悪ガキ同士の友情
涼子と可南子は、悟たちと合流した。
「悟くん! 金子くんとジローくんが決闘するって」
「そうなんだ。まったく……彼らは本当、問題起こすのが好きだよ。でも、放っておくわけにはいかないよ」
もう今日で山の学校は終わりだ。お互いの学校に友達ができ、みんな楽しい思い出とともにそれぞれの地元へ帰っていく。そんな時、自分勝手な喧嘩なんぞで、自分たちの思い出を壊されたくない。
「——うん。で、どこでやるか知ってるの?」
「わからないが、先生に見つかりにくいところだと思う。だとしたら、奥の野外の方か、ホールの裏の方とか、そういうところだろうね」
「手分けして探そうよ。私たちは野外の方へ行ってみる」
「じゃあ、僕たちはホールの方へ行ってみるよ」
四人はふた手に分かれて探しに行った。
涼子と可南子は昨日カレーを作った野外炊事場の方へ向かった。
「ジローくん、どうしてあんなにケンカしたがるんだろ」
ふと可南子がつぶやいた。悲しそうに表情を曇らせている。
「ああいう男子って結局はガキなのよ。テレビのヒーローにでもなったつもりで、調子に乗って喧嘩始めるのよ。困ったもんだわ」
「でも悟くんはとっても優しいのにね——ジローくんは……」
「悟くんはねえ、やっぱ大人なんじゃない?」
実際にそうなのだが、そんなことを言っても信じるわけはないだろう。
「きっとそうなんだろうね。時々思ってたんだ。悟くんって、昔からね、同い年じゃなくて、もっと年上のお兄ちゃんな感じがしてたのよ」
涼子は一瞬ドキッとしたが、多分、可南子から見て大人びて見えただけだろうと思った。
ふと、向こうから慌てて駆けてくる女子がいる。涼子たちを見つけてそばにやってきた。その子は可南子の友達だという女の子だった。
「か、かなぁ! 大変よ、片山くんたちがまたあの由高小の男子と——」
「え! どこにいるの?」
「この向こう、トリムコースの手前のへんの林の中で沢山いたのよ。なんか人がいるのが見えてさ、大変だって!」
その女子はそれだけ言って、また駆けて行った。多分教師を呼びに行ったのだろう。
涼子は遅かったか、と思った。ならばせめて先生たちが来る前にやめさせないと、と思った。
「かなちゃん、行こう。バカどもの喧嘩をやめさせるのよ」
「うん」
芳樹とジローの決闘は、双方汗と土埃で散々な容姿での殴り合いとなっていた。どちらも逃げ回ったり、距離を取って退避するようなことはしないものだから、すぐに掴み合いの喧嘩となってしまう。あちこち殴る蹴るの痕がそこかしこに見え、かなりエキサイトしていることがわかる。
「オラァ!」
芳樹がジローの足を蹴り飛ばす。痛みに顔を歪め、倒れそうになるが、勢いで芳樹に抱きつくようになり、芳樹を下敷きに転倒した。
「や、やるな——けっこう、いたかった……ぜっ!」
ジローは体を起こすふりをして、そのまま芳樹の腹を殴りつけた。
「おごぉ……て、てめぇ……クソッ!」
芳樹も起き上がるが、さっきの一撃がかなり効いたのか、腹を抑えたまま動かずにギョロリとした鋭い目つきで睨んだ。
ふたりの子分たちは、手を出すことを固く禁じられている。何も出来ぬまま、ボロボロになっていくそれぞれのボスを、固唾を飲んで見守っている。
しかし、お互いに体力も限界が近いようだ。ゼエゼエと肩で息するふたり。未だ動けないでいるが、次の一撃で決着がつきそうだ。
「あ、あそこ!」
涼子は前方に数人の男子がいるのを見つけた。さらに近づくと、泥だらけで汚い姿の芳樹とジローが見えた。どうやらもう決闘は始まっていて、かなり白熱した殴り合いになっていたようだ。
「ジローくん! もうやめて!」
可南子は涼子の後を追いながら、目の前のふたりに向けて叫んだ。
「いい加減にしないと先生に怒られるでしょ!」
涼子も叫ぶ。
しかし芳樹とジローには、その声は届いていないようだった。ほぼ同時に殴りかかり、お互いの頬に相手の鉄拳が見事に入った。
「お前……やる……じゃ、ねえ……か」
芳樹はつぶやいた。疲労と痛みでまともに声が出ない。
