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諦めないで

 明後日が運動会の当日である。そんな時でありながら、奥田美香の気持ちはどうも沈んだままだった。今朝登校してきて、教室に入った時、野村和枝たちが待ち構えていて、嫌味なことを言った。「あんたのせいで真壁さんが怒った」だとか、「あんたがおそいせいだ」だとか八つ当たりした。

 しかし、そのすぐ後に真壁理恵子が教室に入ってきたので、そっぽむいて別のところに行った。

 理恵子はそれに気がついて美香に言った。

「奥田さん、何か言われたの? 言われたなら先生に言いに行こ? ちゃんと言わないと、また言われるわ」

「いいよ……大丈夫だから」

 美香はそう言って、自分の席に戻っていった。

「奥田さん……」



 それから二時間目が終わり、休憩時間になると、美香はトイレに行った。そしてトイレから出てきたとき、その前に野村和枝がたちが立ち塞がった。

「ねえ、奥田さん」

「な、何……」

 とても嫌な予感がした。

「真壁さんや藤崎さんがいなきゃ何にもできないくせに、調子に乗らないでよね。足手まといのくせに!」

 それだけいうと、すぐにその場を去って行った。

 やはり出てきた罵りの言葉に、美香の心は沈んだ。何でそんなことを言われないといけないのか、自分が野村和枝たちに何をしたのか、それを思うと泣きそうになった。教室に戻りたくない。しかし戻らないと教室では大ごとになる、涼子たちも心配する、と考えて、戻ることにした。


 昼休みが終わって、五時間目は体育だ。A組と合同で運動会の練習だ。みんな体操服に着替えて運動場に集合……のはずが、美香に問題が発生した。帽子が、赤白帽がない。

「――おかしいな」

「みっちゃん、どうしたの?」

 涼子が、よそよそしく机の中や鞄の中やら探し回っているのに気がついて尋ねた。

「帽子がないの……」

「帽子が?」

 美香はキョロキョロと周囲を不安そうに見回している。

「ねえ、体育袋の中は?」

 涼子は美香の体育袋の中を確認した。が、やっぱりない。数人の女子がやってきて一緒に探したが、やっぱり見当たらない。

 その時、太田裕美が教室にやってきた。手に赤白帽を持って。

「あっ、裕美。それは」

「これこれ、みっちゃんの名前書いてる帽子だよ。外に落ちてたの」

 何と、教室の窓の外に落ちていたらしい。それを裕美が偶然見つけて持ってきたようだ。

「どうして……」

 美香は不安げに自分の赤白帽を見ている。体育袋の中に、体操服と一緒に入れていたのだ。それがまさか、勝手に飛んでいって教室の外に落ちているはずがない。

「誰かいたずらしたのよ」

 裕美が言った。

「そうだ。きっとそうよ」

「誰だろう? 何のうらみがあって――」

 その場にいた女子たちは騒然となった。涼子はすぐにピンと来た。

「そんなのあいつらしかいないでしょ。野村さんたちよ。お昼休みの時とか、こっそりやったら気がつかないかもしれないし」

「なるほど。……いや、きっとそうよ。きっと野村さんたちだわ」

「そうだわ。野村さんたちって、こういうことやりそうよね」

「そうそう。わたしさぁ、去年の野村さんと一緒の学級だった友達いるんだけどね、こういうことやる人だって聞いたのよ」

 口々に野村和枝の悪口が飛び出す。みんな和枝のことをよく思っていないようだった。

 そんなことをしているうちに、担任の吉岡が教室に飛び込んできた。

「おいおい、君ら何をのんびりやっているんだ? もう授業が始まるから、早く行くんだ」

「あっ! は、はい!」

 みんな慌てて教室を飛び出していく。実は先ほどチャイムが鳴っていたのだが、悪口に夢中で気がつかなかったらしい。



 合同練習が終わった後、六時間目までの休憩時間に、涼子は理恵子たちと話し合った。みんなで団結してがんばっているときに、何をしてくれるんだ、と憤りを隠せない。

「これは『いじめ』だよ。運動会に向けてみんなでがんばってる時に許せないわ!」

「そうね。でも、しょうこがないと責められないよ。くやしいけど、これで何か言ってもわたしたちの方が悪くされる」

 顔を真っ赤にして怒りをあらわにしている涼子に比べ、理恵子は冷静だ。美香の練習には人一倍熱かったが、本来はこういう冷静沈着な性格なのだ。

「うぅん、確かに……。本当に録でもない連中。何とかしたいけど……」

 涼子も理恵子の言うことに納得したのか、一度冷静になる。

 深刻そうな顔をしていた理恵子が、ふと提案した。

「ねえ、わたし思ったんだけど、奥田さんがこうやっていじわるされるのってね、このままだとらちがあかないと思うの。奥田さんの方でもやるべきことがあると思うのよ」

「えっ? それどういう意味? リエっ! みっちゃんに非があるとでも言いたいの!」

 意外な言葉に、涼子は気色ばんで言った。

「そういうことじゃないわ。前から思ってたんだけど、奥田さんって大人しいというか、気が弱いというか、とにかく標的にされやすいと思うのよ。野村さんだけでなく、男子とかにもからかわれたりしてるでしょ」

