昭和六十二年一月
年が明けて昭和六十二年の元旦。昨年は色々とあり、大変な一年だったが、さて今年はどうなるのやら。
藤崎家は、いつも正月には祖父母の家へ泊まりにいくのが恒例だ。そして同じようにやってきた親戚とも再会する。
今年はまず藤田のおじいちゃんの家(父方の祖父母宅)へ行くことになった。盆以来だったので、祖父母共に随分歓迎してくれた。
父、敏行の弟である、哲也叔父さんの一家も先に来ており、こちらもあまり会う機会がなく、久しぶりに会った。いとこの知世と純世の姉妹も涼子が思っていたより随分成長しており、雰囲気が変わったなと感じた。特に純世は今年三歳になる。いつも知世の後をついて回るところがとても可愛らしい。
今年は泊まらず、翌日は備前の祖父母宅(母方の祖父母宅)へ行く。こちらでも泊まらず、今年はどちらも日帰りになった。これは敏行の仕事の事情があった。
一月下旬が納期の割と大きな仕事の発注があり、年末から大慌てで準備などにかかっていた。まだあまり景気のよくない時なだけに、これは願ってもいない仕事だったので、正月返上する勢いでいた。
昨年末頃から日本はバブル景気に突入していた。まだ庶民には好景気を感じられる段階ではないが、この一、二年ほどの景気が少しづつ上向きされ始めていた。
藤崎工業も、これまで不景気な時期が続いていたものの、仕事の量は、僅かではあるが回復しはじめていた。そんな矢先だったため、付き合いのある下請け業者などに声をかけて人を集めて、準備に余念がない。
冬休みが終わり、三学期が始まる。
加納慎也は、三学期が始まると精力的に動き出した。これを朝倉たちも察知し動向を探ったが、まだそれ有力な情報は出てこなかった。手の内を読まれているのだろうか、なかなか尻尾を見せないのは流石だというところだ。
加納は、この二月に発生するはずの出来事に神経を尖らせていた。
この時、彼の父が富岡絵美子の父と釣りに行くことになる。ここで不慮の事故により、加納の父親が亡くなるのだ。加納はこれを阻止したかった。
このために様々なことをやってきた。朝倉を、変えられた未来を戻すという名目で誘い、宮田をそそのかして朝倉の対抗策とした。
山の学校で加納が何かを行おうとしていたようだが、これは、この二月の事件を回避できる、これまで積み重ねてきた最後の仕上げだった。しかし、それが失敗した。
そのため、二月までにそれに代わる何かを行なって、父親の事故死を防がねばならない。何をやるつもりなのかはわからないが、何か策があるのだろうか。
加納が下校している途中、ふと加藤早苗が姿を見せた。早苗は自宅の方角が可能とは違うので、一緒に登下校することは基本的にはないので、結構珍しいことだった。
「おや、こんなところで奇遇ですね」
加納は驚いた様子もなく、平然と言った。
「加納さ……くん。ちょっと話が」
「いいでしょう」
加納は早苗を民家の間の狭い路地裏に招き、しばらく奥に入ったところの少し開けた空き地にやってきた。
「なんですかね、話とは」
「杉本についてです」
「杉本さんですか、彼が何かよからぬことを目論んでいる、そんなことを言いに来たわけですか」
「はい、どうも信用できません。袂を分かつとまでは言いませんが、距離をとった方が懸命かと思います」
「そんなことは分かっています。あの男は自分の欲望に忠実ですから。最も信用できない人間です――しかし、それがどうかしましたか?」
「ど、どうかしたって……それが分かっていて杉本を重用するのですか?」
早苗は意外な言葉に驚いた。
「確かに、君には奇異に感じるのかもしれませんが、ものは使いようです」
「し、しかし」
「くどいですよ。君に一体何がわかるというのです。彼について何らかの情報があるのなら、ここで報告してください。——ないなら、口を挟むな」
加納は刺さるような鋭い声で言った。早苗は何も反論できなかった。
「ならば、私が杉本を見張りをしましょう。不穏な動きを見せたら報告いたします」
「必要はないでしょう。所詮は小物。何かやれるつもりでいるのかもしれませんが、何もできるわけがない。放っておけばいい」
加納は杉本のことを、完全に見下していた。
「しかし!」
「加藤さんには別の任務があります。君はそれだけを考えていればいい。余計な口は出すな――以上だ」
「……わかりました」
早苗はそう答えると、そそくさとその場を立ち去った。
帰宅途中、際ほどの加納の言葉に、早苗は気が重くなった。
――やはり……やはりこれまでの慎重さが見られない。
これまでの加納は、まず入念に調査し、確実であるという確証が得られないと実行には移さなかった。
やはり、失敗の焦りが出てしまっているのだろうか。そんな考えが頭を過ぎる。そしてそれは杉本が「わざと失敗するように」段取りして、その後は杉本の筋書き通りに。
早苗も、杉本が策士と言えるほどの賢い人物とは思えなかった。確かに人を惹きつけるカリスマ性は持っているように思う。だからそれだけで、世界再生会議において一定の地位に上り詰めることができたと考えている。
ともかく杉本はどうも危険だ。奴が何を考えているのか、知る必要がある。
――何か対策せねば……。
二、三日後の放課後。涼子は友達数人と一緒に下校していた。
途中、加藤早苗が追いついてきた。
「ねえ、一緒に帰ろ」
「うん、帰ろ。そういえば、さな。今日の算数のテストのやつでさぁ――」
村上奈々子は早苗に話を振った。早苗はそれに答えて、何かあれこれ楽しそうにお喋りを続けていた。涼子も典子や裕美たち親しい友達とお喋りしながら歩いている。
涼子の自宅付近まで帰ってきた。ここまでに太田裕美がまず別れ、次が涼子だった。
「涼子、バァイ」
「バァイ」
涼子は友達に別れを告げて、すぐそこに見える自宅に向けて歩き出そうとする。そこへ早苗が声をかけた。
「そういえばさ、涼子、後で遊びに行っていい? ちょっと相談したいことがあるんだ」
早苗とは、彼女が未来からやってきた敵勢力の人だということもあり、以前と比べ遊び機会は減っていたが、少し前くらいから二人だけで遊ぶ機会も増えた。なので、最近はごく普通に接している。
「うん、いいよ。とっておきの場所があるからさ、そこで聞いたげる」




