加納と門脇
悟は朝倉に相談することにした。
「――悟、君は加納が怪しいというのか?」
「僕は加納くんと門脇は何かしら繋がっているのではないか、と思っている」
しかし、朝倉の考えは悟とは違うようだった。
「馬鹿な。加納は門脇とは違う。門脇はあくまで組織内での不満から加納に声をかけた。しかし加納は、この事態をよく思っていない。だから僕に話を持ってきたのだ。門脇に協力せずにな。そもそも、門脇が加納と共謀して未来を元に戻してどうするんだ? 門脇は組織内での主導権が目的だろう。どちらにせよメリットがない」
「それはそうなんだけど……」
言われてみれば、確かにそうだった。お互いに目的が反している。
結局、答えを見つけられないままだった。
ゴールデンウィークが間近に迫るある日、涼子は道端で小島と喋っていいた。
下校して家の近所まで来たとき、父の会社である藤崎工業の工場の側を通るわけだが、その事務所前で小島の姿を見たのだ。ランドセルを置いて、服を着替えて工場に行ってみると、小島は自転車を前に父の敏行と話していた。何事かと聞いてみると、この前のブレーキの壊れた自転車、なんと敏行にブレーキを直してもらったというのだ。
ブレーキが壊れているものの、捨てるのはもったいないと自転車屋に修理をしてもらおうと持っていったが、修理代が高額だったため引き返してきた。その時、藤崎工業のトラックに轢かれそうになったらしい。すぐ気がついたので事故にはならなかったが、あれこれ喋っていると親しくなって、小島が自転車の経緯を話すと「直してみようか」と提案され、なんと直ったらしい。
「いやぁ、よかったよかった。まさかタダで直してもらえるとは思ってもみなかったよ。これで新品を買わなくても済む」
「よかったね」
「ははは、こんなことってあるもんだ。しかしあの社長さん、涼子ちゃんのお父さんだったんだねえ」
「うん。毎日、仕事仕事ばっかりだけど」
涼子と小島は自転車を押しながら、歩いて話していた。
「よかったらウチに来るかい? 僕のビックリマンコレクションを見せてあげよう」
「うん、行く」
涼子は小島の住むアパートへ行ってみることになった。
小島のアパートは涼子の家の近くにある。歩いても四、五分というくらいだ。畑の中を抜けていけばもっと早いだろう。近くには藤崎工業の関係者も住んでおり、この近辺の家は大抵知っている人だったりする。
小島の部屋に入ると、そこはとても殺風景な部屋だった。まだ引っ越してきて一ヶ月経つかどうかというくらいの時期なので、荷物が雑然としていて片付けられていない。にもかかわらず、プラモデルの箱や、玩具の箱が転がっていた。
「あ、懐かしい。ミンキーモモだ」
涼子はその箱を手にとった。箱にはミンキーモモ がステッキを振り上げているイラストが大きく描かれていた。
これは、バンダイが当時発売していたプラモデルで、プラモデルといえば戦車や飛行機などのスケールモデルか、ガンダムなどのキャラクターモデルかという時期だったにもかかわらず、女児向けアニメの「主人公の女の子」をキット化するという、なんというか……どこか闇を感じるプラモデルであった。
当時どのくらい売れたのか不明だが、その三十年後には美少女プラモなんてジャンルができて人気が出てくるのだから、まさにその先駆けのような存在だったのだろう。ちなみにバンダイは「うる星やつら」などのプラモデルなども発売しており、一定の人気があったのかもしれない。
「懐かしいなあ」
涼子は箱を開けてみた。中身はまだバラバラの状態で、部分的に色を塗っているようだった。まだ制作途中のようである。
「うん、どうしたんだい?」
小島がファイルを持って涼子の側にやってきたとき、その手に持っていた物を見て、驚愕の顔で涼子の目線からプラモデルを隠した。
「い、いやぁ! はははっ、ち、違うんだよ。これは、これは姪がね! そう、姪が作ってほしいって言ってね! それで作ってるんだ。あはは、そうそう、そうなんだよ!」
明らかに嘘だとわかる言い訳をしてるが、涼子はこの件について、あまり深く考えないようにした。
涼子はさらに他の場所を漁りだした。小島はいわゆる「オタク」だ。それは未来の記憶からよくわかっている。机の上にはガンダムのプラモデルらしきものがあるし、壁には「幻夢戦記レダ」のポスターが貼ってある。うる星やつらのポスターも見える。この頃から変わっていないようだ。まだ変なのが出てくるんじゃないかと気になったのである。
「あ、ちょ、ちょっと涼子ちゃん?」
小島は顔が青くなっている。何か困ることでもあるんだろうか。
「これは?」
今度はモノクロの冊子を見つけた。アニメ系の女の子ふたりが表紙の中で微笑んでいる。明らかにアニメオタク御用達な絵である。いわゆる同人誌だった。
「これは何?」
