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相談

 涼子は今聞いたことが信じられなかった。加藤早苗が、加納慎也のことを門脇と呼んだ。

 加納と門脇の関係……ある程度、何かつながりがあるんじゃないかと疑う人もいたが、まさか本人とは。それじゃ、今までのことは一体なんだったの? という考えで頭がいっぱいになる。

 こうなると、宮田が率いていた世界再生会議も、朝倉が率いていた公安チームも、どちらも加納――いや、門脇か? どっちが正しいのか分からないが——とりあえず門脇としよう。門脇は両方を自分の手の中で踊らせていたことになる。

 朝倉は頭のいい人物で、そう簡単には踊らされる人ではないが、こんな事実があるのなら、そもそも根底の部分から話が変わってくる。変えられてしまった未来を元に戻すというのは、一体なんだったのか。


 涼子の存在に気づかず、生垣の向こうで会話を続ける早苗と加納。何か重要なことを話しているのだろうが、涼子にはもうそれに意識が向くことはなかった。


 気がつくと、ふたりはいなくなっていた。周囲をキョロキョロと見回したが人の気配もない。どちらも行ってしまったようだ。

 涼子はとてもこのまま早苗と遊ぶ気分になれず、そのまま自転車に跨って帰ってしまった。

 ――それにしても、これはどういうことなんだろう?

 考えれば考えるほど、涼子の頭に疑問符が浮かび続ける。

 しかし、世界再生会議によって未来が変えられてしまっていたのは事実だ。そして、宮田たちが朝倉たちの計画を妨害してきたのも事実だ。それを考えると、朝倉たちが過去に戻って未来を元に戻そうとすること自体は、間違っていないのだろう。

 それでは、門脇の目的はなんだろうか? 門脇にとって、未来を元に戻すことが目的なのか? だったら自分が主導してやれば……何らかの理由で、それが難しいから加納慎也として朝倉に協力を求めたのか? ともかく、門脇は朝倉たち……涼子たちの味方なのか?

 こういうことなんだろうか? いや、こうかもしれない、いろんな考えが頭をグルグルと駆け巡る。


 涼子は家に帰る途中、悟と出会った。悟は自転車の前カゴにサッカーボールを入れていた。これからどこかに遊びに行くのか、帰ってきたのか。

「やあ涼子ちゃん、どこか遊びに行くの?」

「ううん、遊びに行こうと思ってたんだけど」

「そうなの? 僕は家に帰っているところなんだ。ねえ、まだ時間いいよね? 一緒に遊ばない——」

「うん、まあ……どうしようか」

 涼子は少し考えた。さっきのことがある。やっぱり相談したほうがいいだろうかと思った。

「あのね、悟くん。ちょっと相談したいことがあるんだけど……」

 涼子は悟を近くの公園に誘った。



「えっ! 加納くんが? ――門脇だったって?」

 悟は驚きの声をあげた。悟はふたりの間に何か繋がりがあるのだろうと疑っていたが、まさか同一人物だとまでは考えなかった。

「ちょっと信じられないかもしれないんだけど……早苗と話してるところをこっそり聞いちゃって……」

 悟は少しの間黙り込んで、考えを巡らせているようだった。

「……いや、ありえないことじゃない……うん、信じられるよ。前から何かあるとは思っていたが――まさか、同一人物とはね。これまでをいろいろと思い出してみても、そうだとしたらありえる話だと思う」

