それぞれの不協和音
昼休み、朝倉たちは体育館裏で臨時集会を開催した。涼子も呼ばれた。正直、なんの話か想像がついたので気乗りしなかったが、やむなく行った。
「——なんのつもりだ、藤崎!」
朝倉は開口一番、涼子に対する不満をぶちまけた。予想通りの言葉に気が滅入ったが、自分のやったことは間違っていないと信じている。しかし、朝倉たちを裏切ってしまったのは事実だ。それだけに返す言葉もない。
「な、なんのつもりって……」
「金子和樹が助かった。まあ、罪もない子供の命が救われたというのは喜ばしいことだと言いたいだろう——が、今回は事情が違う! これが後の未来にどう影響するかわからんのか!」
普段あまり見せない剣幕に涼子はたじろいだ。気が強い涼子も、こう厳しく責められるとさすがに辛い。横山佳代も不安そうに事態を見守っている。
「ちょっと待つんだ、隆之!」
さすがに状況を察してか、及川悟は慌てて間に入った。
「悟は黙っていろ! ——いいか、藤崎。世界再生会議が裏で世界を支配する未来はな、表面上は特にどうというでもなく平和そのものだ。しかし、その裏では、相当に悪どいことをやっている。人の命を奪うことだってだ。再生会議があることで、今後失われる命だってある。そんな未来へ、お前はしようとしたんだ!」
「そんなこと……でも……」
「確かに、今回のことで悪い未来が確定したわけではない。しかし、これを本来の未来へつなげていくのが非常に困難になった。今後、金子和樹が死ぬ機会はない。再生会議はとてつもなく大きな助けになったはずだ——」
「隆之、言いたいことはわかる。でも、人間はそれだけで行動できるものじゃない。ましてや涼子ちゃんは、僕らのように目的を持って過去に遡行してきたわけじゃない。それは隆之だってわかっているはずだ! 僕らと同じように考えるのは行き過ぎだ!」
悟はかなり強い口調で朝倉に反論した。普段は温厚で、怒る姿など見ることがないだけに、朝倉だけでなく、その場の全員が驚きで固まっていた。
しかし朝倉は、それでも治まらないようで、さらに反撃した。
「やっていいことと悪いことがある! 我々はなんのために過去にやってきた? 元の未来に戻すためだろう! そんな半端なことでは未来など取り戻せるか!」
朝倉と悟はとうとう口論になってしまう。どちらも一歩も譲らないようで、そんな中、涼子は何も言えずただ俯いて黙っていた。それを見た佳代は、涼子の肩を持って慰めた。
「涼子、もう終わったことだし、今回はしょうがないよ。私もミーユも、やっぱり助かってよかったって思ってるのよ。だからさ、今回はしょうがない——」
「なにっ! おい、横山! 貴様、何を言ってるんだ!」
佳代の言葉に、佐藤信正が反応した。
「なによ、なんか文句でもあるわけ?」
「藤崎はしょうがないとして、お前たちは何のためにここに来た? ふざけるな!」
「ふざけてなんかないわよ! そもそも人の命をなんだと思ってんのよ!」
「ちょ、ちょっと! やめなよ」
矢野美由紀がふたりを止めに入った。朝倉と悟にも、岡崎謙一郎が止めようとしている。
そんな連中たちを尻目に、涼子はだんだん腹が立ってきた。
「勝手なことばっかり言わないでよ!」
突然の大声に、全員が涼子を見た。
「そもそも、あんたたちが言っていることだって、本当かどうかなんてわからないでしょ!」
「なにを言っている!」
朝倉が声を荒げた。
「私は、未来の記憶でも『世界再生会議』なんて組織、聞いたことないもん! あんたたちだって、正しいとは限らないでしょ!」
涼子は涼子の生きてきた世界の記憶だけだ。その中に置いて、世界再生会議だとか、裏で世界を支配しているだとか言われても、そんな記憶などない。いまいちピンとこないのは当然だった。
「涼子ちゃん……」
悟がつぶやく。その時、昼休みが終わるチャイムが鳴り始めた。
「もう、知らないっ!」
涼子はそのまま走って行ってしまった。
放課後、世界再生会議のメンバーはいつもの集合場所に集まって、朝倉たち同様に、集会がされていた。こちらも険悪な雰囲気が漂い、嫌な空気がメンバーたちを包んでいた。
「——言うまでもないですが、裏切り者がいます」
いつも通り、仲間に姿を見せずに話始める門脇。
「だっ、黙れ! 門脇!」
宮田は顔を真っ赤にして叫んだ。
「それはこちらの言葉です。金子和樹が生きていたからよかったものの……これはどういうことか、説明してもらわないといけませんね」
門脇の口調は相変わらず淡々としていた。宮田も少し冷静さを取り戻し、落ち着いた口調で反論した。
「ふん、門脇。この因果は我々の思い通りになった。それになんの問題がある?」
「ええ、確かに上手くいきました。金子和樹が事故で亡くならずに済んだのですから。しかし……我々の作戦を妨害したものがいますね。これについて説明が欲しいのですよ」
壁の向こうから聞こえてくる門脇の声。いつものことではあるが、不快に思う構成員たちも少なくない。
「君の作戦では不十分だったのだよ。門脇くん」
宮田は負けじと余裕の態度で言った。
「不十分。どういうことですか?」
「結局、事故現場は別のところだった。そして、これは私が調べたことなのだよ。君ではなくてね」
「それはしょうがないでしょう。これまでも違いが様々ありました。因果の妨害に失敗することも多々あったわけですから、完全はありませんよ」
「それはそうだよ。しかしだな、私はさらに『神託』を求め続けたのだ。そして……あの地点を導き出した。私のおかげでね」
「それはたまたまだったのでは?」
「違うっ! 貴様! この私のすることに文句でもあるのか!」
突如、宮田が激憤した。馬鹿にされたような気がしたためだ。彼はプライドだけは以上に高い。馬鹿にされるのを人一倍嫌う。
ちなみに——宮田が密かに『巫女』を使って調べたのは間違いないが、実はこれは正確な話ではない。二、三候補地点が出されたが、あとは当てずっぽうだったのが、たまたま正解だったというだけのことだった。
また、どうしてここまでして調べ上げていたのかというと、この因果の後、学校での自分へのいじめを回避したいがためだ。本来は宮田の親が運転する車で和樹を撥ね、親が逮捕される。これがきっかけで、同級生たちからいじめられるはずだった。
回避するためには何かいい方法はないか、それを必死になって考えた結果だった。逃げたと思われたくないから、どうも信じられんと疑問を呈し、それで『巫女』で予測させた結果、こうなったという体にしたということだ。
「やれやれ、困ったものですね」
「なに、貴様! ば、馬鹿にしやがって!」
宮田は机を叩き、門脇の声が聞こえる壁の向こうを睨んだ。同時に、宮田の腰巾着である板野章子が怒鳴った。
「いつもいつも……姿を見せなさい、門脇!」
章子は部屋を飛び出し、門脇がいるであろう壁の向こう側に回り込んだ。いつもは禁じられていたが、この後に及んで許せなくなったようである。
「な……」
そこには門脇の姿はなかった。見ると、パイプ椅子の上にスピーカーが載せてあった。そのスピーカーから声が聞こえてくる。門脇の声だ。
「無駄ですよ。しかし、あなたたちが組織を裏切ろうとしたことは把握しています。ふふふ……このままでは済まないでしょう。君も宮田さんもね。ふふふ——」