップに座りたいだけでしょうけど」

「さながそう言うんだから、杉本って人の考えてることは、加納くんの目的の妨げになるんでしょ」

「そうよ。そもそも山の学校の失敗は、どうも奴らの思惑が絡んでいるように思えるのよ。しかし何をどうやるつもりなのか、それがわからない。だから、それを調べた。だけど逆にやられてしまった。……涼子、お願い。手を、私に手を貸して欲しいの」

「それはいいんだけど、でもさ、加納くんはさなを突き放したわけだよね。それでも加納くんのためにやるの?」

「何のために過去に戻ってきたのか、このためだけなのよ。私たちは、世界を支配するだとか、そんなことは興味ない。杉本たちのような連中の妄言でしかない」

 早苗の真剣な瞳には、偽りを感じることはなかった。涼子は早苗の言葉を信じるに値すると確信した。

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