涼子は冊子を小島の目の前に突き出して問い詰めた。
「ああ、ええとそれはね……」
涼子の不審の目にタジタジになる小島。
「ダ、ダーティペアって知ってるかい? 一年くらい前にテレビで放送してたんだけど」
「ダーティペア?」
涼子は見たことがない。そんなアニメがあること自体知らなかった。
ダーティペアは、高千穂遙の小説である。昭和五十五年から順次シリーズが刊行された人気SF作品だ。
昭和六十年の七月からアニメ化され、この年の年末頃まで放送されていた。午後七時から放送されていたため、涼子も実は見たことがあったかもしれないが、関心がないせいかまったく憶えがない。
「これは元は小説でね、宇宙を股にかけるケイとユリのふたり組が――」
小島は饒舌に作品について語りだした。このあとしばらく小島の独演会が続く。ビックリマンについては、もう忘れてしまっているようだ。
それから数日が経った。小島とはそんなに頻繁に会うことはなく、一度慌てて自転車で走り去っていく姿を見ただけだった。まあそんなものである。
涼子は帰りの会が終わった後、誰かと遊ぶ約束をしようとしたが、今日は生憎、誰も空いていない。村上奈々子と津田典子は家の手伝いか何かがあるようで、太田裕美はスイミングスクール、奥田美香も家で何かあるらしく――何ともここまで重なるのも珍しいと逆に感心してしまう。
下駄箱へ向かっている途中、ふと加藤早苗がひとりで歩いてるのを見つけた。早苗は涼子の友達ではあるが、世界再生会議のメンバーだった。早苗は当然それを隠して普通に振る舞っているが、涼子や悟たちは知っている。早苗も知っていて平然と接しているのだ。
だから涼子は、早苗との接し方が難しかった。普通にしていればいいのだが、裏を知っていると簡単にはいかないのだ。
でもこのままではつまらないし、この際だからと早苗に声をかけた。
「さな、後で一緒に遊ばない?」
「うん、いいよ。どうする? 私が涼子の家に行こうか?」
「そうだねぇ……じゃ、そうしよ。そうそう、この前さあ、バレーボールもらったんだ。裏の空き地でバレーしない?」
「いいねえ、そうしよ」
涼子と早苗は、量の家の裏の空き地で遊ぶことにして、一緒に帰った。
「じゃ、宿題だけ済ませたらすぐ行くから」
「うん、じゃあね」
そう言って涼子と早苗は別れた。
涼子は家に帰ってくると、すぐに子供部屋に行った。翔太が机で何か絵を描いて遊んでいた。ビックリマンの絵を模写しようとしているらしい。一生懸命書いているが、所詮は小学二年生。あまり上手ではない。本人は満足そうではあるが。
涼子は服を着替えながら、翔太の絵をからかって部屋を出て行った。部屋の方から「おねえちゃんのバカ!」と翔太の怒りの声が聞こえた。
涼子はこれから早苗が来るのを待つわけだが、ちょっといたずら心が出てきた。宿題を終わらせてから来ると言っていたので、早苗はまだすぐには来ないだろう。自分の方から早苗の家に遊びに行ってはどうだろうか、と思った。早苗の家の近くにも広い空き地があり、そこの方が遊びやすそうとも思った。
いいアイデアだと思ったので、自転車の前カゴにバレーボールを乗せると(バレーボールの方が大きくて入らなかった)、早速早苗の英に向かって出発した。
ちなみに涼子は夕飯の後に宿題をするつもりなので、まだいい。
早苗の家に向かって自転車を走らせる涼子。途中、奈々子の家の近くを通ると、畑のほうで数人の大人に混じって奈々子が何か作業しているのを見つけた。一生懸命やってて涼子には気がついていない。涼子は軽く手を振って通り過ぎていった。
早苗の家に到着すると、敷地の前に自転車を止めて玄関の方へ向かう。が、家の隣にある物置の向こうに人影を見つけた。子供のようだ。涼子は早苗だと思った。
こっそりと近づき、その子供が早苗だと確信すると、背後から驚かせてやろうと考えた。
「――ねえ、さぁなぁ……?」
涼子は、ふと声を止めた。早苗は誰かと話をしていたのだ。涼子は物陰に隠れてそっとその様子を見た。
そこには早苗と少年がいた。その少年は――なんと、加納慎也だった。
――えぇ、加納くんじゃないの。加納くん、さなと親しいのかな。
涼子はそんなことを思って、ふと早苗が世界再生会議のメンバーであり、未来の記憶を持った人物であることを思い出した。
――そっちの話だろうか? やっぱり加納くんは加納くんで、色々やってるんだねぇ。
涼子は、ふたりが何を話しているのか気になった。もう少し近くに行ってみようと思って、そっと音を立てずに移動した。
さらに近くというか、早苗と加納の側の生垣の裏側にきた。僅かな隙間からふたりの姿が一応見える。
「……門脇さま、その後はどうしますか?」
――えっ? 門脇って……今、さなは加納くんのことを門脇と……言った。




