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さて何を買おう

 クリスマスプレゼントとしてはだめだったが、お年玉でようやく買うことができるので、涼子も翔太も嬉しくてしょうがない。

 結局だが、未来の記憶通り昭和六十一年の正月に、姉弟でお年玉を出し合って買うことになった。まあ、もともとクリスマスに買ってもらうのは難しいとは思っていたが、やっぱり記憶通りに未来は進んでいるということか。

 ちなみにこの時にどのゲームソフトを買ったかというと、確か「ボンバーマン」である。ハドソンから発売されたアクションゲームだ。

 この冬に発売される新作ゲームで、少し記憶は曖昧ではあるが、翔太が「これがいい、ボンバーマンがいい」とゴネて、結局それに決めた覚えがある。ボンバーマンはゲームとしてはなかなかに面白いゲームだし、買って正解だったとは思う。しかし、今回はどうなるだろうか? やっぱりボンバーマンを買うことになるか、それとも別のソフトを選ぶのか。そして、こんなことが未来に影響を及ぼすのか。まあ、朝倉たちが何も言わないので、何の影響もないんだろう。

 まあともあれ、あれ以来ゲームカセットは何を買おう、という話で涼子と翔太はずっと盛り上がっていた。しかし、ゲームの情報など多くはない。この時代、インターネットなどまだなく、ファミコンの情報雑誌も、現時点では一冊しかない。「ファミ通」もまだなかった時代だ。

 翔太は友達からオススメソフトをいくつか教えてもらっており、涼子も同様に友達から教えてもらっていた。


 翔太は「忍者くん 魔城の冒険」か「スーパーマリオブラザーズ」がいいと言った。

 「忍者くん」は友達が勧めていた。その友達は親戚の家で遊んでおり、面白いんだと言う。「スーパーマリオ」は友達が所有しており、翔太は何度か遊んだことから、面白いゲームだとわかっていた。

 「忍者くん」はともかく、「スーパーマリオ」は涼子もこの世界においてはまだ遊んだことがないが、後年友達が購入するなどして結局は遊ぶ機会は多く、またよく知られていることもあって、あまり新鮮味はない印象だ。


 涼子は「ドアドア」がいいと言った。前に津田典子の家で遊んだ際に、典子の兄が持っていたファミコン情報誌を見たことがあり、それに掲載されていたのを見て、キャラクターが可愛らしいので気に入ったのだ。典子も「可愛い、遊んでみたい」と言っていた。

 「ドアドア」は、ドラクエシリーズであまりにも有名なエニックス(現、スクウェア・エニックス)がファミコン参入第一弾ソフトとしてこの年、昭和六十年七月十八日に発売した。この時点でエニックスは第二弾として十一月に「ポートピア殺人事件」が発売したばかりで、「ドラゴンクエスト」は来年である。

 ちなみに涼子は「ドアドア」を遊んだ記憶がない。名前は聞き覚えがあるが、どんなゲームかあまり詳しくない。結局は買わなかったということだ。


 お互い自分の欲しいソフトの資料がなく、口頭で主張しているだけなので、どういう内容のゲームなのかよくわからない。涼子も翔太もあれこれアピールするのだが、どちらもいまいち伝わっていないようだった。

 今度本屋に連れて行ってもらって、ファミコン情報誌を立ち読みしておこうと思ったが、そういえば間近のよく知っている人に雑誌を持っていたのを思い出した。

 余談だが、涼子の住んでいる周辺にまともな本屋がない。自転車で学区外の本屋なら行こうと思えば行けるが、バレると叱られる。なので日曜日に親に連れて行ってもらうしかない。田舎の悲しさである。



 涼子は購入するソフトの情報を入手するために、ご近所の曽我家へ行った。曽我家の次男、隼人はファミコンを持っている。それだけではない。ファミコンの情報誌も持っているのだ。さすが中学生である。先月も買った雑誌を見せてもらったのだ。ああ、これいいな、あれも面白そうだな、とかうらやましく眺めていたのだ。


