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ファミコン! ファミコン!

 翌日、今日はファミコンを買いに行く日だ。

 涼子は翔太と一緒に、もらったお年玉を合計してファミコンが買える金額があることを確認した。満面の笑みをこぼす涼子と翔太。それを見て、反対に不機嫌そうな顔をする真知子。

「お父さん、帰りにお店に行ってよね。ファミコン、ファミコン」

「わかったわかった。……やれやれ、たかがゲームなんかで何が嬉しいのやら」

 涼子たちは、祖父母と、晩まで滞在するらしい叔父家族に別れを告げて帰宅……の前にファミコンを買いに行く。

 


 帰る途中にすぐ寄れるジャスコ岡山店で買うことにして、帰りがけに行ってもらうことになった。意気揚々とおもちゃ売り場に駆け込んだが、なんと……売り切れだった。もう買えるとばかり思っていた涼子たちはショックを隠せない。ガックリと項垂れる姉弟。

 そういえば、おもちゃ売り場に入る前にファミコンの箱くらいの大きさの包みを持って、楽しそうに出ていく親子とすれ違ったが、あれはやっぱりファミコンだったのだろうか。ひと足遅かったのか。

 ファミコンが買えなかったが、そのほうが嬉しい真知子は、服が、食料品が、と元旦セールを狙ってあちこち見て周り、なかなか帰ろうとしない。他の店に行きたいふたりは、早く帰ろうとせがむが、わざとかと思うくらい帰ろうとしない。

 散々歩き回った挙句、ようやく帰ることになった。涼子と翔太は、敏行に別の店に連れて行ってくれとせがみ、「なら天満屋に行ってみるか」と言い、おなじみの天満屋ハピータウン西大寺店に行くことになった。


 西大寺まで戻ってきて、天満屋ハピータウン西大寺店で買うことなった。ここは地元の店舗だけあって、普段の買い物などで来る機会が多い。どこにおもちゃ売り場があって、どの辺にファミコンが展示されているかもよく知っている。ジャスコは大きな店舗だし、客も多いから売り切れでもしょうがない、しかし西大寺のような田舎なら客もそこまで多くないだろうし、きっと売っているに違いないと確信していた。

 涼子と翔太のテンションは否が応でも上がる。

「お母さん、早く早く!」

 売り場のある二階への階段を駆け上がった涼子は、ゆっくりと上がってくる真知子を急かした。

「急がないでも逃げはしないでしょ。慌てると転ぶわよ」

 子供たちとは裏腹に、まったく急がない真知子。

 涼子と翔太は、おもちゃ売り場にやってきて、すぐにファミコンソフトが展示されているガラスケースのところに行った。ズラリと並ぶソフトの箱。やっと買えると信じてやまない翔太は、もう本体よりもどのゲームソフトを買うかで目移りしている。

 しかし涼子にしてみれば油断ならない。一度あることは二度目もあるのだ。それを確認できないと心配なのだ。

 そして、その心配は見事に的中した。ガラスケースの上の一番端に、『ファミリーコンピュータ本体 売り切れ』と立て札があったのを見つけてしまった。

 涼子は大きく目を見開き、目の前の現実が到底信じられないという表情で固まっていた。

「おねえちゃん、ぼくね、この……おねえちゃん?」

 翔太が嬉しそうに涼子に声をかけたが、姉の様子にただならなぬものを感じた。そして、それが自身にとっても受け入れがたい現実であることをすぐに知ることになった。

 真知子が少し遅れてやってくる。

「もう! 慌てなくても逃げたりしないでしょうが……どうしたの?」

 子供たちの様子に何事かと驚いたが、それはすぐに判明した。


「売り切れなのはしょうがないでしょ。ほら、他のおもちゃでも買ったらいいじゃないの」

 真知子は、またしても売り切れていたことに、子供たちに少し同情したが、安堵したりもした。

 なんと……ここでも売り切れだという事実に愕然とする涼子と翔太。結局、みんな同じなのだ。お年玉をもらったからファミコンが買える。みんな買うからすぐに在庫が尽きる。単純な話だった。

