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必死な思い

 涼子は全力で走った。金子芳樹の弟を助けるために。

 その場所は、同級生の小林秀樹宅の近くだ。小林とは特に親しくないが、友達の真壁理恵子の家に向かう途中にある。何度も通っているので場所はよく知っていた。


 途中、先の三叉路の片方から、三人の小学生が走ってくる。よく見ると、朝倉たちだった。朝倉と横山佳代、矢野美由紀の三人だ。向こうも涼子に気がついて、こちらにやってきた。

「おい、藤崎。こっちは今、どうなっている?」

「ど、どうしたって……いや、その……」

 涼子の返事は鈍い。それはもちろん、今の涼子は朝倉たちとは逆のこと……因果を妨害しようとしているからだった。

「金子和樹が見当たらない。お前も探しているんじゃないのか?」

「そ、それはそう……なんだけど」

 やはり口籠る涼子に、今度は佳代が声をかける。

「涼子、あっちからやってきたけど、何かあった?」

「ううん、何も」

「まあいい、向こうを探そう。とはいえ――ここまでくると、もうどうなっているかわからんが」

 朝倉が憎らしげに顔を歪めた。予定通りにことが進んでいないので、どうなっているのか予測ができない。本来なら「こうすれば、ああなる」という、言うならば「予定されたイベント進行」があるのだが、現状では一寸先は闇である。

「私、あっちへ行ってみる。みんなは向こうを探してみて」

 涼子が言った。

「藤崎ひとりで行く必要はないだろう。矢野、藤崎と一緒に」

「わかったわ」

 美由紀が返事するが、涼子は慌てて遮る。

「ああ! あっちは私だけでいいから、みんなで向こう探して見てよ」

「どうしてだ? 何かあるのか?」

 一転、朝倉が涼子に疑念の目を向ける。

「どうもないけど……あの……」

「おい――」

 朝倉が喋ろうとしたその時、知っている小学生が彼らの前に飛び出してきた。


「追いついたわよ、クソガキども!」

 そこに現れたのは、板野章子だった。普段のすました印象はもはやなく、目を尖らせて敵を剥き出しにしている。

「お前は板野章子か、何がクソガキだ、邪魔はさせんぞ!」

 朝倉は章子の前に立ち塞がる。しかし……なぜか突然、落ち着いた表情に切り替わり、朝倉たちを一瞥して言った。

「ふふふ、勘違いしないでよね。私はあんたたちに協力してやろうっていうのよ」

「どういうことだ?」

 予想だにしない言葉が飛び出し、何事かと驚いている。

「ま、驚くのも無理ないわね。でもウチにも色々あってね。今回は味方してあげるわ」

 そうは言われたものの、それを完全に鵜呑みにはできない。何か謀略が潜んでいるんじゃないかと、朝倉たちは疑っている。

 そのことを理解しているのか、章子は「疑うのも無理はないわねえ」と不敵な笑みを浮かべつつ言った。

「今回の因果は踏んでもらわないと困るのよね。この先で金子和樹は車に轢かれる。そして、そこに金子和樹を誘導するよう裏で作戦を進めていたのよ。でも――どうやらそれを邪魔する奴がいた見たい。それを止めようとここにやってきたわけ」

 板野章子は、涼子を指差して言った。

「――そこの裏切り者を止めにね!」

「何?」

 それを聞いた朝倉たちは、一斉に涼子を見た。

「藤崎涼子は、あんたたちを裏切って、因果を妨害しようとしているのよ」

「なんだって? 馬鹿も休み休み言え」

「涼子? どういうこと?」

 普段なら涼子を疑うことなどないだろうが、先ほどの挙動不審な態度が、みんなの疑いを増幅させている。涼子は慌てた。そもそもこんなところでグズグズしている暇はない。早くしないと、和樹が車に轢かれてしまう。

「みんな、ごめんっ!」

 涼子は駆け出した。

「えっ? 待って、涼子!」

 横山佳代や矢野美由紀は戸惑いを隠せず、涼子を呼び止めようとする。しかし涼子はそれに構わず走っていく。

「追うんだ!」

 朝倉の声に、佳代と美由紀は後を追って走り出す。朝倉は章子を見張るように、その前にたちはだかっている。しかし章子は余裕だ。

「もう遅いわよ。そろそろ時間だし」

「聞きたいことがる。いったいどういうことになっている? こちらの手助けをしても得になることはないだろう」

 朝倉は章子に尋ねた。

「この先のところで金子和樹は交通事故にあって死ぬ。何度か予測して、複数の結果を統合した予測では、そこが金子和樹の死場所よ。これは『巫女』の予測だわ。宮田さんがちゃんと調べてあるのよ」