「お前こそ……なぐられた……トコ、まだ……痛えよ」
ジローも同じように、満身創痍の体で、声を絞り出すように言った。
ふたりとも同じように草むらに寝転んで、ひどい顔をしている。
涼子と可南子がやってきた時には、すでに最後の一撃が繰り出されて、ふたり同時にぶっ倒れたところだった。
涼子たちがやってきて、それから間もなく教師たちが駆けつけてきた。倒れたふたりを介抱する間もなく、やってきた大人たちに連れられていった。ジローも芳樹も、ボロボロではあるものの、誰に手を借りることもせず、堂々と歩いていった。生徒たちがいるところまでやってきた時は騒然としていたが、このふたりをからかうような勇気のある同級生はいなかった。
帰り間際に騒動を起こしたことで、相当怒られたようで怒鳴り声がしばらく聞こえていた。
こんなことになることは、初めから目に見えていたはずなのに、彼らはどうして、それでも決闘なんかしたんだろう。涼子にはそれが理解できそうで、まったくできなかった。
そして、山の学校も終了の時を迎えた。施設の外にある駐車場には、もうそれぞれのバスが来ており、出発の時を待っていた。
バスに乗り込むまでの間、少し時間があって、そこで両校の間で親しくなった生徒たちが別れを惜しんだ。
涼子も可南子との別れを惜しんで抱き合った。大学生いや、高校生くらいだったら、きっと会いに行くこともできるのに。大きくなったらきっとまた会おう。そう約束して小学生には遠い友達に別れを告げた。
可南子たち泉田小の女子とのお別れが終わったとき、今度はジローがやってきた。腫れた頬などものともせず、相変わらずの尊大な態度に彼らしさが現れていた。
「藤崎涼子、今度会うときは幼稚園の時のケットウの続きをやろうぜ。オレはゼッタイに勝つぜ」
「は、はぁ? ……ちょっとジローくん、何を言ってんのよ」
突然に何を言い出すのか、と涼子は驚いた。
「女子でオレにケンカ売れるのはお前だけだぜ。しかもオレが負かすことができなかった。最強の女だ」
ジローの言葉に、涼子の同級生たちは騒然とする。その様子に涼子は焦る。自分はか弱い女の子なのに、あんなゴツい男子と喧嘩するような荒っぽい女子ではないはず。なのに周囲の視線は、そんな厳つい怪力女を見るような視線だ。
「ねえ、涼子……涼子って本当にあんな怖い男子とケンカなんかしたの? なんか、最強の女とか……」
そう聞いてきた友達の顔は引きつっていた。
「な、何言ってんのよ。そもそも幼稚園よ、幼稚園。こんなちっちゃいときの話なんだから」
涼子は、小さい子のかわいいじゃれ合いだと強調した。しかし、あまり効果はなかったようである。見れば男子の中にも、涼子に対して恐れ慄いているらしき子がいる。
「ち、違うんだってば!」
涼子の必死の言い訳が、透き通ったこの青空に虚しく紛れていった。
悟とジローが別れの挨拶をしている。
「それじゃ、ジローくん。また会える日を楽しみにしてるよ」
「おう。さよならは言わねえぜ、悟。また会おうぜ」
ジローはさらに、別の男子に声をかけた。自分と同じ痛そうな顔をした男子、金子芳樹だ。
「芳樹。お前、とんでもなく強えな。オレがここまでやられたのは、お前が初めてだ。殴られた頬がまだ痛えよ」
「ふん、当然だ。でもよ、憶えといてやるぜ。ジローとかいう、バケモン見てえに強えヤツがいるってことをよ」
芳樹はニヤリとした。
ジローが手を差し出すと、芳樹はその手をしっかりと握った。周囲の男子たちは、その認め合った男と男の硬い友情の握手に感銘を受けているようだった。
「すげえ、さすがジローくん! やっぱジローくんはすげえや」
「やっぱりカッちゃんは最高だぜ!」
口々に子分たちは絶賛しているが、そんなことには無関心な女子たちは、白い目で見ていただけだった。裏腹に、決闘の件で相当怒鳴ったはずの関口はどこか嬉しそうだった。この悪ガキ同士の友情に、何か熱いものを感じているようだった。
涼子たち由高小の生徒たちは、山の学校を終えて、帰路に着いた。楽しい思い出と共に、バスは西大寺へと向かって走っていく。




