宮田の最後
日本の未来を裏から支配していた「世界再生会議」。
この組織は今は亡き増田智洋という学生が、昭和五十八年、大学生の時に同じ志を持つ仲間――同志たちと一緒に創設した。
環境破壊、公害など世界が破壊されていく社会情勢を憂慮し、それらを排除して世界をふたたび自然の溢れる美しい星へと再生させることを目的とした。初代議長は発案者である増田が就任した。
増田の弁舌は素晴らしく、多くの者を納得させ魅了し同志とした。それもあり、増田が大学を卒業する頃には組織の構成員は百名を超える規模に膨れ上がっていた。
人が増えると、合う者と合わない者で壁ができる。なので気が合う者同士が小さなグループを形成していく。派閥の形成である。
派閥ができると、派閥同士で組織内での主導権争いが起こる。権力闘争である。
こうなると、もうひとりのトップが組織全体を動かすことは、非常に困難である。増田は高尚な思想の持ち主だったが、それ故に組織内の権力闘争に嫌気が差し組織を解体しようとして亡くなった。平成二十年頃のことである。自殺とされたが、当時のネットなどで怪しい噂が出回り他殺説も根強くあるようだ。
しかし、これは本来の世界……涼子が今のように未来の記憶など持っていない世界の話だ。今の世界では、この増田智洋はすでになくなっている。創設の僅か一ヶ月ほど前だった。
しかも、世界再生会議はそれよりも数年は前からすでに結成されており、リーダーは宮田秀則である。
宮田は世界再生会議をどうしようとしているのだろうか。もちろん私物化し、自身の私利私欲のためなのだろう。では彼は、いかにしてこのような立場に立てたのか。
これには、門脇の存在が大きい。彼が何者かはよくわからない。いつも身を隠し、表に出てこず様々な謀略を提案する。
公安の手によって唐突に過去に戻されたが、門脇が事前に予測していたこともあり、仲間と共に意識を遡行させることができた。
このため、ふたたび世界再生会議が裏で支配する未来――いや、宮田自身が世界を支配する未来に変えるために、この十年ほどの間、行動してきた。
しかし、それも次第に陰りが見え始めている。自分に都合のいい未来とするための因果がうまくいっていない。対する公安の方も、うまくいっているとは言い難い。ぎりぎり踏み止まっている印象だ。
宮田にとって、どうも気に入らない事態だ。何か……宮田でも公安でもない、『別の誰かの都合のいい状態』に進んでいるのではないかと考えていた。明確な根拠はないが、どうもそんな気がして気に食わない。
組織の隠れ家にしている廃屋の一室で、宮田はひとり佇んでいた。そうして最近感じる疑念について考えていた。
宮田は側近のひとり、板野章子を呼んだ。隣の部屋で仲間と話していた章子はすぐに宮田の所にやってきた。
「どうしたんですか?」
「門脇はどうしている?」
宮田は不機嫌そうに言った。章子は少し気まずそうな顔をしている。
「ここにはいません。というか、最近あまり姿を見せないですね……」
「ふん……」
宮田は顔をしかめて黙った。最近、メンバーたちの集まりが悪い。子供や学生などは、それほど自由が効かないため、いつも皆集まれるわけではない。宮田自身も、家の都合だとか、学校行事ですぐに下校できない時など、都合がつかない時もある。
「や、奴ら、組織を軽視していると思います! 一度、何か制裁を――」
「うるさい!」
宮田の機嫌を損ねまいと発言するも、むしろ火に油だった。気が滅入ってくる章子。ここのところ、いつもこうだ。早くここから逃げようと思い、「では失礼します」と言って部屋を出ようとした。
その時、ひとりの仲間が入ってきて報告した。
「宮田さん。門脇が、重要な話があるとかで、あの前に使っていた――五明のアジト、あそこに来てほしいと言ってきてます」
宮田は何事だ? と思った。
「わかった」
それだけ言って、席を立つと彼らを置いてそのまま出て行った。
宮田は自転車で旧拠点に向かった。歩いていくには少し遠い。以前、構成員のひとりが所有する土地にあった廃屋だ。かつてはその構成員の親族が住んでいたらしいが、数年前に引っ越したため今は空き家となっていた。山裾のあまり人のこない場所だったこともあって、自分たちの拠点として都合がよかった。今はもっと都合のよい場所が提供されたので、そっちに移ったため、こちらに来るのは久しぶりだった。
相変わらず周辺には人影はない。久しぶりに見ると、少し懐かしさがあった。