 これまでにも因果を踏み損ねることは何度かあった。それが後に影響して、本来とは違う場合もあった。こういった場所のズレなどは、あってもおかしくはない。が、わからないのは、どうして仲間割れしているのか。主導権争いでも起こったか? と、朝倉は考えた。

「なんにせよ、お前がどうかはともかく、藤崎が因果の邪魔をしようとしているのは、間違いなさそうだ」

 朝倉はこの場を離れて、涼子を追うことにした。何か揉めている可能性があるようだが、まずは目先のことを済ませないといけない。すぐに走っていく。

「まったく、もうタイムリミットなのに。バカな連中だこと」

 ニヤニヤしつつ、朝倉の背中を見送る板野章子。しかし、すぐに目の色が変わる。慌てて飛び出してきたのは、章子と同じく宮田の腰巾着のひとりだった。目の色を変えて怒鳴る。

「何やってるんだ!」

「何がよ? もう余裕でしょ」

「奴らはどうなった?」

「もう時間過ぎてるのに、焦って行っちゃったわ。本当、バカな連中」

 章子は余裕の表情だ。が、仲間は腕時計を見ながら少し焦りを滲ませながら言った。

「まだだ! さっき、他の奴が「宮田さんから、時間が違っている」という連絡を受けてきた。後八分だ」

「なんですって? くっ!」

 章子はみるみる顔を真っ赤にしていった。そして焦りが湧き上がると、仲間を置き去りして一目散に涼子たちの後を追った。



 ——もう少しで見えてくる。

 涼子はこの、もうちょっと先にある本当の現場へ急ぐ。そこには金子芳樹の弟、あの優しい少年、和樹が近くにいるはずだ。そして、そこで起きる交通事故を防ぐ。

 突然、横から板野章子が飛び出してきた。

 道なりに大回りして進む涼子に対して、追いつくために、畑の中を横切って一直線に追いついてきたようだ。実際、足元は泥だらけだった。

「や、やらせるか!」

 ゼェゼェと息を切らせながらも、涼子に思い切り体当たりする章子。そして転げる涼子。そのまましがみつき、涼子を拘束した。

「離してよ!」

「離すわけないでしょ!」

 必死にもがく涼子だが、章子も必死だ。なかなか振り解けない。涼子はその先を見た。金子芳樹の言っていた地点が向こうに見える。

 ——あそこだ。もうすぐそこなのに!

 執拗にしがみついて邪魔をする章子に、涼子はどうにもならない。

 しかし、ふとその時、視界に少年が入った。その姿は——金子和樹だった。今この場にやってきたのだ。何も知らず、命が奪われようとする少年が、まさにそこに近づいている。

「和樹くん!」

 涼子は大声で呼ぶが、反応がない。ここでは遠すぎるようで聞こえていないようだった。

「黙りな!」

 章子は涼子の口を塞ごうとする。それを払い除けようとする涼子。

 そこへ、また少年が駆け抜けていく。金子芳樹だった。芳樹は涼子と章子を一瞥するが、そのまま無視して通り抜けた。

 そんな芳樹に向かって涼子が叫ぶ。

「金子くん! あそこに和樹くんがっ!」

「わかっている!」

 走り去りながら、涼子に答える芳樹。その時、板野章子の拘束が緩んだ。涼子はすぐに章子を突き飛ばすと、起き上がって駆け出した。が、今度は朝倉たちだ。

「藤崎! お前!」

 朝倉は怒りの表情だ。無理もないだろう。

「どけっ!」

 芳樹は、朝倉の懐に軽々と飛び込むと、思い切り頭突きをくらわした。跳ね飛ばされて尻餅をつく朝倉。身体能力の差は歴然で、朝倉ではとても歯が立たないようだ。しかし、横山佳代と矢野美由紀の女子ふたりが芳樹の前に立ち塞がる。

 身体能力に優れる美由紀がうまく体をかわして、芳樹の足をひっかけた。回避しきれず転倒する芳樹。そこへふたりがかりで押さえつけた。

「畜生! どけっ、このクソやろう!」

「はっ、離すもんですか!」

 どこか釈然としない表情ながらも、必死に芳樹を押さえつける佳代と美由紀。

 しかし、その脇を涼子は走った。一瞬、みんなの頭から存在が消えていた、その隙を涼子は見逃さなかった。そして叫ぶ。

「和樹くん!」

 その声が届いたのか、和樹は振り向いた。涼子は、助けられると思った。この先、相当な困難が待ち受けようとも、目の前にいる小さな子を助けられると思った。


 ――が、その思いは届かなかった。


 涼子の目の前で、その少年は車に撥ね飛ばされた。住宅の陰から飛び出してきた自動車が、目の前の少年を捉えた。

 数メートル先に無残に転がり、ピクリともしない黒いランドセルの少年。

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