クリスマス会
ジローの子分は、園内に六人か七人くらい、いるらしい。その中でもジローの側近ともいうべき子分が、タツヤとヒデオだ。それぞれフルネームでは、橋本辰也と黒川秀雄という。このふたりは常にジローと一緒に行動している。ちなみに以前、涼子に泣かされたのはヒデオの方だ。針金くんの方である。タツヤは、夏頃にジローに喧嘩を売られて負けたので、ジローの軍門に下ったようである。幼稚園児のくせに戦国時代かよ、とでも言いたくなるような連中だ。
ヒデオは以前の通り、威勢がいいだけの弱っちい男の子だが、タツヤはなかなか骨のある子のようである。父親は長距離トラックドライバーらしく、母親も豪快な性格のようで、息子にもその気質を受け継いでいるのだろう。好きな映画は「トラック野郎」かどうかは不明だ。
この夏、ジローにはいろいろとあった。実は大好きだった家政婦の小島孝子が突然辞めていく羽目になり、意気消沈したのか、しばらくおとなしい時期が続いていた。幼稚園の先生も「ようやく次郎くんもいい子になったわ」と喜んでいた。
が、少しづつ寒くなってくる十一月も終わり頃から、次第に以前の気質に戻りつつあった。
「おい、タツヤ」
ジローはタツヤを呼びつけた。
「なに? ジローくん」
「あのブス、ナマイキだよな」
ジローがブスと呼んでいるのは涼子のことである。涼子の顔立ちは、幼児とはいえ端正で、将来が楽しみな容姿であるが、ジローは気にくわない涼子をいつもブスと呼んでいた。
「うん、ナマイキだ」
「今度のクリスマス会で、いじめてやろうぜ」
「うん……」
タツヤはそう答えたものの、あまり乗り気ではないようだ。しかしジローは、そんなことは一切気にしていなかった。
「……へへへ」
ジローは悪巧みの成功を想像して、嫌味な笑いを浮かべた。
十二月二十四日、水曜日。今日はクリスマスイブだ。街はもうクリスマスカラー一色で、現代ほどではないが、岡山駅周辺などはイルミネーションが煌めいている。藤崎家から一キロあるかという近所にあるジャスコ岡山店も、クリスマスに向けて派手に飾ってある。涼子は数日前の日曜日に、ジャスコに買い物に連れて行ってもらったが、楽しいクリスマスの音楽と飾り付けで、否が応でもワクワクしてくるものだ。
「涼子ちゃん、はい」
真知子は幼稚園の門の前で、綺麗にラッピングされた箱を涼子に渡した。クリスマスプレゼントである。それを両手で受け取ると、
「うん! じゃあ、いってきまぁす」
と言って、プレゼントを持ったまま手を振った。そして幼稚園の中に入っていく。
今日は幼稚園でクリスマス会が開催される。前日にみんなで、さまざな飾りを製作して教室のあちこちに飾り立てた。どこから持ってきたのか、園児達より背の高いクリスマスツリーを用意して、教室の真ん中に置いた。
涼子も、金色や銀色の色紙を星形やハート形に切って、ダンボールに貼り付けて飾りを作った。そばで一緒に作っていた悟は手先が器用なのか、綺麗な星型に切り取っていたが、涼子はあまり器用ではないため、いびつな形にしかなっていない。結局は切る作業は任せてしまって、飾り付けの方に回ってしまった。
午前中は、園児がそれぞれ持ってきたプレゼントの交換会や、クリスマスをテーマにしたお遊戯などが催され、午後からは保護者を招いての、合唱や劇、ゲームなどが予定されている。
涼子が持ってきたプレゼントは、午前中に行うプレゼント交換会用のものだ。各園児に一個づつ用意する。内容は三百円以内となっている。内容は特に問わないらしいが、食べ物などの、どう考えても不適切と思われるものは不可だった。
涼子の場合は三日前の日曜日に、家族で買い物に行った際に、真知子と一緒に選んだ。何を選んだのかというと、カスタネットだ。正式には「教育用カスタネット」という。青と赤に色分けされたアレである。幼稚園にもあるが、選んだのは表面に猫の顔が描かれた可愛らしいデザインのもので、ちょうど三百円で買えた。
「りょうこちゃん、おはよぉ!」
「かなちゃん、おはよう」
やってきた可南子と一緒に、並んで教室に向かっていく。
「りょうこちゃんは、どんなプレゼントにしたの?」
可南子は、涼子の持つラッピングされたプレゼントを見て言った。
「うふふ、内緒」
涼子はそう言って微笑んだ。
「もぉ、りょうこちゃんのいじわる」
可南子は涼子に腕に抱きついた。
じゃれているふたりの後ろから、何かの影が近づいてきた。不穏な空気を感じた涼子は、ふと後ろを向いた。案の定だがジローだ。
「よぉ、ブスりょうこ。クリスマス会楽しみだよなあ」
ジローはニヤニヤと薄笑いを浮かべながら、涼子を見下ろした。しかし、そんなことなどで怯まない涼子は、
「楽しみねえ。いつものことだけど、ブスは余計だから」
と言い返した。
「ブスにブスっていってナニがわるいんだよ」
まったく動じないジローに、涼子は対抗して挑発する。
「ジローくんだって、ゴリラみたいな顔してるじゃないの。やぁい、ゴリラジロー」
ジローは大柄なこともあり、顔立ちもどことなくゴリラっぽい感じもする顔である。涼子は前からそう思っていて、いつかそれで言い返してやろうかと考えていた。
「なんだと! ナマイキな!」
ジローは当然のごとく怒って、涼子に掴みかかろうとした。が、先生に見つけられて止めに入られたので、そこで引き離された。
「りょうこちゃんってすごいね。ジローくんってこわい。なのに、りょうこちゃんはこわくないの?」
可南子はいつも思っていたことを聞いてみた。今まで何度もジローと対立してきて、まったく怯まない涼子が不思議だった。
「怖いことは怖いよ。ジローくん大きいもの。でもね、それで逃げたら調子に乗らせるだけだもの」
「……りょうこちゃんって、すごくかっこいいね。かなも、りょうこちゃんみたいになりたいな」
可南子は涼子に対する尊敬の眼差しを、一層深めたようだった。




