加納と絵美子
「え? そ、そうなの?」
涼子は驚いた。まさか、朝倉隆之と富岡絵美子が夫婦だったとは。
「そうだよ。ただ、世界再生会議によって変えられた世界では、お互い別れて知り合うことすらなかったようだね。でも本来の記憶が戻った後、自分の本当の妻が富岡さんだと知ったんだ」
「そうだったんだ……朝倉くんって全然そういうところを見せないから、気が付きもしなかった」
「隆之はあまり自分のことを周囲に話さないからね。僕の元の記憶だと、隆之とは学生時代からの付き合いだけど、結婚したと聞いたのは結婚してから何年も後だよ。仕事の都合とかで会う機会も減っていたこともあるけどね」
朝倉の秘密主義は今も変わらない。はっきりいうと、朝倉の自宅へ遊びに行ったことがある同級生は悟などごく僅かで、家族構成もほとんど話すことはなく、多くの同級生にとって「よくわからない奴」だった。ちなみに朝倉には妹がひとりいるが、それを知っているのは同級生の中でも数人だけだ。
「もしかして、朝倉くんったらエミとイチャイチャしたいんじゃないでしょうね。エミ、愛してるよ――なんちゃって」
涼子はそう言って、キスしようとする仕草をした。
「……うぅん、それはないんじゃないかな。ははは」
悟には涼子の言うようなことは想像もつかない。そういう性格の人ではないからなあ、と思った。
「そうかなぁ。普段はムスッとしてるけどさ、愛する人の前では違うかもしれないでしょ」
「まあ、想像するのは涼子ちゃんの勝手だけどね……でも隆之は、もしそう思ってても表には出さないからね」
「そうかなあ、まあ確かにそうかもしれないわね。でもさ、別にいいじゃないのよねえ。そりゃあエミは未来の記憶がないから、朝倉くんのことなんか知らないんだろうけど、その気なら、私たちが色々協力することもできるだろうし」
「何を?」
「朝倉くんとエミの仲を取り持つこと。なんかさ、すごいロマンチックよね。何も知らない彼女と、未来を知る彼氏――果たしてその恋の行方は!」
涼子は目をキラキラさせている。最近、よく少女漫画を読むこともあり、色恋沙汰には興味津々のようである。
「それは漫画の読み過ぎじゃ……」
悟は苦笑した。
家の外で話していたのだが、涼子の母、真知子が出てきて言った。
「ふたりとも、おやつがあるわよ。上がってきなさい」
「はぁい! 悟くん。おやつ食べようよ」
「うん」
家に入って居間に行くと、ケーキがあった。苺ののったショートケーキだ。普段はセンベエやクッキー、夏場だとアイスキャンディーなどが多いが、友達が遊びにくると途端に豪華になる。
真知子はニコニコしながら悟に声をかけた。
「悟くん、久しぶりねえ。ゆっくりしていってね」
「はい。ケーキ、とっても美味しいです」
悟は笑顔で答えた。真知子には悟はとても好印象を持っているようだ。実際、悟について聞こえてくる評判はどれも高評価ばかりで、娘の友達にはこういう子が一番いいと考えていた。
ケーキを食べ終わると、また外に出て行った。
何かして遊ぼうかと思っていたら、村上奈々子たち数人がやってきた。涼子との仲のいい、津田典子と奥田美香たち三人である。
「ねえ、涼子――あ、及川くんだ」
奈々子たちは驚いていた。最近男子と一緒に遊ぶということが全然なかったこともあり、久しぶりのことだった。
「みんなで遊ぶの? 僕は邪魔かな? 宿題もあるし、もう帰ろうか——」
悟は、もしかしたら自分が邪魔かもしれないと思ったようだ。
「そんなことないよ。ねえ、涼子も及川くんもさ、エミの家に行かない? エミさ、ファミコンのカセット買ってもらったって言ってたのよ。いっしょに見に行こうよ」
「そうなの? ねえ悟くん、一緒に行こうよ」
涼子は言った。エミ――富岡絵美子とは家が近くないこともあって、一緒に遊ぶことは少なかったが、新しいファミコンソフトが見られるということで、久しぶりに遊びに行くことにした。また、せっかく悟も一緒にいるんだから誘うことにした。
「うん、そうするよ」
悟も誘ってくれるなら断る理由はないと思ったようだ。
「みんな、上がって上がって」
