芳樹の気まぐれ
女子更衣室の覗き騒動は、結局犯人が見つからないまま、数日が過ぎた。
涼子は、金子芳樹が言う小柄なおじさんだと言うのは、嘘だと考えていた。涼子が見た影は子供に見えたのだ。しかし、なら誰だったのかというと、それはまったくわからない。また、それはそうとして、なら芳樹もどうしてそんな嘘を言ったのか、それもわからなかった。
涼子は及川悟や矢野美由紀とともに、よく作戦会議を開催していた。朝倉隆之をはじめとした仲間たちが協力してくれないものの、自分たちだけでもやるべきことをやらなくては、と思って精力的に活動していた。
今日も学校から帰った後、三人で作戦会議だ。この日は以前の覗き騒動のことについて話している。
「うぅん……私も金子くんが言うことは嘘だと思ったけど。確かにどうして嘘言ったのかっていうとねぇ……」
矢野美由紀は言った。悟もそれに同意した。
「そうだね。僕もデタラメだと思う。まあ、単なる気まぐれかもしれないけど、何か考えがあっての事かもしれない」
「でしょ。私は何かあると思うんだよね」
涼子は、芳樹がデタラメを言ったとは思っていなかった。
「ねえ涼子。いっそ金子くんに聞いてみてくれない? 多分私たちじゃまともに取り合ってもらえないかもしれないけど、涼子なら……」
美由紀が言った。涼子は芳樹の弟を助けようとしたこともあり、美由紀たちよりも友好的だと考えられていた。
「わかった。でも金子くんって偏屈だからねえ」
翌日、涼子は金子芳樹に声をかけた。
「——別にどうと言う話でもねえよ。確かにデタラメだな。犯人なんて見てねえし」
芳樹はつまらなさそうな顔で言った。
「やっぱり。何か考えがあったのかなって思ったけど……」
「考えって言うほどじゃねえが……なんかよぉ、加納がなんか言いたそうだったからな」
「加納くんが?」
「ああ。あのスカシ野郎、再生会議を乗っ取ってから随分積極的になったじゃねえか。なんか鬱陶しくてな、先に適当なこと言ってやった」
「か、金子くん……」
涼子は苦笑いした。
「なんか悔しそうな顔してたぜ。はっ、ざまぁねえ!」
芳樹はその時を思い出して大笑いしだした。
「金子くん、結構いじわるだね……」
芳樹は、少し間を置いて真顔に戻ると、神妙な顔をして話し始めた。
「……まあ、ちょっと聞いてな。あれ……俺が出しゃばらなかったら、加納が何か言って、それで解決するということで未来が変えられる……要するに因果だと聞いた」
「え、そうなの?」
「ああ、奴らは表立って動いてねえように見えるが、裏では何やらいろいろやってるぜ」
涼子は驚いた。芳樹の行動自体は気まぐれだったようだが、あの時に何かの因果が発生していたという。加納が気に食わないから邪魔してやったということのようだ。
「そうだったんだ……ねえ、因果って私に関しての?」
「いや違う。今までのとは違うものだ。これまで色々やってきたのは、お前に関する因果だよな。しかし最近、加納は別の因果をこなそうと動いている」
「べ、別の因果……別のって、別の人の? 加納くん自身のとか」
「ああ。加納のかどうかは知らねえけど、これまで通りの、お前に関してのとは違うのは間違いねえ」
金子芳樹は、先日の、嘘の犯人を見たっていう話は、何か別の因果に関するものだという。因果は誰にでもある。誰に関するものかはわからないが、芳樹は組織内にいる親しいメンバーにこっそり話を聞いたらしい。
やはり加納慎也は、なんらかの目的をもって行動しているようだ。
「ま、奴は何を考えているか検討もつかねえ。俺に言えることはここまでだな——じゃあな」
芳樹はそう言うと、涼子を置いてさっさと行ってしまった。
この日の下校後、ふたたび悟と美由紀と三人で集まって、金子芳樹から聞いた話を話した。
「——なるほど、別の因果に切り替えた——いや、切り替えたんじゃなくて、同時に進行させているのかもしれないが——とにかくそれで、最近動きがさっぱり見えないわけか」
悟は言った。それを受けて、今度は美由紀が言った。
「だとすると加納くんは、世界再生会議が裏で支配する未来ではなくて、自分が望む別の未来に変えたくて動いているというわけね」
「うん、そしてこれまでの因果に関しても、もしかしたらこれをやるための下拵えだったのかもしれないね」
「なんかちょっとだけど、加納くんが何をしようとしているのか、筋道が見えてきた感じがするね」
涼子が言った。
「うん。まあ、その目的はいまだにわからないけど」
「一歩だけだけかもしれないけどさ、進めたじゃん。涼子、及川くん、私たちだけだってやれるよ。がんばろっ!」
「うん!」
夕暮れ時、数人の子供が公園の片隅で何かを話し合っている。その子たちは、加納慎也とその側近たちだった。
「金子芳樹……彼は何を考えている?」
「わかりません。基本的には我々の計画には関与しないつもりらしいですが……」
「——忌々しい。気まぐれとでも言いたいのか」
「まだあるじゃないですか。これはそこまで重要ではないでしょう」
「ええ、そうです。だからそこまで深刻には考えていません。しかし——」
そこまで言って、加納の目が光った。
「組織の風紀を厳しくしておかねばなりませんね。——彼がこれを自力で知ることは難しいでしょう。誰かが漏らしたとしか思えません」
「わかりました。それから、出どころも調べておきます」
側近のひとりが言った。
「ええ、頼みますよ」
「しかし気になるのは……金子くんの動きですね。彼が何を考えているのか」
加納は金子芳樹の動向を警戒しているようだ。もう組織には用がない、と出ていったが、涼子が芳樹の弟を助けようとしたことに恩義を感じて、影ながら支援しているという疑いも考えているようである。
「知らないようなふりをして、邪魔をしてくる可能性もあります。警戒はしておいた方がいいでしょうね」
加納の側近たちも同様に芳樹を警戒している。彼の行動力は侮り難いと考えている。
「しかし、彼は何が不満なんですかね? 前から反抗的でしたが……我々は金子の弟を救うべく行動したはずですが。実際に死なずに済んだわけだし……」
「彼はそもそも僕を嫌っていました。多分それでしょう。彼に気質は僕とは真逆ですよ」
加納が言った。おそらくその通りだと思われる。
「本当に気に触るやつだ。やっぱり俺は好かん」
「俺もだ。前から気に入らんやつだった」
側近たちは、どうも芳樹とは合わないらしく、次々に愚痴を言い合った。
「まあいいでしょう。彼ひとりがどこまでやろうと、所詮は限界が見えている。それよりも組織内を厳しくしてください。それで金子くんは手も足も出なくなるでしょう」




