気分はスパイ大作戦
翌日の昼休み、涼子たちは女子便所の前で噂話を始めた。早苗が向かってくるのに気がついたからだ。すぐに目で合図しあって、あらかじめ打ち合わせていた通りに話し始めた。ちなみに、横山佳代と矢野美由紀が噂話をして、そばで隠れている涼子が早苗を追跡するという役割だ。
「ねえ、佳代さぁ、聞いた?」
「何?」
「なんかさ、加納くんって好きな人がいるって話」
「あ、それそれ。聞いた聞いた、意外よねぇ!」
「だよねぇ」
結構わざとらしく言っている。早苗を横目でこっそりと見た美由紀は、早苗が少し反応したのを見つけた。
――やった! この作戦は成功だわ!
美由紀は、上手くいったと思った。
「――ねえねえ、それ本当? 加納くんが好きなのってだれ?」
そう言って興味津々でやってきたのは、涼子たちの友達、村上奈々子と数名の女子だった。みんなA組で涼子とは学級が違うが、お互いよく知っていて仲のいい子ばかりだった。
「あ、ナナ。えっと、まあ……ちょっと噂で」
美由紀は想定外の人が食いついてきたので、思わず狼狽してしまった。
「加納くんって、あんまり女子と話てるの見ないからさ――ねえ、誰なの?」
奈々子たちはこういった誰が好きだとか、嫌いだとかゴシップが大好きだ。いつも休み時間になると友達間で、こういった話題をネタにお喋りをやっている。
「ねえナナ、実はね、エミのことが好きらしいのよ」
佳代が美由紀に代わって言った。本当はデマなので、美由紀は思わず躊躇したが、佳代は結構肝が据わっている。遠慮なしに言った。
「本当に? でもエミって人気あるよね。私さあ、他にも男子でエミのことが好きだっていうの聞いたことあるよ」
「あ、私も聞いたことある――」
奈々子たちA組の女子で色恋話に花が咲き始めた。佳代は、ちょっとやりすぎたか……と大袈裟に喋ったことを後悔した。予想外の展開に、どうしたものかと困った佳代と美由紀。結局、何もできずに話に混ざるしかなかった。
しかし、隠れて身を潜めていた涼子は、早苗がそそくさと立ち去っていくのを見逃さず、追跡を開始した。
涼子は時々隠れながら早苗の姿を追った。スパイ映画みたいな展開に、なんだか気分が高揚してくる。これでトランシーバーなんか持ってて、「あ——あ——私だ。ただいま追跡中——」なんてやったら楽しいだろうな、なんて考えてニヤニヤした。
それにしても、早苗はどこに向かっているんだろう、と涼子は不思議に思った。運動場に出て、そのまま校舎とは対角の方にあるプールの方に向かっている。
運動場は多数の生徒が、あちらこちらで遊んでいる。「テンカ」などのボール遊びをやっている子もいる。そういった雑多な中に紛れるように、涼子は早苗の背中を追跡した。
プールの西側、ここには空き地のような場所がある。ちょうど、プールの更衣室の裏手になる。ここはフェンスで囲まれていないので、ここから学校敷地内に出入りできる。誰の自動車かわからないが、いつも一台か二台止まっていた。多分学校関係者の誰かのだろうかと思われる。
早苗はこの車の前にやってきて、そこでキョロキョロと周辺を見回して、体を車の陰に隠れるような場所に移動した。
涼子はそれを物陰に隠れて見ていた。これは間違いない。誰かと会うつもりだ、と確信した。しかし、こんなところに来ると言うことは、校外の人だろうか。加納と会うわけではないようだ。
ともかく涼子は、身を潜めてじっと様子を眺めることにした。
どのくらい待っただろうか。いや、はっきり言って、ほとんど待っていない。すぐに誰かやってきた。大学生かそのくらいの年齢と思われる青年だった。
青年は早苗に何か話している。涼子は慎重に音を立てないようにふたりに近づいていき、会話に聞き耳をたてた。
「……はどうなっている」
「問題はないようだ。このまま進めていけばいいだろう」
「わかったわ」
何かの打ち合わせだろうか。内容についてはよくわからない。それにしても、あの青年は加納の仲間なのだろうが、こんな時間に小学校にやってくるなんて、どんな生活をしているのだろう。いや、浪人生だとか、そんな立場の人なのかもしれない。
それは兎も角として、なんとか情報を得たいと考えて、さらに近づいていく。
「しかし……加納さんの父親を救うことが、俺たちの未来につながる——まったく、どういう理屈なんだろうな」
「あの門脇という男の存在が問題なのよ。とんでもない男なのよ」
「人がよさそうなオッサンだけどなぁ。俺はその辺の事情に詳しくないからな。まあそれがいいのなら、それに従うがな」
涼子は彼らの会話を注意深く聞いた。
加納は自分の父親を救おうとしている。それが世界再生会議にとって都合のいい未来になる——と言っているようだ。そして門脇という男、おそらく前に朝倉が言っていた、加納の父親の同僚のことだと思われる。やはり何かあるようだ。
涼子はさらなる情報を求めて聞き耳を立てたが、残念ながら青年の方が「もう時間か」と言って立ち去ろうとしている。ここまでのようだ。
「——それにしても、本当にいいのか?」
「私には関係ないわ。慎也さ……加納議長の願いが叶うなら、それが一番よ。そして我々の未来が約束される。だから私は過去に来た」
「まあ、あんたがいいんなら、いいけどな。——おっと、そろそろ昼休みが終わるぜ。俺は引き続き任務に戻る。じゃあな」
「ええ」
ふたりはそのまま別れた。早苗はまた運動場の方へ向かい、大勢の外で遊ぶ生徒の中に紛れていった。
涼子は身を潜めたまま、先程の会話を考えた。
——加納くんは、自分の父親を救おうとしている。そのためにエミと親しくなろうとしている。しかし……このふたつがどう繋がるのかわかんないなぁ……。
断片的な情報を得ることができたものの、まだ話が見えてこない。
ただひとつ言えるのは、今回このような場面を覗くことができたのは、涼子たちの作戦が功を奏したというわけではなく、単なる偶然だったということのようだ。




