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こんなのおかしい

「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」

 そう言って子供が姿を見せた。なんと、金子和樹だった。

 涼子は驚きのあまり、しばらく声を失った。


「あっ……ええと、金子……和樹くん?」

「うん、あれ? お姉ちゃん、ぼくのことしってるの?」

 和樹はキョトンとした顔で、涼子の顔を見ている。

「う、うん……ええとね、お兄さんの同級生なんだよ」

「えっ、兄ちゃんの?」

「ねえ、お兄さんから何か言われてない?」

「兄ちゃんから? ……うぅん、別に何も……でも、それがどうかしたの?」

 ふいい聞き返されたので、少し狼狽した。そして、どこか居心地の悪さを感じ、この場を逃げたいと思った。

「そう。ああ、別になんでもないのよ」

 涼子は立ち上がると少し慌てた様子で、

「――じゃあね、もう帰るから」

 とだけ言って、その場から去ろうとした。

「――足だいじょうぶ?」

 和樹は涼子の足を指差して言った。心配そうに涼子の顔を見ている。先ほど転んだのを見ていたから、心配してくれたのだろう。

「え? ……ああ、まあ、大丈夫よ」

 涼子は土のついた足を触ってみた。が、転んで板にぶつけてしまったところが少し痛いだけで、他は問題なさそうだ。

「ほんとう?」

「うん。じゃあね、和樹くん」

 涼子は足早にその場を離れた。ちょっと振り返ると、まだその場で涼子の方をじっと見ていた。

 民家の塀の向こうに行くと、すぐに塀の陰から和樹の様子を監視した。涼子の姿が見えなくなったのを見届けてからだろうか、自宅のある方へ向けて歩いていく。

 ――それにしても、優しい穏やかな子だった。攻撃的で他人を寄せ付けない、兄の芳樹とは正反対の性格だ。

 ――あんないい子が……。

 涼子は心が痛んだ。これから死んでいくことになるなんて、そんな酷い話って……このことが、自身の体に重くのしかかってくる。その重さに体が震えた。そして無意識に自分で自分の体を抱き抱え、その場にしゃがみ込んでしまった。

 ――できない……。そんなことできない。そんな、そんな……。



 悟や朝倉たちは、事故予定場所では事故は起きないと判断した。これまでの失敗などが後に響いているのではないか、これはもっと前から感じてはいた。

 世界再生会議の構成員が怒鳴られている間に、一目散にその場を退散した。それに気がついた構成員たちは、口々に吠えるが、無視されたと思った中年オヤジに更に怒鳴られる。

 その間に、さっさとその場を退散した。

 とりあえず、金子芳樹の自宅に向ことにした。


 しばらく進んだ細い道の途中、悟たちの前に数人の中学生が現れた。

「どこに行く気だ? クソガキども、ここから先は、行き止まりだぜ」

 とても小学生言葉とは思えない雰囲気があった。明らかに、再生会議の構成員だろう。どれも知らない顔だった。

 ――いったいどうして、こんなに大勢の構成員を遡行できたのか、不思議に思った。こちらが奇襲をかけて時間遡行を行ったというのに。まるで再生会議の連中に、こちらの計画が漏れていたかのようだ。

 ――まさか……。

 悟は何かを予想したが、とりあえずは目の前のハードルを乗り越えないと、と考えて思索をやめた。


「そんなわけがあるか。そこを通してもらおうか」

 朝倉は、目の前の敵を睨んだ。

「行き止まりだって言ってんだろうがっ!」

 中学生が、突然拳を振り上げて殴りかかってきた。一番近いところに立っていた佐藤信正は、避ける間もなく頬を思い切り殴られた。勢いで転がり転倒する佐藤。

「佐藤くん!」

 横山佳代が青ざめた顔で叫んだ。普通の小学生ならすぐに泣いてしまっていたかもしれないが、頭の中は大人である佐藤は、すぐに起き上がると眉毛を釣り上げて突進した。

「何するんじゃあぁっ!」

 相手の腹に頭突きを喰らわし転倒させると、そのまま馬乗りになって殴りつけた。

「てってめえ!」「クソガキが!」

 逆上した中学生たちは、複数で佐藤信正に殴りかかる。

「お前たち! ここはいいから先に行け! ウグッ」

 背中を蹴られた佐藤は、苦痛で顔を歪めた。

「佐藤!」

 朝倉が叫ぶが、喧嘩が苦手な朝倉では助けられない。

「隆之! みんなと一緒に行ってくれ、ひとりだけじゃ無理だ!」

 及川悟はそう言って、すぐに佐藤の援軍として突撃した。

「ちょ、ちょっと及川くん!」

「やむをえない、行くぞ。横山、矢野! すまん、佐藤、悟!」

「早く行け!」

 佐藤の叫びに、朝倉と佳代、美由紀が一目散に駆け出していく。佳代と美由紀は心配そうに後ろを振り返りながら走っていく。

「待ちやがれ!」

 中学生のひとりが佐藤から離れて三人を追って行った。


 その喧嘩の様子を陰から眺めている女の子がひとり。加藤早苗だ。

 ――チッ、使えない連中だ。三人逃げたのに、ひとりだけで追うとは。……しかし、こっちはそもそも五人配置されていたはずだが……なぜ動いた?

 人員の配置が変わっている。勝手に動いたか、誰かが作戦変更を指示したか。

 早苗は思い当たるふしを思いつき、すぐさま駆けて行った。

 ――おそらく……裏切り者がいる。



「どうなっている?」

 宮田はやってきた板野章子に尋ねた。

「はい、うまくいってますよ。偽命令で関係ない場所に移動しています。ふふ、これで門脇の野望は……」

 どうやら宮田たちが、裏で妨害工作をしたようだった。

「本来の事故予定時間を過ぎているが、金子和樹がまだ自宅に戻っていない。もうひとつの事故予定地点はどうなっている?」

「大丈夫です。指示通り、金子芳樹に嘘の情報を伝えています。バカな金子は、まんまと弟を本当の事故地点に移動させていますよ」

「そうか――ふふふ、これで我々の勝利だ。ふふふ」

 宮田は勝利を確信して満面の笑みを見せた。


 宮田は、門脇には内緒で独自に因果の解析を行っていた。それによると、金子和樹が事故にあって、因果を達成する地点は数カ所あることを発見していた。それを知らない金子芳樹たち構成員は、その一箇所の事故地点を巡って動いている。

 宮田は都合のいい地点に誘導するために、嘘の情報を「秘密の指令」として個々に伝えていた。



 涼子は走っていた。やっぱり自分の感情に嘘はつけない。あんな子を死に追いやるのが本当に正しい未来なのか。

 涼子は決心した。

 ――和樹くんを助ける。あんな子を助けられないで、何が正しい未来だ。

 ――もちろん、それは自己中心的なわがままだ、と言うことはわかっている。でも、本当に和樹くんが死なないとだめなのか。死なずに済む方法だってあるんじゃないか。

 ――甘い考えだ、そんなことはわかっている。いつでも犠牲は付き物だ。すべてが思い通りにいくことなんてない、それは自分自身でもよくわかっている。

 この因果が必ずしも必要だというのならともかく、たった一パーセントであっても、将来で軌道修正できるというのなら——。

 死の運命から救うべく、涼子は和樹を探した。

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