「まあ、それはそうかもしれないけど」

「今のままだと一時的に収まっても、また時間がたったら始まると思う。これじゃキリがない。だから奥田さんが何かすればもうされなくなると思うわ」

 確かにこのままだと根本的な解決にはなっていないが……。

「どうしたらいいと思う?」

「奥田さんはもっと自信を持ったらいいと思うのよ。そうしたらいじめられることもなくなると思う」

「うぅん、そういう考えもできるけど……まあ、そううまくいくかな?」

「今よりもう少しでもいい、自信が出たら大丈夫よ。それでも何かしてくる人がいたら、それはわたしたち友達で奥田さんを守ってあげたらいい。運動会のリレーは、奥田さんが自信をつけるのにうってつけよ」

「みっちゃんががんばって結果を出したら、うまくいくかもしれないか……でも、大丈夫かしら」

「今できることを、今やるのよ」

 理恵子の目は炎の如く燃えていた。



 もう運動会は目前である。涼子たちは少しでも美香に速く走れるようになって欲しいとの思いから、今日も放課後の練習をする。「やればできる」そう信じている涼子たちにとっては、この日々の積み重ねで絶対に結果を出せると信じていた。

 しかし、美香の態度は違っていた。

「……もういいよ」

「どうしたの?」

「もう練習したくない」

「どういうこと? がんばろうよ」

「もういい……」

 美香はそれだけ言って走っていった。

「みっちゃん!」



 涼子は美香を追いかけた。しかし道を間違えたのか、姿を見失ってしまった。どっちにいったのやら見当もつかず、適当にあちこち走り回るが、やはり姿が見えず。

 それにしても、失敗してしまった――と思った。美香は自分たちほど強くない。勝手に自分たちだけで盛り上がって、美香の気持ちも考えずに何をやってたんだろう、と思った。

 でも、「このままでいいはずはない」という考えは変わらない。これだけは美香に克服してもらわないと、この先の学校生活は辛いものになりかねない。

 

 どこに行ったかわからないが、多分家に帰ったんじゃないかと思って、いつもの通学路を走った。

 こんなとき都合よく見つかるはずもなく、現実はそんなに甘くはなく……のはずだったが、すぐに見つかった。別に隠れようとしてるわけではないから、そりゃ見つかる時は見つかるもんだ、と思った。

 涼子はしゃがみ込む美香のそばに近づいた。

「みっちゃん……」

 美香は俯いたまま、小さな声でつぶやいた。

「涼子……わたしね、昔から運動が苦手だったんだ。背が小さいし、ノロマだし」

「それだけがすべてじゃないよ。みっちゃんは絵を描くのが上手だし、私は尊敬してるんだ」

「絵なんかじゃだめだよ。運動ができないとだめなんだよ。だからわたしが練習とか、がんばっても意味がない……むだだよ」

 美香は完全に諦めきっているようだった。努力しても無駄。報われるわけない。何をやっても無駄なんだ、という考えに支配されている。

 それはそうかもしれない。報われない努力なんていくらでもある。涼子の大人になって以降の記憶――科学技術の研究分野で働いていくことになるが、何度も何度も失敗を繰り返してきた。手探りの研究なんて、うまくいかないことの方が遥かに多い。でも諦めなかった。ただひたすらにその道に情熱を注ぎ、その先に成功が待っていたのだ。

 だから、美香には諦めずにがんばってほしかった。無理をしなくてもいい、ただできる範囲でがんばってほしい。危なくなったら私たちがいる。友達がそばにいる。それを美香にわかってほしい。

「そうやって逃げてるばっかりじゃ、何にもできないよ! あいつらに一泡吹かせてやろうよ!」

「そんなに簡単にできない……」

「簡単じゃない、それはわかる。でも走るべきだよ! みっちゃんを悪くいうやつなんて、思いっきり走って走って走りまくって、弾き飛ばしてしまおう! みっちゃんひとりで走るんじゃないよ。裕美とリエと私が一緒に走るんだ。みんな一緒なんだよ!」

「涼子……」

 美香は少し不安そうではあるが、涼子の勢いに少し勇気づけられたのか、どこか表情に明るさが戻ったようだった。

 美香は立ち上がり、涼子と一緒に学校に戻っていった。

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