金子軍団
涼子は朝倉と仲違いしていた。この間の因果の件で、結果的に朝倉たちの作戦を妨害したことになり、朝倉とは口も聞いていない。
他のメンバーたちとは特にそういうことはないが、朝倉だけはどうも仲違いしたままだった。もともと人当たりのいい性格ではなく、偏屈なところがあり、お互いに意地を張ってしまう。
もうひとつ、どうしたらいいかわからない困ったことがある。加藤早苗だ。彼女は、どうやら未来から遡行してきた未来人のようで、しかも世界再生会議のメンバーだったようだ。
しかし、普段はその正体を隠しているようで、学校では今まで通りに振る舞っていた。正体を知っている涼子や横山佳代たちに対してもだ。なので涼子も同じように友達として接することになり、どうもやりづらい。
今回、どうも人間関係がおかしくなってしまっている。
そういえば、金子芳樹ともあれ以降、特に話をすることはない。お礼を言われたと言っても、仲良くしようとは思っていないのだろう。特に硬派な印象のある芳樹は、女子と仲よくするなど考えられないのかもしれない。
が、芳樹はこれまでより、学級に溶け込んだような印象がある。その証拠が……昼休み、教室の片隅で数人の男子たちに囲まれて和気藹々としている。特に親しくしているのが、小林英樹と安田明彦だ。ふたりとも悪ガキタイプの男子で、芳樹と仲よくなるならコイツらだと誰もが感じるが、果たして実際にそうなった。
ふたりは芳樹のことを「カッちゃん」と呼び、芳樹はふたりをそれぞれ「ヒデ」「アキ」と呼んでいる。また、教室が違うが、同じ再生会議のメンバー、田中秀夫もやはり仲がいいようだ。また、同じく教室が違う、宇野毅や波多野浩二などの悪ぶった男子も親しいというか、芳樹の子分みたいになっている。
金子芳樹とその舎弟たちは、最近「湘南爆走族」にハマっているらしく、暴走族や不良の真似事をやっている。安田の兄がお気に入りらしく、影響を受けた安田が周りに勧めていたようだ。
休憩時間に、オートバイに乗っている真似をしながら、「ブォン、ブゥゥン!」だとか叫んで教室中を走り回る。はた迷惑な行為で、特に女子は眉を顰めており、頭にきた同級生が注意して喧嘩になりそうになったこともある。
ちなみに各自の自転車を「単車」と呼び、暴走族ごっこをやっているようで、学校外でもはた迷惑な連中である。
「俺たちゃ由高爆走族だからヨォ、オメェら行くぜ!」
「ユタバクじゃあ! どけぇ!」
今日も芳樹たちは、オートバイの真似をして廊下を走り回っては先生に怒られている。どこか吹っ切れたような様子で、これまででは考えられないくらい子供っぽいことをやっている。
涼子は相変わらず迷惑に感じながらも、芳樹が少しでも学級に溶け込んでいるのはいいことだな、と思っていた。
放課後、朝倉たちのところに金子芳樹がやってきた。すでに多くの生徒が教室を出ており、五、六人が残っているくらいだった。朝倉は日直だったので、帰る前に日直の仕事をやっている。
「オゥ、朝倉。ちょっとツラぁ貸せ」
「なんだ? ふん、用があるならここで話せ」
朝倉は芳樹の方を見向きもせずに、黒板の日にちを消している。このふたりは特に仲が悪い。もっとも、朝倉はとにかく人付き合いが悪い。親しいのは一部で、友達の多い悟とは真逆である。
「ケッ、どこまでもいけすかねえ奴だ。まあいい。……俺は組織を抜けた」
「なに?」
思わず声が出て、初めて芳樹の顔を見た。
「あのクソ野郎の手助けはするつもりはねえ。——でもな、それはテメェらも同じだ。俺はは、今日から『金子軍団』を結成する。因果だとかそんなもんはどうでもいい。気に入らねえモンは全部ブチ壊す!」
「……ふん。貴様、再生会議を抜けても邪魔するつもりか?」
「当然。俺は公安の犬じゃねえ。天下無敵の『金子軍団』だからな」
芳樹は朝倉の顔を鋭く睨みつけて、ニヤリと笑うとそのまま立ち去っていった。
「——金子くんが再生会議を抜けたと?」
加納慎也は、朝倉からその話を聞いて驚いているようだった。あまり表情が変わらないのでパッと見驚いているように見えないが。
「敵が減ったことは好ましいようだが、面倒な感じもする」
「何をしでかすかわからないですからね。しかし今回の件では、世界再生会議は相当揉めているような感じがします」
「そのようだな」
ふたりの表情は、あまり楽観的ではない。邪魔をしてくる敵が混乱しているので明らかに有利なのだが、それでも気を緩めるわけにはいかない。金子芳樹の動きも気になるが、一番の問題があった。
それは、因果の内容が変化しつつあるということだ。朝倉は、必要な因果の内容をすべて頭に入れて未来からやってきた。が、これが当てにならなくなる可能性があるのだ。こうなると完全に手探りであり、もはや正しい未来に導くのは不可能ではないかと思えてくる。まあ、これは世界再生会議にしても、自分たちに都合のいい未来に変えることが難しくなることでもあった。
「あと、藤崎もどうにかしないと……」
朝倉は渋い顔をして言った。怒らせてしまったため、どうにかして関係を修復したいと思っていた。冷静になってみると、このままではまずい。今後邪魔をされるとか、そういうことはないとは思うが……しかし涼子の暴走を放置するわけにはいかない。難しい対応が迫られていた。
「思い切って、謝ってしまえばどうですか?」
「馬鹿を言うな。こちらが間違っているというならともかく、そうではない。向こうが謝るなら、聞いてやらないでもない」
朝倉は頑なだ。正直、こんなことで意外と子供っぽい面もあるようだ。
「……こちらがどうにかするんじゃないのですか?」
加納は、これはなかなか仲直りできそうにないな、と思った。
一方、涼子の方も頑なだった。
「言いたいことは分けるけど、あんなにも言われる筋合いはない!」
涼子に強い口調で言われた悟は、困り顔のまま言い返せなかった。
「私もそう思うわ! だって、何様って感じじゃない!」
横山佳代も涼子に賛同している。いつの間にか、一緒になって朝倉批判だ。少し間を置いて、悟が言った。
「……それはそうなんだけど、今は仲違いしている場合じゃないと思うんだ。それに、隆之も未来を思ってのことなんだ。それもわかってほしい」
「私はそんなこと知らない!」
何を言おうと取り付く島はない。これは思ったより長引きそうだ、と悟は心配になった。
いろんな問題が出てきた。ある程度予想はしていたものの、やはりそう簡単にはいかない。しかし時は流れていく。限られた時間の中で、最大限のことを目指してやっていかなくてはならない。
悟の心配は尽きそうにない。