とうとう買った!
ようやく買うことができて、涼子と翔太は満面の笑みである。本体を買うなら、当然ゲームソフトも買わねば遊ぶことができないので、一緒に買うことになる。では何を買うかと言えば……まだ決まっていないのだ。ソフトは一本のみで、それぞれが好きなのを買うことが許されていない。
ふたりとも目移りしながら欲しいソフトを探す。
翔太は派手でかっこいい、アクション性の高いゲームが好みのようだが、涼子はあまりそういうのは好みではない。特にアクションなど反射神経を使うようなゲームは、不器用な涼子は苦手だった。
涼子が欲しいと思うゲームは、やっぱり「カワイイ」印象のゲームだ。なんでかというと、やっぱりそういうゲームの方が友達間で受けがいいのである。男子が好みそうな、殺伐とした派手なアクションが不評というわけではないが、やっぱりサンリオのキャラクターみたいなのが出てくるほのぼのしたのがいいのだ。さらに言うと、夏にファミコンを買った友達の村上奈々子の「マッピー」並みに可愛いキャラクターのものが欲しいのだった。
「あ、忍者じゃじゃ丸くんだ。キン肉マンもある!」
翔太は気になるソフトを見つけたようだ。さらに二、三本知っているソフトがあったようで、あれやこれや目移りしている。
涼子も負けじとあれこれ探している。ドアドアを発見したが、いとこが買っていることもあり却下した。パックランドを見つけて、これがいいかもと思った。が、その近くに「おにゃんこTOWN」というのを見つけた。見覚えがないソフトで、どんな内容か不明だが、パッケージイラストはサンリオキャラのようなファンシーでかわいらしく、女の子受けがよさそうだ。
「ねえ翔太、あれにしよう。あの、おにゃんこタウンというやつ」
「えぇ、やだよ。あんなの面白くなさそう」
「なんでよ! なんだか可愛いじゃないの。絶対面白いよ」
「そんなのわかんない。ぼく、じゃじゃ丸くんがいい」
「それのどこか面白そうなの? 絶対つまんないでしょ」
「おもしろいもん!」
やっぱりそれぞれに好みが違うせいか、意見が一致しない。真知子が「何をやってるの。いい加減、早く決めなさい」と少し苛立った様子で言った。
そんなとき、翔太が「あ、あれ!」と嬉しそうに言った。なんだろうと思って見た涼子は、それが「ボンバーマン」であった。
備前のおじいちゃん宅で、いとこの秀彦が「これはおもしろいと思う」と勧めていたソフトだ。秀彦はファミマガ持ってきており、その雑誌記事を見ながら説明していた。
翔太は、主人公のロボットが爆発から飛び出す躍動感のあるパッケージを見てかなり気に入ったらしく、「ぜったいボンバーマンがいい!」と言い出した。
しかし涼子は、そんな無骨で男子受け全開なやつは、友達の受けがよくない気がした。やっぱりかわいいのがいいのだ。が、涼子は迷ってしまった。いくつかある候補が面白いとは限らないため、あまり強く推せなかった。
ボンバーマンは、記憶では元の世界において、初めて買ったファミコンソフトだったのだ。散々遊んだ記憶がある。面白かったのだ。
結局は翔太のボンバーマン推しに抗えず、涼子もボンバーマンを買うことに同意した。欲しいソフトをひとつに絞れなかったのも敗因だった。
大喜びの翔太。涼子も、結局は自分の好みのソフトが買えなかったのがちょっと悔しいものの、念願のファミコンがとうとう買えたので嬉しくてしょうがない。
購入して、店員に紙バッグに入れてもらって受け取ると、それをどっちが持つかで揉めた。
「ぼくがもってく!」
「ダメよ! 翔太じゃ落とすかもそれないじゃない。心配だから私が持つわ」
「いや! ぼくがもつのっ!」
「何言ってんのよ! 私が持つって言ってんでしょ!」
人目も憚らず喧嘩を始める子供たちに、真知子も怒鳴った。
「あんたたち喧嘩はやめなさい! 大きいし、お姉ちゃんが持ってた方がいいわ。涼子が持ちなさい」
「でしょ、やっぱりこういう高価なものは私よね」
涼子はニヤニヤしながら、ファミコン本体とゲームカセットが入った紙バッグを受け取った。悔しそうな翔太。
早速、車まで戻って後部座席に乗り込むと、まずボンバーマンの箱を取り出した。家まで待てないので、ここで箱を開けて中を見ようというのだ。説明書が見たいのである。ゲームの説明書には、子供たちの想像力を掻き立てるものが描かれてあるのだ。これを見ながら、実際に遊ぶ際のイメージトレーニングを楽しむのである。
