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昭和六十年の夏休み

 今日は楽しい夏休み。そう、夏休みなのだ。

 今日は八月一日、木曜日。夏休みはまだまだ一ヶ月もある。長い長い休みである。

 はぁ……子供はいいねぇ。


 朝、目が覚めると、もう部屋の中は明るい。窓が開けられていて、朝の爽やかな空気が部屋の中にも入っていた。母の真知子が布団にいない。いつも一番早く起きて、窓を開けてくれる。

 枕元の目覚まし時計は午前六時前。六時半からラジオ体操があるから、ちょうどいい時間だ。

 壁の向こうから生活の音が聞こえる。真知子が朝食を作っている音だ。部屋の中を見ると、父の敏行はまだ寝ていた。よく見れば、弟の翔太も布団だけ残して部屋にはいない。もう起きていたようだ。

 廊下を歩いていくる音がして、部屋の引き戸が開いた。入ってきたのは真知子だ。

「涼子、おはよう。もう六時よ。早くご飯食べて、ラジオ体操にいってきなさい」

「はぁい」

 涼子は子供部屋に行って、服を着替えると、すぐに居間へ行った。居間ではすでに翔太が朝食を食べていた。翔太は意外と目が覚めるのが早い。こうして涼子より先に朝食を食べていることもよくあった。しかし、テレビに夢中で、箸が止まっている。

 映っているのはニュースで、小学生の関心を惹きそうな番組ではないように思うが、翔太はとにかくテレビが大好きで、こういう報道番組も、内容がわかるかどうかはともかく見入ってしまう。真知子はこれが気に入らないようで、食事中にテレビをつけることを嫌う。

「こら、早く食べなさい。テレビばっかり見てると、ラジオ体操に遅れるわよ」

 真知子が居間に顔を出し、テレビに目を奪われている子供たちを叱った。そして、「お父さん、そろそろ起きないと、朝よ!」と部屋の向こうから声が聞こえた。敏行を起こしているようだ。

 ふたりとも朝食を食べ終えると、すぐに子供部屋に戻ってラジオ体操のカードを取り出した。涼子と翔太は通している紐で首にぶら下げると、子供部屋を飛び出した。

「お母さん、行ってきまぁす!」

「車に気をつけるのよ」


 涼子は翔太を連れてラジオ体操に行く。場所は毎年同じ、学校の校庭だ。ガキンチョは道中すぐにあれこれ目を奪われる。

「翔太、何やってんの。置いてくよ」

「おねえちゃん、まってぇ!」

 少し早足で歩いていく姉に気がついて、慌てて走って追っていく。

 顔見知りのお婆さんに遭遇して、挨拶する。

「おはようございまぁす」

「おはようねぇ、涼子ちゃんは元気がいいねえ」

 朝早いので人はまだ少ないが、こうして見かける人もいる。


 学校までやってくると、校庭の一角に子供が数人いるのが見える。翔太と仲のいい男の子が、翔太を見つけて駆け寄ってくる。翔太も嬉しそうにその子に向かって走っていった。涼子の方も、近所に住む小学五年生と三年生の姉妹が涼子を発見してやってきた。学年は違うが、いつも一緒に集団登校している仲のいい子たちだ。

「涼子ちゃん、おはよぉ」

「おはよ、まぁちゃん、さっちゃん」

 涼子も笑顔で挨拶を返した。そうしていつも通り、他愛ない雑談が始まる。


「ねえ、なんかちょっと減ったよねぇ」

「減った?」

「うん、昨日だったらもう十人くらいいたけど、まだ五人くらいしかいないし」

「ああ、ほんとだ」

 よく見れば結構まばらだった。

 まだ来ていない子がいるので、もう少し増えるはずだが、だんだん数が減っていた。理由は単純で、子供が自宅にいないからだ。旅行に行ったり、親戚の家に泊まりに行ったり、七月ではまだ多くはなかったが、八月に入る頃にはだんだん欠席者が増えてきたようである。涼子も盆には祖父母の家に泊まりにいくので、その数日は欠席となる。