 買えないのに、ガラスケースの前から離れようとしない涼子と翔太。他の客もいて少し混雑しつつあるにもかかわらず、ケースの向こうのゲームソフトを眺めている。

「もう諦めなさい。そんなものいつでも買えるでしょ」

「いやよ! 今日じゃないといや!」

「ぼくもいや! 今日がいいもん!」

 駄々をこねるふたり。必死である。

「とにかく――他のお客さんの迷惑だから向こうに行きましょ」

 真知子はふたりを引っ張って、おもちゃ売り場の外に出てきた。そこへ敏行がやってくる。

「おい、どうだったんだ?」

 父の姿を見るなり、涼子は駆け寄って言った。

「お父さん!」

「ど、どうしたんだ」

「他の店に行こう! 平島のイズミか、オクプラザ!」

「はぁ? なんだ、唐突に!」

 と言いつつも、ここでも売り切れていたんだろうなと直感した。


 やっぱり諦めきれない。真知子は予約して後日買ったらいいと言うが、今欲しいのだ。ずっと待って、ようやく買える時がきたのに、この上まだ待てというのか。きっとまだファミコンを販売している店舗はある。在庫がある店もあるに違いない。諦めきれない。三度目の正直だ!

 子供たちの声に押されて、もう一店舗だけ行ってみることになった。真知子は最後まで文句を言っていたが、行くとなったら諦めたようだ。

 今度は邑久郡邑久町(現在の瀬戸内市邑久町)にある「オクプラザ」だ。さらに、ここは「オクヤマ」という同じくおもちゃ売り場のあるスーパーマーケットも近くにあり、そちらでも買える可能性がある。それに、邑久は西大寺よりさらに田舎であり、来客数も少ないのではないかと予想していた。


 自宅付近を通り過ぎて、邑久町に向かうカローラ。涼子と翔太のファミコンへの思いを載せて、寒空の下を駆け抜ける。

 二十分程度でオクプラザに到着した。車が駐車場に止まると、すぐに飛び出していく姉弟。オクプラザのおもちゃ売り場は二階の南側にあることを知っている。普段の日曜より客が多く、店内はごった返していた。新春バーゲンセールの垂れ幕が中央部の吹き抜けから下がっており、それが目当ての客も多いようだ。

 しかし涼子にはそんなものはどうでもいい。すぐに二階のおもちゃ売り場を目指す。

「翔太、何やってんの! 置いてくよ!」

「お、おねえちゃん、まってぇ!」

 涼子ほど身体能力が優れない翔太は、大勢の客の間をすり抜けるのに手こずって、なかなか涼子についていけない。涼子は引き返し、翔太の手を握って二階のおもちゃ売り場へ急いだ。


 神様は諦めない子を見捨てないのだ。二度までも売り切れていてなおファミコンを求めて諦めなかった涼子は、とうとう求めるものを見つけた。

「ファミリーコンピュータ本体 在庫あります」

 レジカウンターの脇の壁にこの張り紙を見た涼子は、「あった!」と思わず声に出した。近くにいた客や店員の視線が一斉に集まる。

「すいません! ファミコンはありますか? 本体です!」

「ええ、まだ在庫がありますよ。あとふたつありますねぇ」

 店員はニコニコしながら、涼子の望んでいた答えを言ってくれた。

「これから買うんでちょっと待ってください! 買うんで他の人には売らないでください!」

 涼子は真知子が来るのを待った。しかし遅い。もしかしてわざとゆっくり歩いているのかと疑ってしまうくらいだった。しかし、現実は別に遅くはない。涼子の気が早すぎるだけなのだ。

 翔太がやってきた。

「翔太、お母さんは?」

「あっち。こっちにきてる」

 涼子は、母の姿を探した。しかし見当たらない——いや、いた。こっちに向かって歩いてくる。

「ああ、もうお母さんったら、遅いんだから! お母さぁん!」

 涼子は焦ったくなって、思わず叫んだ。

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