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 板野章子は、門脇の声が聞こえてくるスピーカーを掴むと、それを思い切り放り投げた。コードが繋がっているので、途中で引っ張られてその場に落ちた。

「出て来いってのがわからないのっ!」

 激昂して吠える章子だが、壊れてしまったスピーカーの代わりに、また別のところから門脇の声が聞こえてきた。

「ふふふ、すいませんね。あなたたちの前に出るわけにはいきませんね」

「どこにいる!」

 ふたたび叫ぶが、今度はもう反応がない。章子と同じ、宮田の側近たち数名がやってきて、周囲を見回すが門脇の姿は見当たらない。もう何処かに去ったようである。側近のひとりが、腹立ち紛れにパイプ椅子を蹴飛ばした。大きな音を立てて転がった。


「——愚かね、裏切り者」

 そう言ってやってきたのは、加藤早苗だ。彼女は涼子の友達でありながら、実は門脇の側近でもあった。

「ふんっ! どっちが裏切り者か。あんたたちがなにを考えているか、わかってんのよ!」

「あらそう? ふふふ、まあいいわ。いずれ……」

 それだけ言って、早苗はその場を立ち去った。

「ま、待ちなさい!」

 止めようとするが、無視して行ってしまった。いつもそうだが、彼女は行動が素早い。

「ぐぬ……あの女……」

 章子はどうも手玉に取られているようで、腹が立ってしょうがない。しかし、門脇もおらずどうもならないので、また集会部屋に戻ってきた。


 が、その時……向こうから突如声がした。金子芳樹だった。

「よぉ、オメェら。相変わらずだな」

 突然姿を見せた芳樹に、再生会議の構成員たちは、驚きの声をあげた。芳樹と親しいメンバーのひとりが声をかけた。

「よ、芳樹。弟は助かってよかったな。因果を妨害できたし最高だったぜ」

「ふっ、ありがとよ」

 芳樹はひと言だけ答えてニヤリと笑みを浮かべると、そのまま部屋の真ん中を歩いていく。それを避けて道を譲る構成員たち。

「ふ、ふふ……金子くん。今回はうまくいった。君の弟も助かった。最高ではないか」

 宮田は少し顔をひきつらせながらも、平静を装いながら言った。

「ああ、よかった。よかった……って、ウルセェ! クソヤロウッ!」

 芳樹は、突如として鬼の形相になり、そのまま宮田の前にあった小さな机を蹴飛ばした。それが宮田の方に倒れ込み、床と机に挟まれた。

「な、なにをする!」

「テメェ——よくも弟を殺そうとしたな。本当だったらヨォ、オメエをこの場でぶっ殺してもいいけどな、まあ和樹は助かったら止めといてやるわ」

 芳樹は、ポケットから果物ナイフを取り出して、机の下敷きになっている宮田の首筋に当てた。宮田は恐ろしさのあまり、顔から血の気が引いている。

 それを見た他の者たちが、血相を変えて叫んだ。

「おい芳樹! なにをしやがる!」

「やんのか、コラァ!」

「うっ……」

 芳樹の凄まじい形相に、誰も手出しできない。金子芳樹は喧嘩も強いが、平気で人を殺しにかかるような危険な雰囲気を常に漂わせていた。その殺気ともいえるような雰囲気には、小学生どころか中学生、高校生の悪ガキすら恐れさせた。

 芳樹はナイフをしまうと、大勢いる世界再生会議の構成員たちに向かって言い放った。

「俺は組織を抜ける」

 場は騒然となった。金子芳樹ほどの者が組織を抜けるとは——と驚きを隠せない者も多い。しかし、例の件を考えると、いずれそうするだろうと予想していた者も多かった。

 ようやく机の下から這い出した宮田が、慌てて言った。

「ま、待て! もういいじゃないか。済んだことだ!」

 この後に及んでという気もするが、宮田は引き留めようとした。

「ふざけたことを言ってんじゃねえぞ、クソ野郎! 俺の邪魔をする奴はヨォ、全部ぶち壊す! ……覚えとけ」

 芳樹の迫力に、その場の全員が黙った。

「あばよ」

 芳樹は立ち去ってしまった。



 翌日、金子芳樹が学校にやってきた。相変わらずの様子で、近寄りがたい空気を全身に纏っていた。

 持田が少しビクビクした様子で声をかけた。

「や、やあ金子くん。弟、たすかったって聞いたよ。よかったねえ」

「おう」

 芳樹はそれしか言わなかった。

「は、はは……い、いやぁ、ほんとによかった、よかった」

 持田は頭を掻きながら、そそくさと自分の席に戻った。みんな、持田はなにがしたかったんだ? と思ったが、それでも率先して声をかけるのは、ちょっとすごいと感じていた。

 芳樹は自分の席に向かわず、窓際の女子が数人いるところに近づいた。そこには涼子がいた。

 芳樹は涼子のそばにやってきた。無表情で、相変わらず攻撃的な顔つきである。

「藤崎——」

「金子くん……」

「和樹を——弟を助けようとしてくれて、ありがとう」

 芳樹はそれだけ言って、今度こそ自分の席に向かった。みんな目を丸くしている。涼子も突然お礼を言われ、「一体なにが起こったのか?」という顔をしていた。

 朝倉は遠くでその様子を見ていて、普段のクールさを失っていたし、涼子のそばにいた奈々子は、チャイムがなるまで固まったまま唖然としていた。



 この一件以降、涼子の存在はより一層、一目置かれることになってしまった。

 同級生たちは、「あの金子芳樹に感謝されるほど」「勉強ができて運動神経抜群、おまけに金子芳樹まで」「藤崎涼子に何かあると、金子芳樹に復讐される」などと、ある意味恐れられた。

 別に近寄りがたい存在になったとかいうわけではないが、男子に揶揄われたりするようなことはなくなった。まあ、一時的なものだろうが。

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