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ファミコンを求めて

 紅葉の季節も終わりを告げて、暦は十二月に入っていた。十二月と言えば一年の最終月であるが、子供たちにとっては見逃せないビッグイベントが控えている。

 そう、「クリスマス」だ。

 クリスマスといえば、親に「クリスマスプレゼント」と称して、欲しいものを買ってもらえる時なのだ。

 大部分の子供にとって、決してキリストの誕生を祝うイベントではない。小学四年生にもなると、サンタクロースなどもう信じていない。だから、欲しいものを買ってもらえる日なのである。

 小学生には自由に使える小遣いは少ない。高額なものは小遣いで買うことなど不可能だ。そのため、自分の誕生日とお年玉とクリスマスは大変貴重だった。


「ねえ、涼子はクリスマスに何を買ってもらうの?」

 下校途中、ふいに村上奈々子が言った。

「クリスマスかぁ……そうだなあ」

 涼子はいろいろと欲しいものを想像した。まあ様々あるのだが、やっぱり欲しいのはアレだ。ファミコンである。

 夏に奈々子も買ってもらい、涼子の友達の中ではファミコンがないのは少数派になりつつある。

「わたしさぁ、コートほしいのよね。おしゃれなの。ここがこうなっててさぁ、それで――」

「ああ、それいいね。私も欲しいなぁ。でも買ってくれそうなの?」

「……ちょっと厳しいかも。高いし、お母さんったらケチなんだから」

「うちもなんだよね。ファミコン買って欲しいけど、多分買ってくれそうにないしなぁ……」

「でも、もうけっこうみんな持ってるじゃない。そろそろ涼子の家でも買ってくれるんじゃ」

「それがねえ、お母さんがファミコン嫌っててさ、はぁ……」

 涼子は深いため息をついた。

「ふぅん、涼子も大変だね」



 家に帰ると服を着替えて、すぐに父の会社である藤崎工業の方へ向かった。理由はもちろんクリスマスプレゼントのことである。どうにかしてファミコンを買ってもらえないかと、父、敏行に要望してみようというわけだ。母、真知子に言うと即却下されるのは目に見えているので、こっそり敏行に強請ろうと考えたのだ。

 しかし……敏行は不在だった。取引先に出ているそうで、まだしばらく帰ってこないだろうと言われた。

 ため息をついて家に戻る涼子。子供部屋に入ると翔太がいた。

「ねえ翔太。やっぱさあ、ファミコン欲しいよね」

「うん、ほしい。サンタクロースがプレゼントしてくれないかなあ……。そういえばおねえちゃん、スーパーマリオやったことある?」

 翔太は嬉しそうに言った。マリオはよく知っているが、今のところスーパーマリオブラザーズを持っている友達はいないので、遊んだことはない。

「マリオ? ああ、あれ。マリオね……ないわよ。あれ、夏に発売されたばっかりじゃないの」

「スーパーマリオおもしろいよ。しんちゃん家でやったんだけど、二面のね――」

「ああ、そうですか。そりゃようござんしたねえ、どうせ私はやったことないわよ」


 「スーパーマリオブラザーズ」――一九八五年九月に発売された、ファミリーコンピュータ用のアクションゲームだ。誰もが知っていると思うので詳しい説明は省く。全世界販売数4000万本以上の怪物ゲームソフトである。

 その後もシリーズが何作も登場し、マリオのキャラクターを使ったアクション以外のソフトも多数ある。まさに任天堂の顔ともいえる。


 翔太はその後、友達の家で遊んだマリオが楽しかったことを延々と話した。涼子はそれを長々と聞かされ辟易した。とはいえ、同時にやっぱりファミコンが欲しいという思いがさらに深まった。

 


「ねえお父さん、クリスマスプレゼントにファミコン買って」

 涼子は夕食の後、思い切って敏行にねだってみた。結局、真知子がいない時に強請る機会が得られず、やむを得なかった。それを聞いた敏行は、なんだ? という顔をしている。が、真知子の方が案の定、過敏に反応した。

「涼子! ちょっと来なさい」

 真知子はすぐに涼子を連れて居間を出ていった。廊下でヒソヒソ声で話す。

「あのね、プレゼントはサンタさんがくれるんでしょ。何を言っているの」

「サンタクロースがいないことくらい知ってるもん。お父さんが買ってくれるんでしょ」

「……あのね、あんたは知ってるのかもしれないけど、翔太はサンタクロースを信じているのよ。夢を壊すようなことを言わないで」

 真知子は渋い顔をして言った。

「えぇ、いずれわかることだしさぁ。だったら——」

「こらっ! 涼子!」

 結局、ああだこうだといろいろと説教された挙句、ファミコンはダメ、と断言されてしまった。


 夜中、子供たちが眠った後、居間で敏行と真知子が話している。

「なあ、涼子はファミコンが欲しいとか言ってたな。そのファミコンとかいうのはアレだろ。テレビ使ってゲームやる……うちに来ている若え衆が、おもしろいんだとか言ってたが」

 それを聞いた真知子は、ため息をついて嫌そうな顔をした。

「何を馬鹿なことを言ってるの。そんなもの買ったら勉強しなくなるわ。ゲームばっかり夢中になって、テストの点が悪くなったって聞いたわよ。山岡さんの奥さんも言ってたわ。前は八十点くらい普通に取ってたのに、最近は五十点くらいになったって」

「そうなのか?」

 真知子はファミコンを嫌っていた。ご近所や知り合いなどの情報網から、「ファミコンばっかりやって勉強をしなくなる、成績が落ちる」という話を信じきっていた。実際に夢中になるほど面白いという話も聞くので、間違いないだろうと考えていた。

 涼子は勉強ができて成績がいいのだ。なのにファミコンなんか買って、勉強しなくなったら困る。今のままなら涼子は大学進学だって夢ではないと考えていた。自分はそこまでの学力はなかったので、娘には余計に期待しているのだ。

「それにあのファミコンとかいうのは高いのよ。二万円くらいするとか」

「そうか、ちょっとクリスマスには高いなあ」

 敏行は妻の言うことに同意した。


 翌日、学校から帰ってきた涼子は、ふたたび仕事中の敏行を訪ねてねだってみたが、「あんな高いもの買う必要なない。もっと他にいいものがあるだろ」と却下されてしまった。そばで親子の問答を聞いていた市川照久が「ファミコンの人気は凄いし、買ってあげたら」と援護してくれたが、結局だめだった。

「自分の小遣いなら文句はないが、買ってやるわけにはいかん」

 お小遣いならいいと言う。すぐに閃く。

「なら、お年玉だったらいいよね? お年玉は私のだし」

「お年玉……? うぅむ、まあお年玉だったら……」

 敏行はやむなく同意した。お年玉も結局は親が出しているようなものだが、それでも自分の金で買うというのなら、まあいいだろうと考えたのだ。

「やったぁ! 絶対だよ。絶対にお年玉で買うからね!」

「わかったわかった。まったく涼子には負けたよ」

 結局——クリスマスはダメ、しかしお年玉で買うならいい、という話になった。

 真知子はそれでも「貯金をしないと」だとか「勉強をしなくなる」だとか、不満を漏らしていたが結局は同意することになった。

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