宮田が入ると、そこには誰もいなかった。大きな建物ではないので、部屋の数も少ない。中は以前使っていた時より綺麗になっており、住める程度には整えていた。どうも門脇はまだいないようだが、ここは誰かが使っている。その使っている人物は……。
――ふん、奴め。ここを自分の拠点しているのか。
ここは引き払ったが、その後どうしたかは関心がなかったこともあり知らなかった。
自分の個室としていた奥の部屋に入った。ここもある程度整えている。机が置かれて、本や書類もあるようだ。
宮田は机の上の書類のひとつを何気に手にとった。一体なんの書類だと思って詳しく見てみた。
――これは……。
宮田が見つけたのは、今後の計画を書いた書類が綴じられているファイルだった。パラパラとページをめくっていくと、思い当たることがいくつも出てきた。
これは初期の遡行計画の書類だ。初めに、時間遡行ができる技術を手に入れる方法を計画したもの、内容は宮田も知っている書類だ。
門脇が開発した人の記憶を読み取る装置。
意識を過去に遡行させる技術を発明した涼子を拉致する計画。
しかし、自分たちだけでは完全には世界を支配することは不可能だということ。
それを可能にするためには、及川聡美が発明する技術が必要であること。
そのためには、一度過去に戻って、そこでまず下拵えしなくてはならないこと。
懐かしい計画だ。すでに終わった計画であり、今となってはどうでもいい。しかしどうしてこんなものが? と疑問に思った。おそらくこれは門脇のファイルだろう。今更こんなものを今の時代に用意しておくとは……。
さらにページを進めていくと、今度はどうも覚えのない内容が出てきた。今組織が進めている計画の裏で何か極秘に進めていたようだ。このファイルの計画を見ていると、どうも現状がこの計画の通りに進んでいるようである。
――このファイルの持ち主は門脇だ。そうか、やっぱりだ! やはり門脇は組織のためになんか行動していない。全部、自分のために行動していたんだ! いくつかの因果の妨害に失敗したものも、この計画だと、最初から踏ませるつもりだとなっている。
――これがどう門脇にとって都合のいいのかわからんが、何にせよ門脇は自分のために動いている。
――つまり、門脇の都合のいいように、俺は利用されていたんだ! くそ! くそっ! 奴め!
「門脇っ! 貴様、よくも!」
宮田は逆上し吠えた。しかし、その声も無人の部屋に虚しく響くだけだった。
宮田は他のページも見ていった。その時、一枚の小さなメモ用紙が落ちた。
「うん? これは……」
それを拾い上げて見た。小さなメモにボールペンで手早く書いたという印象だ。
「 富岡絵美子について
今のところ問題なし
現状の因果なら可能でしょう 」
宮田は、これはなんだ? と思った。富岡絵美子がどうしたというのだろうか? 自分たちの計画では、富岡絵美子は関係ない。しかし、このメモの内容だと、何か重大な関係があるのではと感じられる。
誰が書いたものかはわからない。ただ門脇に関係するのは間違いない。そして、世界再生会議の計画とは別のもの――宮田にも内緒で、裏で何かをしていたようである。
――これはなんだ? まさか、門脇はこれが目的で?
音がして、誰かの気配がした。振り向くとそこには門脇がいた。そしてその背後には数人の組織の構成員がいる。
「な、なんだ――門脇?」
宮田は動揺を隠せない。
「困りますねえ。こんなところに入り込んできては」
「何を言っている! お前がここへ呼びつけたんだろう!」
「ええ、そうですよ」
門脇の細い目の向こうに、強烈な黒い感情が垣間見えた。宮田はその一瞬、思わず仰け反りそうになる。
「き、貴様……何を考えている!」
「あなたは不適正ですね」
「どういうことだっ! 門脇!」
「フフフ――」
宮田は確信した。
――こいつは、やっぱり門脇は、組織のことなど考えていない。間違いなく、自分自身のなんらかの目的のために動いている。
同時に、宮田に悪寒が襲った。
――なんだ、この……。
宮田の心に恐怖の感情が芽生えていく。
「だ、誰か! 誰かいないのか!」
門脇の背後にいる男たちが前に出てくる。皆、子供ではない。大学生以上の大人ばかりだ。その手には太い鉄棒が握られていた。男は宮田の目の前に立った。
「ま、待て! 俺は――」
最後まで言い終える前に、宮田の頭に鉄棒が振り下ろされた。




