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運動会

 運動会当日。爽やかな秋晴れで、最高に運動会日和であった。

「――よぉし、みんな! 四年B組の凄さを見せつけてやろうぜ!」

 担任の吉岡は、開会式前の教室での朝の会の最後に、力強いガッツポーズと共に生徒たちに発破をかけた。それに呼応して、生徒たちの元気のいい返事が教室に響く。

「すぐ開会式だから、あんまりのんびりするなよ――」

 朝の会が終わって生徒たちはゾロゾロと教室をでて入退場門のところに向かう。まず入場行進があって、それから運動場に整列して開会式だ。


 開会式も滞りなく終わり、各競技種目が始まる。

 低学年の徒競走などから始まり、だんだんと団体種目などバリエーション豊富になっていく。

 涼子は、弟の翔太が50メートル走を走ると聞いていたので、注目していた。翔太はあまり足が速いわけではないが、しかし結果は……力んで転んだ挙句、ビリだった。

 ——あはは、バッカねぇ! 何やってんの。と、爆笑していた。家に帰ったらからかってやろう、とニヤニヤしている涼子。

 それから綱引きや玉入れなどがあって、こういった種目は競争云々はそんなに意識しないせいか、みんな大はしゃぎで楽しんでいた。

 が、涼子は美香の様子が気になっていた。ちょっと浮かない顔をしていたのだ。もちろん本番前の緊張があるのだろうが、あまりガチガチになるとつまらないところで転倒したりして、せっかくの檜舞台に水を差すようなことになる。


 玉入れが全学年終わった後は、午前中の最後の種目、高学年(四、五、六年生)女子のリレーとなる。ちなみに午後からは、騎馬戦や組体操、由高音頭など、ふたたび団体種目が主だ。

 とうとう本番である。四年生男子からなので、まずは入退場門で待機だ。そこで男子のリレーを見る。同じB組では、今年は飛び抜けて足の速い生徒がA組に集まってしまったこともあり厳しい。

 四年男子で、もっとも足が速いと思われる高島利明という男子は、昨年は涼子と同じB組だったが、今年はA組だった。運動全般が得意な金子芳樹はB組ではあるが、80メートル走に出るため、リレーには出ない。及川悟も学級では足が速い方だが、同じくリレーには出ない。

 が、運動が苦手な朝倉隆之がリレーに出ている。もちろん足は遅く、余裕の最下位だった。しかも本人もまったく気にしていないようで、当然だろ、とでも言いたい風な顔をしていた。

 男子リレーのB組は散々な結果だった。担任の吉岡は「よくがんばったぞ! みんな清々しいな!」と励ますようなことを嬉しそうに言っていたが、ボロ負けだった男子たちの表情は白けていた。


 次は女子だ。不甲斐ない男子に変わって、四年B組の俊足を思い知らせてやらねば、と意気込む涼子たち。A組の女子もなかなか足の速い子を選んだようで、絶対に勝つ! と鼻息も荒い。

 三年生で同じ学級だった、割と仲のいいA組の女子が、涼子に声をかけてきた。

「涼子、わたしたちが一等とるからね。ぜったい負けないし」

「なんの、負けるもんですか。そもそもヨッコより私の方が足速いでしょ」

「それはそうかもしれないけど、涼子のチーム、奥田さんがいるじゃない」

「ふふふ、みっちゃんを甘く見たらいけないよ。ふふふ……」

「な、何……? まさか、奥田さんってそんなに速いの?」

「さあて、それはどうでしょう」

「ねえ、ちょっと。どうなの? ねえ涼子!」

「うふふ、内緒! ――さ、入場だよ。ホラホラ」

「あ、まってよ、もう!」


『次は、四年生女子のリレーです。みんながんばってください――』

 アナウンスと共に四年生女子の入場行進が始まる。すぐにトラック中央に整列して、すぐに第一走者がスタートラインに並ぶ。

 涼子たちのチームは、真壁理恵子、太田裕美、奥田美香、藤崎涼子の順番で走る。

 美香は三番目だ。理恵子、裕美でなるべく差をつけて美香に繋ぐ。美香はおそらく厳しいと予想されるが、前のふたりで余裕を持たせたら何とかなると考えた。それにその方が、美香のプレッシャーも小さいと思われる。美香で順位を落とすだろうが、差がそれほど広がらなければ、アンカーの涼子で一等を狙えると考えていた。

「裕美、ガンバ!」

 涼子たちは、緊張した面持ちでスタートラインにたつ太田裕美を応援した。

「よぉい……」

 パァンッ、というスターターピストルの音が鳴り響き、四人の第一走者が一斉に走り出す。

 赤組の太田裕美はまず二番手になった。先頭を走る緑組との差はあまりない。どちらが先頭になってもおかしくない。

 案の定、中程で裕美に先頭が変わった。しかし、それから距離は縮まる事はなく、真壁理恵子にバトンを渡す直前に、ふたたび緑組に追い抜かれてしまった。

 理恵子は二番手でスタートしたが、緑組の第二走者より理恵子の方が足が速い。すぐに追い越して差を広げていく。

『赤、速いです。緑、がんばってください』

 途中、実況のようなアナウンスが入る。

 理恵子は、とにかく自分が少しでもリードしておかないと、と思い必死に走った。

 美香はその様子をスタートラインで見ていた。――これは頑張らないといけない、とかなり緊張してしまった。予め、こういう展開ですすめていく作戦だったので、その通りにいっているだけだが、いざ本番となると、足が震えそうだった。

「みっちゃん、大丈夫だよ。後はまかせて」

「う、うん……」

 涼子は、これは不味いか……と思った。予想以上に緊張しているようである。


 ふいに、美香の耳にヒソヒソ声が聞こえてきた。

「……ねえ、赤組の次っておそいよね。ぜったい追いこせるでしょ……楽勝じゃない?」

 本人に聞こえてないつもりだろうが、実は聞こえていた。美香は、自分が完全に舐められていることに、僅かだが憤りを感じた。そして、絶対に予想を裏切る走りを見せてやろうと思った。

 こんなことを考えてしまったことは、美香自身が少し困惑しているのだが、「とにかくやってやる!」という、強い意識が芽生えた。

 ――あれ? みっちゃん……。

 涼子は、美香が随分と落ち着いた感じになったため、どうしたのかと驚いた。しかし、でもこれはいいことだ、と安心した。


 結果的に二十メートルくらい差をつけて、トップで理恵子がやってくる。理恵子は目の前の美香に向かって必死に走る。

「奥田さん!」と叫びたいが、息が切れて声を発せない。無言のまま、美香にバトンを渡す。バトンはうまく渡され、美香はすぐに駆け出した。

『赤組、バトンが渡りました』

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