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哀しい眼差し

 加納は何をやろうとしているのか? それを考えるが、やはり答えは見つからない。涼子と悟はしばらく頭を捻るも、さっぱり見当がつかないので、とりあえず加納慎也か加藤早苗を探すことに決めた。

 ふたりは早速行動に移る。

 が……そこへなんと、加藤早苗が姿を見せた。探そうと思ったところにその本人が現れたので、ふたりは驚いた。

「……迷子の子を探すのよ」

 それだけ言って黙り込んだ。その時、涼子は早苗の顔に、どこか哀しい眼差しを感じた。複雑な感情を滲ませた、哀しい眼差しだった。その瞳には何が映っているのか。

「加藤さん、それは一体どういうことだい?」

 悟が問うが、答えは帰ってこない。

「さな、それって何なの?」

 涼子も聞き返すが、やはり早苗は答えなかった。

「私に言えることはそれだけだ」

 ふいにそれだけ言って背中を見せると、また人混みの中に消えていった。

「あっ、さな!」

 涼子は追いかけようとするが、間に合わなかった。もう姿は見えない。


「迷子の子……か」

 悟が早苗の残した言葉の意味を探った。祭り会場での迷子なんてよくある話で、その迷子を探すということは、誰かが迷子になるということだろう。その子を加納が見つけることで、加納にとって何か好都合なことが起こるのだろうと予想される。

「それが因果なのか。しかしそれで、どんな影響があるのか?」

 悟は首を傾げた。当然だが、これだけでは何もわかっていないに等しい。

「——でも、彼女が本当のことを言っているとは限らない」

 悟は慎重だ。突然ふらっと姿を見せて、そんなことを言うというのは、悟たちを混乱させるための偽情報の可能性が高い。

「さなが嘘を言ったっていうの?」

 涼子が言った。あの時の、早苗の切ない雰囲気が頭をよぎった。

「彼女は加納の仲間だよ。謀略の可能性は大きいよ」

「それはそうだけどさ……」

 涼子も早苗がどういう立場の人物かはよく知っている。しかし、それでも友達である早苗のことを信じていたいと思っていた。

 だが早苗が、敵対する涼子たちに有益な情報を伝えるというのはありえない。自分たちにとって何のメリットもないどころか、デメリットしかないのだ。

 やはり謀略なのか——。そう結論づけるしかないことに、涼子は肩を落とした。


 しかし、悟は少し別の見方を考えた。

「そういえば、加納くんは富岡さんについて何か行動していたと思う。もしかしたら、これも富岡さんに関するものだろうか?」

「うぅん、どうかなあ。でもさ、そもそもこんなところにエミは来ないと思うけど」

「必ずしも直接の影響とは限らないよ。例えば、加納くんが迷子の子を見つけて、その子の親にお礼を言われる。実はその親子は富岡さんの親戚で、富岡さんにその話が伝わる。それが……という筋書きとか」

「なるほど。そう言われてみれば、ありえそうだよね。じゃあ、さなはどうしてヒントを教えてくれたの?」

「それを言われると言葉に詰まるね……。僕たちに何か関係があって、思うように動いてほしくて、情報を伝えてきたとか」

 さまざまな予想が出てくるが、どれも確たるものがない、憶測の域を出ないものだった。

 しかし、どうせわからないなら、とにかく迷子の子を探してみようという結論に至り行動に移した。頭で考えるだけでは、何も進歩がない。

 涼子と悟は別々の方向に手分けして探すことにして、人混みの中に飛び込んでいった。



 涼子はあちこちを歩いて回った。その時、母の真知子や伯母の千恵子たちにばったり会ってしまった。

「こら、涼子。どこまで行ってたの? 迷子になるでしょ」

「あはは……ごめんなさい」

 まずいところで見つかってしまった。こっそり苦い顔をしてる側で、翔太が綿飴を美味しそうに食べていた。しかし、翔太だけずるい、と真知子に抗議しようという気にすらならず、悟の様子が気になっていた。

「ねえ、お母さん。あっち見に行っていい?」

「だめ。もう遅いし、そろそろ帰るからここにいなさい」

 本当にまずいタイミングで見つかってしまった。もう無理だろう。悟はどうするのだろうかと思ったが、悟も同じように親に捕まってもう家に帰らないといけないかもしれない。

 ——はぁ、ここまでか。

 涼子はため息をついた。でもまあ、どういうことなのかわからないし、どのみちどうすることもできないだろうと考えると、ちょっと肩の荷が降りたように感じた。すると、さっきは気にならなかった、綿飴がやっぱり欲しいと思った。

「ねえ、お母さん」

「どうしたの?」

「私も綿飴欲しい」

「しょうがないわねえ」

 真知子は近くの綿飴の夜店に涼子を連れて行って、買ってくれた。

「はい、お嬢ちゃん。うちの綿飴はほっぺたが落ちるくらい美味しいよ!」

 夜店のおっちゃんが満面の笑みで綿飴を渡してくれた。涼子も嬉しそうに受け取る。

 その時、伯母の千恵子が慌てた様子でやってきた。

「信彦がいないの、どこに行ったのかしら」


 いとこの信彦が迷子になったらしい。信彦は翔太と歳が近い内村家の次男だ。

 涼子は、「まさか信くんが?」と驚いた。これはもちろん信彦が迷子になるのが珍しいというのではなくて、早苗の言っていた「迷子」が信彦のことなのか、と考えたのだ。

「大変だわ。探してくるから——涼子、翔太を見てなさい。勝手にあっちこっち行かないように、よく見てるのよ」

 真知子はそう言って、千恵子と一緒に周辺を探しに行ってしまった。涼子たち子供四人が残された。

「私もそこら辺をみてくるわ。涼子ちゃんはここで待っててね。秀彦、あんたもここにいなさいよ」

 いとこの友里恵もそう言い残して、探しに行ってしまった。

 賑やかな祭りの中、小学生三人だけでその場に呆然と佇む。

 涼子はどうしたものかと困ってしまった。

「信彦、どこ行ったんだろう……」

 信彦の兄、秀彦は困惑した顔でつぶやいた。その横から涼子が声をかけた。

「ねえ秀くん、一緒じゃなかったの?」

「うん。お母さんと一緒にいたんだ。僕はお姉ちゃんとあっちの店の方を見ていて——」

 秀彦は、少し向こうに見える二、三ある夜店の方を指差した。金魚すくいやヨーヨー釣りなんかがあるようだ。翔太もそうだが、信彦のような小さい子には興味津々なものが、あちこちにある。

 涼子は翔太と秀彦に「私も探しに行ってみる」と言った。しかし秀彦は「あの、涼子ちゃん……。あんまり勝手なことはしないほうがいいよ。お母さんに怒られるし……」と言った。

 そう言われると、ちょっと躊躇してしまう。真知子の叱る姿が目に浮かぶ。やっぱり難しいか……と考えてやめた。

 ——悟くんはどうしているかな? もしかして加納くんが信くんを見つけたりするんだろうか?

 涼子は迷子騒動の行方を心配しつつ、この場で待たざるを得ない状況に、もどかしさを感じていた。

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