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仲間割れ

 涼子は走る。金子和樹を探して。

 その涼子の前に少年が立ちはだかった。金子芳樹だった。

「どこへ行く気だ、藤崎涼子」

「金子くん、私は——」

「やらせるかよっ!」

 芳樹は、小学生離れした素早さで涼子の前に飛び出すと、その腹に一撃を加えた。その衝撃に気を失いそうになり、その場に膝をついた。すぐには起き上がることができず、しゃがみ込んだまま動けない。

「弟は——和樹は死なせやしないっ、絶対になっ!」

 涼子の前に立ちはだかる芳樹からは、凄まじい気迫が湧き上がっている。それに押され、身動きひとつ取れない。

「か、金子くん……ち、ちが……」

 必死の思いで声を出そうとするが、うまく言えない。

「あと二十分ほどだ。それまで和樹を守れたら——和樹は助かる!」

 叫ぶ芳樹を見上げながら、涼子は何も言えず動けないでいた。


「うぐっ!」

 芳樹は突然、背中に激痛を感じその場に倒れた。その後ろには、三人の人影が見える。

「もう終わりよ。金子芳樹」

 そう言って冷酷な視線で見下すのは、板野章子だった。その後ろにふたりいるが、どれも宮田に尻尾を振る取り巻きだ。

「て、テメェ……な、なんのつもりだ……」

「あんたたちの好きにはさせないわ。門脇にのせられて、奴の手足になって働くのはコリゴリなの」

「い、今頃になって……くそったれ!」

「あんたもあんたね。さんざん偉そうにして、宮田さんを蔑ろにして——調子に乗ってんじゃねえっ!」

 板野章子は、目を釣り上げて吠えると、思い切り芳樹の腹を蹴飛ばした。遠慮のない強烈な衝撃に、胃の中のものが飛び出してきそうなほどの痛みが走る。意識を失いそうになりながらも、章子の顔を睨みつけた。

 その様子を見ていた涼子は、目の前の状況に驚きを隠せない。

「何やってんの! あんたたち、仲間じゃないの?」

「仲間? はっ、バカ言ってんじゃないわよ。この調子に乗ったクソガキに言い聞かせてんのよ。誰が一番偉いのかってね!」

 章子は、ふたたび芳樹の腹を蹴った。芳樹の顔が苦痛で歪んだ。

「そ、そんな……とにかくやめなよ! 金子くん苦しそうじゃない!」

「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえ! 藤崎涼子、お前らに協力してやってんだ! 感謝くらいしたらどうなのよ!」

「きょ、協力って……どういうこと?」


「あたしたちはね、今回の因果が——門脇の謀略だったのよ。全部奴の思い通りになるよう、操作されていたってワケ。あたしたちはそれに使われていただけなのよ。ちょっと宮田さんより詳しいからって、偉そうに。……でもまあ、これで門脇の野望をひとつ消してやったわ。ザマアミロッてんのよ」

 板野章子は、そう言って大声で笑った。

「そ、そんな……」

 涼子には、言っていることの意味がよくわからなかった。ただ、仲間割れしているらしいことは、なんとなく感じとれた。

 そして、目の前の板野章子たちは、自分たちに協力しているという。だから、金子芳樹を妨害して、ああして暴力を奮っているのだろう。

 しかし、自分は違う。本当にその因果を踏まないとだめなものなのか、よくわからないことのために、あの優しい少年を生贄にはしたくないのだ。

 板野章子は不適な笑みを浮かべ、金子芳樹に向かって話し始めた。

「ふふふ、あんたの弟くん、もう終わりよ」

「なんだ……と?」

「前に言った場所、あんたが行くように言った場所。そこが金子和樹の事故現場なのよ」

「なっ! き、きさま!」

 芳樹は驚愕とともに、憤怒の表情で叫んだ。章子に騙されたことを悟った。

「こ、殺してやるっ!」

 芳樹は突如人間離れした気力を発揮する。芳樹を抑えていたふたりを振り払い、章子に掴みかかろうとした。しかし、それも持続することはできず、すぐに板野章子の仲間に押さえつけられる。

「ち、畜生っ!」

「もうおしまいよ。そしてあんたは用済み。ふふふ」


 その時、建物の向こうから突如女の子が飛び出してきた。

「何をやっている! 貴様ら!」

 血相を変えて現れたのは、加藤早苗だった。

「え? さ、さな……」

 涼子は驚愕した。見た目には変わらないが、その雰囲気は——間違いなく未来から来た「未来人」だった。しかし、早苗は涼子には目もくれず、板野章子たちを睨んでいる。

「あら、門脇の犬が何しにきたの?」

 章子は憎たらしげに、刺のある言葉で言った。

「お前たちが裏切り者か!」

 早苗は、作戦が始まって以降、どこか様子がおかしいことに疑問を抱いていた。まさかとは思っていたが、やはりこういうこととは。

 しかし、何を思って裏切ったのか。それは板野章子たち面子を見れば一目瞭然だった。三人とも宮田の腰巾着だ。おそらく宮田の差し金だとすぐに想像できた。

 恨めしそうに見る加藤早苗に、板野章子が言った。

「あと十分くらいかしらね。私たちの勝ちよ」

「何? どういうことだ!」

「私たちは事故現場を特定しているわ。よくもこれまで嘘を抜け抜けと。宮田さんと『巫女』があれば、もうお前たちなんか必要ないわ!」

 板野章子の言葉を聞くに、早苗は、彼女たちが宮田に何か吹き込まれていると想像した。おそらく、門脇を疎ましく思った宮田が、板野章子たち取り巻きを使って妨害工作を密かに行っていたということだ。

 しかし、事故現場がどうこうと言っていうところをみるに、実は複数あり、そのどれかということまでは知らないと言える。

 だが、それはどうでもいい。金子和樹がどこに行っているのかが問題だった。加藤早苗にとっては、死なれては困るのだ。

「……こ、小林秀樹の家の北……の、三叉路の……ところだ」

 ふいに、金子芳樹が言った。息も絶え絶えながら、力を振り絞って言った。

「チッ! バラすんじゃねえ!」

 板野章子は芳樹の腹を再び蹴った。もはや立ってすらいられなくなった芳樹は、そのまま地面に倒れ込んだ。

 それを聞いた早苗は、すぐさま駆け出した。が、章子の仲間によって取り押さえられる。

「くっ、裏切り者が!」

「行かせるわけにはいかないわよねえ」

 もはや勝利は確実と、余裕の表情の章子の前を誰かが駆け出した。

 涼子だった。

「私が……、私が和樹くんを助ける!」

「な、なんだとっ!」

 章子たち全員が驚きの声をあげた。涼子は因果を踏むために、公安の連中と行動をともにしているはずなのに、どうして世界再生会議を助けるような行動をするのか。涼子が情に動かされてしまったことをみんな知らなかった。

 慌てて章子が取り押さえようとするが、学級でも一、二を争うくらい足の速い涼子には、とても追いつけない。

「待て! 藤崎涼子!」

 板野章子の絶叫を背に、涼子は全速力で走る。

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