「ねえ、どうしたらいいの? なんかすごく不味い感じがするんだけど……」

「うん。根本的な部分というか、僕らの計画の土台が完全に崩れ去ったと言ってもいい。彼の思惑を確かめない限り、僕らはこの計画を進めるのは無理だと思う」

「やっぱりそうだよね。でもどうにかできるのかな?」

 涼子の顔は青ざめている。

「とにかく、隆之にも報告してほうがいいね。涼子ちゃん、これは他の人には言ったの?」

「ううん、さっきのことだし、まだ悟くんにしか言ってない」

「まだ黙っていてね。明日、隆之に話して対応を考えないといけない。とりあえず、それが先だね」

 しばらく話をしたあと涼子は「早苗が家に遊びに来るから」と言って、涼子と悟はそれぞれ家に帰った。


 涼子が家に帰り着いたタイミングで、自転車に乗って早苗がやってきた。宿題が終わったらしい……いや、本当に宿題だったのかはわからない。

「あれ、涼子どっか行ってたの?」

「あ、さな。ううん、ちょっとね。もう終わったし。上がって。ファミコンしようよ」

「うん」

 早苗は涼子の家の前に自転車を止めて、涼子に続いて玄関に入っていった。


 友達が家に来ると、母親の真知子はファミコンで遊ぶことに寛容になる。ファミコンで遊びたいと言うと、まずダメとは言わない。一日三十分ルールは変わらないが。

 とりあえず三十分だけファミコンで遊んだあと、子供部屋に行って少女漫画をネタにお喋りを楽しんだ。涼子が「なかよし」の今月号を買ってもらっていたので、それをふたりで見ながら話した。付録がどうだとか話のネタは尽きない。ふたりとも終始喋り続けて、あっという間に時間は過ぎていく。

 その間涼子は普段通りに振る舞って、動揺を悟られないように気をつけていた。日が暮れてきて早苗が帰ったあと、涼子はホッと胸を撫で下ろした。

 しかし明日、朝倉に話してどうなることやら。不安が頭を過ぎる。

 ――結構、大騒動になりそうな予感がするなあ……大丈夫かな?



 翌日の昼休み、校舎裏の人気のない場所で涼子と悟は朝倉に言った。

「加納が――門脇本人だった、同一人物だった……お前たちは本当にそれを見たのか?」

 朝倉は険しい表情で言った。極めて冷静な様子ではあるが、動揺しているであろうことは予想できた。

「僕は見ていない。それを見たのは涼子ちゃんだ。しかし、僕も加納くんと門脇が同一人物だということは信じられる」

 悟の言うことを黙って聞いている朝倉。その胸中はいかなるものだろうか。


 少し間を置いて、朝倉はゆっくりと口を開いた。

「――なら、加納はどういう目的で行動している?」

「それは……」

 悟は言葉に窮してしまう。まだそこまでは考えが及んでいない。

「世界再生会議とは全然関係ない、個人的なことかもしれないよ。まあ、根拠はないけど……」

 涼子が言った。

「確かにあり得ないことではないだろう。加納と門脇が同一人物だったとしたら、これまでやってきたことがすべて無駄になる。我々は一体、何のために過去に戻ってきたのか。そこから崩れてしまう」

「そんな大袈裟な」

「大袈裟ではない。我々はすべて加納の手の中で踊っていただけだ」

 朝倉の言葉に、涼子と悟は青ざめ沈んでしまう。

「そもそもちゃんと確認したのか? 藤崎、お前は加藤早苗と話していたのが本当に加納だったのか? 本当に加納のことを門脇と言ったのか?」

「そ、そんなこと言われても……でも確かに言った……ような」

 刺すような朝倉の視線に涼子は戸惑う。こうも突っ込まれてしまうと、涼子も本当にそうだったのか不安になってくる。

「聞き違いの可能性もある。お前たちの言うことを鵜呑みにはできんな」

 朝倉はどうもまだ信用できないらしい。

「わかった。僕は引き続き調べてみるよ。僕は涼子ちゃんを信じる」

「勝手にしろ」

 朝倉は吐き捨てるように言って、そのまま立ち去ってしまった。それを見送る涼子と悟の耳に、昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえた。

「信じたくないのはわかるけど……どうしよう?」

「とにかく証拠を見つけないといけないね。涼子ちゃん、早速だけど学校から帰ったら一緒に調査しよう」

「うん!」



 放課後、悟は帰り支度をしながら、どこから調査に入ろうかと考えていた。そこに朝倉がやってきた。そして悟を急かすように腕を掴んで引っ張った。悟は驚いたが、よく見たら涼子も一緒にいた。

「ちょ、ちょっと待って。どうしたんだい?」

「――悟、いくぞ」

「どこへ?」

「決まっている。加納を尋問する――」

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