 家を出てすぐ、向かいの家が曽我家だ。近所付き合いも深く、非常に親しい。玄関のそばで掃除か何かをしている隼人の母を見つけた。

「おばさん、こんにちは!」

「あら、涼子ちゃん。こんにちは。今日も寒いわねえ」

 隼人の母は笑顔で答えたが、やはり寒そうだった。

「ねえ、隼人いますか?」

「隼人? 確かいたと思うけど……」

 隼人の母は、玄関を開けて息子の名前を呼んだ。

「隼人、涼子ちゃんが遊びに来てるわよ」

 少しして、ドタドタと階段を降りてくる音がして、隼人が姿を見せた。坊主頭をポリポリ掻きながら、少し不機嫌そうな顔をしている。

「——なんだよ。何の用だ?」

「ねえ隼人、ファミコンの本見せて」

「――やれやれ、何だよそりゃ。さっき部活から帰ってきたばっかなのによ。まあ、上がれよ」

 隼人に促されて涼子は曽我家にお邪魔した。


 隼人の部屋は何度も入ったことがあるので、特に新鮮味はない。小学生の頃からサッカーをやっていることもあり、壁にはサッカー選手のポスターが貼ってある。学習机の片隅にはサッカーボールも見える。しかしその程度なものだ。やはり男の子の部屋だけあって、殺風景なものである。

 ちなみにファミコンは、一階の居間のテレビに繋いでるようで、隼人くらいしか遊ばないが、部屋には置いていない。

「お前、どうしたんだ? ファミコンの本見せろって、もしかして買ってもらうのか?」

「うふふ、お年玉で買うことになったのよね」

「おっ、本当に買うのか。カセットは何を買うんだ?」

 本当に買うと言うので俄然興味が出たらしく、身を乗り出して尋ねた。

「それを調べようと思って、本を見せてもらうために来たんだよね」

「ああ、なるほどな。もう結構たくさん出てるからな。どれでも選び放題だぜ」

「うぅん、そうだよね」

 涼子は手渡された雑誌を眺める。『ファミリーコンピュータマガジン』、それがこの雑誌のタイトルである。


 「ファミリーコンピュータマガジン」は、徳間書店が発行していたファミコン専門雑誌である。「ファミマガ」の通称でも知られている。この頃はまだファミ通などのライバルもなく、世界初のファミコン雑誌であった。

 ウル技(ウルテクと読む)と呼ばれる、いわゆる「裏技」と、その紹介コーナーに虚構の裏技「ウソ技」を紛れ込ませて、それを当てる企画などがあり、人気があった。


「ねえ隼人、ドアドアって面白い?」

「ドアドア? どうだろうな……やったことないからわからん。どんなゲームだ?」

 隼人は涼子の見ていたファミマガを取り上げて、パラパラとページを捲ってドアドアの記事を探した。少ししてすぐに見つかった。それをしげしげと眺める。涼子は誌面のゲーム画面やキャラクターを指差しては、あれこれ説明している。

「なんかね、ドアにこの可愛い敵を入れてね、それで閉めたら得点になるの」

「ふぅん、でもなあ、なんか……」

「なんかって?」

「ちょっと退屈そうだよなあ」

 隼人の評価はあまりよくないようだ。

「えぇ、そうかなぁ……でも可愛いでしょ」

「ゲームに可愛いとか知るかよ。これだから女はだめなんだ。やっぱゲームはアクションだぜ。涼子、これを見ろよ。スパルタンXってやつだけど、無茶苦茶面白そうだろ」

 隼人はゲームの主人公を真似て、キック、パンチと繰り出してアクションの爽快さを実演して見せた。しかし涼子には大して響いていないようだ。気のない返事である。

「ふぅん、スパルタンXかぁ……あ、これこれ。この忍者くんって、翔太が欲しいとか言ってたやつだ」

「忍者くんか。あれ、友達ん家で遊んだことあるけど、結構面白かったぞ。これがな、ああなって、こうなってさ……」

 誌面の記事を指差して、ゲーム内容を説明し始めた。しばらく雑誌を囲って談議していたが、ちょっと飽きてきたのか隼人が、ファミコンやろうぜ、と提案した。涼子はすぐさまそれに同意した。

 しかし、結局のところどのソフトを買おうか、余計に迷ってしまった。迷うし悩むが、それがまた楽しくもある。

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