嬉しそうに友達を迎え入れる富岡絵美子。五人で押しかけた絵美子の家だったが、実はまだひとりいた。
なんと、加納慎也だった。
「なんとこれは――たくさん来ましたね」
ちょっと驚いたようなことを言うものの、ずいぶんと落ち着いた印象だ。しかし涼子たちは驚いていた。まさか男子が遊びに来ているとは思わなかったし、それが加納だと言うことは、涼子や悟にとってはどう対応していいか戸惑うばかりだ。
「おや、これは及川くんじゃないですか。こんなところで会うとは意外ですね」
「そうだね、でも加納くんが富岡さんの家に遊びにくるとは思わなかったよ」
「僕の家はここから割と近いんですよ。だから以前から時々ですが、遊びにくることがあったんです」
「そうなのかい。それは知らなかった」
男子同士で和やかに会話しているようで、実際には見えない火花がバチバチと飛び交っていた。悟は最近、基本的に加納を敵と見て、対抗意識を剥き出しにしていた。何もしないわけにはいかないのだ。
加納が敵だとわかったあと、悟はしつこく調べてきた。どんな意図でこの過去遡行計画を自分達にやらせるように仕向けたのか、そこに何か糸口があると見ていた。
何だか物々しい雰囲気が出てきたこともあり、涼子が割って入った。
「加納くんって、前からエミん家に遊びに来てたんだねえ。今度家にもおいでよ」
「ははは、そうですね。またお邪魔しに行かせてもらいます」
「そうそう、悟くんも一緒にさあ!」
「……はは、そうだね」
涼子のおかげで一旦気まずい空気が変わった。そこへ、津田典子が絵美子に声をかけた」
「ねえエミ。カセット買ってもらったんでしょ。何だったっけ?」
「これよ。『グーニーズ』」
絵美子はニコニコしながらファミコンカセットを出してきた。
「あ、グーニーズ! それうちのお兄ちゃんがすごい欲しいって言ってたやつだよ」
典子は驚きの声を上げた。
「グーニーズ」は、この昭和六十一年の二月二十一日に、コナミから発売された横スクロールアクションゲームだ。前年に公開された映画「グーニーズ」のゲーム化作品である。
アイテムや仲間を探しながら各ステージを進んでいくが、未知の洞窟を探検している雰囲気が秀逸で、音楽や難易度もよく名作と言ってもいいファミコンソフトだ。
涼子たちの間でも「グーニーズは面白い」という評価は伝わってきていて、いつかやってみたいと思っていたゲームのようだ。
同じ横スクロールアクションでは同時期に発売された「忍者ハットリくん」も人気がある。こちらは涼子の友達である津田典子が兄と一緒に祖父母にねだって買ってもらっていた。涼子も何度か遊んでいる。
涼子はまだボンバーマンしか持っていない。早く新しいソフトが欲しいのだが、まだ買ってもらえるチャンスがこない。
早速みんなでグーニーズで遊ぶことになった。そんなに大きくない富岡家の応接間に子供七人が入っている。それに、ファミコンをやっているのに気づいた絵美子の弟と妹まで応接間にやってきて、狭い部屋がぎゅうぎゅう詰めである。友達がたくさん来たと言うことで、ジュースとお菓子を用意してやってきた絵美子の母親も驚いてた。
「――フフフ、及川くん。僕はそっちじゃないと思いますがね」
「そうかい? 僕はあのガイコツのところに鍵があると思うけど」
バチバチと見えない火花を飛ばすふたり。悟と加納はゲームでも対抗意識を燃やしていた。あまりに白熱し過ぎて「なんであんたたちばかりやるのよ!」と文句を言われ、コントローラーを取り上げられたりした。
そして奈々子がやっている時に、横から、ああだこうだと口を挟んでくるので、今度は「だまって見てなさい!」と怒られたりしている。
それから夕暮れ時、友達たちと別れて家まで帰ってきた涼子は、家の前で悟と話していた。
「どうも怪しいな。最近、加納くんと富岡さんが随分親しくなっているように思う」
「そういえば、確かにそうね。前は全然関係なさそうだったけど、今日なんてまさかエミん家に遊びに来てるとは……」
「彼が何を考えて行動しているのか、知るきっかけになるかもしれない」
悟は何かあるはずだ、と感じていた。