 そういえば、二、三日前から友達の太田裕美はいない。県外の親戚の家に泊り掛けで出かけていた。東京の親戚宅らしく、東京タワーにも行く予定だと、嬉しそうに語っていた。

「裕美ちゃん、確か東京だって? いいわよねえ。私も行ってみたいなあ」

「そうだよねぇ。私、東京なんて行ったことないんだよね。うらやましい」

「原宿のホコ天すごいでしょ。いいなぁ、私も行きたいなあ」

「ホコ天かぁ……」


 八十年代、東京の原宿などのホコ天(歩行者天国)でド派手な服装で踊りまくるのが若者たちで流行になっていた。若者たちはチームを作り、それぞれに独自の振り付けで踊った。見物に来る人も増え、数千人規模の人で溢れかえっていた。

 竹の子族と呼ばれる彼らの全盛期は八十年代初頭の頃で、この頃にはそろそろ下火になりつつあったのではないかと思われるが、田舎の子供には、まだ流行の最先端のイメージがあるのだろう。

 未来の記憶がある涼子には、あの奇抜なファッションはさすがにダサい印象しかない。昭和六十年のヤングたちにとっては、ナウいのかもしれないけど。


 ああだこうだと話しているうちに、ラジオ体操の時間になった。涼子たちも話をやめて、他の子と一緒にラジオ体操を始めた。

 


 ラジオ体操から帰ってくると、まだ朝早くそんなに暑くない。七月の頃には、この時間帯に宿題をやっていた。が、もう半分以上終わっているので、毎日の日課であるアサガオの観察日記を描いたら、まだいくらか残っていた漢字ドリルなどをやった後、子供部屋で漫画を読んでいる。

 ちなみにまだ写生や自由研究などの宿題は終わっていない。写生は後日、西大寺観音院で「夏休み写生教室」があるので、それに参加する予定。自由研究は先ほどの通り、アサガオの観察である。現在進行形だ。

 涼子の読んでいる漫画は「銀曜日のおとぎばなし」の単行本だ。数日前に友達の奥田美香から借りて読んでいる。涼子たち小学生はやはり小遣いが少なく、漫画単行本を一冊買うのも大変だ。涼子の一ヶ月の小遣いは五百円であり、とてもじゃないが漫画単行本を買うのは厳しい。なので出かけた折に買ってもらうか、古本を買うかの場合が多い。そして友達同士で回し読みだ。

 今日は友達では、村上奈々子、津田典子、太田裕美など特に親しい子たちが家にいない。みんなどこかしらに出かけている。先ほどの漫画を借りている奥田美香は、出かけているという話は聞いていないが、今日は特に遊ぼうとは思わなかった。


 午前十時ごろ、十時のおやつを食べながらテレビを見る。十時からは、テレビアニメ「あさりちゃん」の再放送があった。

 おやつは「チューペット」だ。あの真ん中で折れる細長い、凍らせて食べるあれだ。いつも冷凍庫に数本入れてあり、夏時期のおやつとしてよく出てくる。有名なのが、この前田産業の「チューペット」だが、類似した製品は他社からも複数発売されている。

 当然ながら、涼子が食べているのが、前田産業の「チューペット」とは限らず、涼子たちの間では、この種の商品をすべて「チューチュー」と呼んでいた。藤崎家では、真ん中をハサミで切って、翔太とふたりで分けることが多い。

 余談だが、本来は凍らせて食べるものではなかったらしい。実際には商品の種類は氷菓子ではなく、「清涼飲料水」となっていた。


 おやつを食べ終わり、あさりちゃんを見終わると、続いて「宇宙刑事ギャバン」の再放送があるが、翔太はともかく涼子は興味がないので、やっぱり外に遊びに行くことにした。

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