しかし、真知子は涼子に非常なる命令を下した。
「涼子、お母さんちょっと服を見てくるから、あんたも来なさい。あのえんじ色のセーター、もうくたびれてるでしょ」
「えぇ! 服なんていいよ。私車で待ってる」
「何を言ってるの。いいから来なさい!」
真知子は有無を言わさずに涼子を連れていった。母と一緒に店内に行ってしまった姉の姿を見送ることなく、翔太はボンバーマンの箱を開けて説明書を出すと、それを見ながらこの後、遊ぶ場面を思い浮かべて幸福なひと時を過ごすのだった。
それから一時間ほど後、ようやく帰路につく。車に戻ってきた涼子は、すぐに翔太からボンバーマンの説明書を受け取る。するとすぐさま興奮した様子で、説明書の内容をあれこれ喋り始める。
「お姉ちゃん、ええとね、これがね——」
「ああ、もう言わないでよ。これから初めて見るのに」
涼子はボンバーマンの説明書を見ながら、ゲームの内容を思い浮かべて楽しいひと時を過ごす。気がついたら家に到着していた。
家に到着すると、すぐに居間に駆け込んだ。そして、ファミコンの箱を開ける。目の前に姿を現すピカピカの新品ファミコン。涼子と翔太は、思わず「おお!」と声が出た。
翔太が少し乱暴に取り出そうとするので、涼子がそれを制止し慎重に丁寧に取り出した。そしてコントローラーを持って、ボタンをあれこれ押しまくる。これまでも友達などの家で遊んできたコントローラーだ。それがようやく我が家にも来た。感無量である。
まだテレビと繋いでいないが、姉弟はずっとコントローラーをいじっている。
早く繋いで遊んでみたいが、テレビへの接続は敏行にやってもらうことになる。が、ようやく自宅へ戻ってきた敏行は、すぐにゴロリと寝転んでくつろいでいる。真知子に缶ビールを持ってこさせ、それを飲みながら新聞を眺めていた。
涼子はのんびりくつろいでいる父を急かした。
「ねえ、お父さん早く繋いで!」
「まあ待て。そんなに焦るな」
敏行はなかなか始めない。億劫なようで、なかなか動こうとしない。涼子も翔太も早く遊びたいのに、全然やってくれないのがもどかしく、翔太はとうとう体につかまり「はやく、はやく!」と実力行使にでた。
ようやくヤレヤレと面倒くさそうに、重い腰をあげた。
しかし、いざ繋ごうとすると結構大変だった。重いテレビを動かして裏側にアクセスできるようにしないと作業できない。現在のテレビのような端子に挿して繋いで終了、といった簡単にはいかない。昭和のテレビにはHDMI端子などない。RF接続という方式を使う。作者も詳しくないので説明は割愛する。
敏行は金属加工職人であるため、機械に強い印象があるかもしれないが、電気技師ではない。こういうものに詳しいわけではないのだ。そのせいか、思ったより苦戦していた。側で作業の様子をまじまじと見つめている、子供たちの期待の視線が結構辛かった。
説明書と実物を交互に見ながら進める。なんとか繋ぎ終え、試しに電源を入れたとき、うまく映らず焦る敏行。さらにあれこれ調べてようやくまともに映った時、子供たちの歓声が上がり、ようやく肩の荷が降りた。
「まずは私からよ!」
「ええ! ぼくもやりたい!」
早速コントローラーの奪い合いである。真知子が「翔太の好きなゲームを選んだんだから、お姉ちゃんからよ」と鶴の一声が出て涼子から遊ぶことになった。
ワクワクしながらコントローラーを持ち、ゲームをスタートさせる涼子。
「えいや! ああっ!」
いきなりやられた。
「あはは! おねえちゃん、へたくそ!」
「う、うるさいわね! ちょっと手が滑っただけだし!」
正月の夕暮れの下、テレビゲームに夢中になって、賑やかなひと時が過ぎていく。
「涼子、翔太、いつまでやってるの! 三十分だけでしょ!」
「えぇ、早いよぉ。もうちょっと」
「だめ! もうすぐ晩ご飯だからやめなさい!」
渋々、ファミコンの電源をきる涼子。翔太もやりたくて不満タラタラのようだが、真知子を怒らせると一日三十分すらできなくなりそうなので、従う他なかった。
とうとう手に入れたファミコン。冬休み明けに、友達に会って買ったことを伝えるのが楽しみだ。
ファミコンで始まった昭和六十一年。果たしてどんな年になることやら。