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プロローグ

 二〇二五年、九月。東京都台東区、某マンション五階。


『及川博士、昨夜から行方不明。事件か——』

 朝、テレビのニュースを眺める高校生の娘は、それをきっかけに家族に向かってつぶやいた。

「なんかヤバそうな事件だよね。あの博士って、なんかすごい発明した人……だっけ?」

「そうだな、何と言ったかな。そうだ、ARの技術をいろいろ開発した人だな」

 向かいに座り、テレビではなく新聞を見ている父親は、コーヒーをひと口飲んでから言った。娘は父の言うARの意味がよくわかっていない様子で、「すごいよね。何があったんだろ?」と、大して興味なさそうにつぶやいた。

「何日か前にも、脅迫状が届いたとか、ニュースで言ってたわねえ」

 今度は母親が言った。トーストをひと口食べると、不安そうに眉をひそめた。母親の言葉に続いて娘が言う。

「ああ、そういえば、この人だったっけ。せっかくすごいことしたのにカワイソ」

「——そうだな。無事ならいいんだけどな」

 父親はぶっきらぼうに言うと、無関心そうな顔つきでトースト手に取ると、ひと口かじった。ニュースはすでに、別の事件を報道している。

『……議員の収賄容疑で国会が……』

 娘はトーストを食べ終わり、席を立とうとしていた。この親子も、行方不明事件のことには、もう関心はなさそうだった。



 同日、午後二時、場所不明ビル。


 薄暗い部屋の一角で、コンピュータのディスプレイの明かりだけが煌々と輝いている。窓はなく、とても無機質な空間である。何に使うものなのか、まったくわからない機械が、所狭しと設置されていた。

 そんな薄気味悪い部屋の中に、ふたりの男がいた。ひとりはパソコンのディスプレイの前に座って、懸命にキーボードを叩いて何かの作業をしている。もうひとりは、その横で、スマートフォンを見ながら、何かをしていた。五十、いや六十代くらいであろうか、白髪の混じる痩せた背の高いその男は、ひと段落ついたのか、若い頃からずっと愛用している黒縁の細い眼鏡を、無意識のうちに触った。これは男の癖だった。

 ふと男は、スマートフォンから目を話すと、そばの男に声をかけた。

「おい、準備はどうだ」

「ええ、順調です。二、三十分後には作動できますよ」

「よし、そのまま続けろ。……ふふ」

 男はわずかに笑みを漏らすと、雑多な機械の向こうを見た。そこにはベッドのようなものが設置されていた。なんとそのベッドの上には人が横たわっていた。五十歳前後と思われる、白衣を着た女性だ。年相応の老いが見えるものの、端正かつ涼やかな顔立ちが、かつてはとても美しい容姿であったことが想像できた。

「博士——あなたがいけないのですよ。我々を侮ってもらっては困る」

 男はそう言って笑みを浮かべた。


 三十分後、パソコンのディスプレイを睨みながら作業をしていた男が言った。

「完了です。これで覗けますよ。彼女の過去を」

「よし、やるぞ」

 眼鏡の男が、白衣の女性の頭に取り付けられた、金属製のバンドのようなものとパソコンを、USBケーブルに似たコードで接続すると、「いいぞ。始めろ」と言った。パソコンの前にいる男は、ディスプレイに表示された『スタートします 〉はい いいえ』表示の、「はい」の方にカーソルを持っていくと、キーボードのリターンキーを押した。

「——作動します」

 女性の頭のバンドに備え付けられている、小さな赤いランプが緑色に変わった。ディスプレイには、アルファベット、数字、記号など、それだけでは意味のわからない文字の羅列が、ひたすら流れ続けている。

 どのくらいの時間が経過しただろうか、おそらく十数時間は経過してであろう時、緑色が再び赤色に戻った。

 眼鏡の男は、それを見て微笑した。そしてつぶやいた。

「我々はここから始まるのだ。これが最初の一歩だ。そう、我々の世界は——」



 ——それから数日の後、世界は新しい色へと塗り替えられた。

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