この時のために
板野章子は、先ほどのことを頭の中で反芻していた。
——この作戦はどうもおかしいのだ、板野くん。
——おかしい?
——うむ。門脇の考えが読めないのだよ。彼はいったい何を考えているのか?
——門脇がよくわからないのは前からでは。
——そうなのだ。しかし、今回はどうもわからん。「巫女」の「神託」も歩に落ちない。
——どういうことですか?
——この因果を邪魔した場合、金子和樹の命が救われるはずだが……ちょっと気になることがあってね。これを考慮して、門脇に内緒で「神託」を受けたのだよ。「巫女」の「神託」によれば……そうとは限らんのだ。金子和樹が死ぬ可能性が示されたのだ。
——なんと? でも、前にはそれで……。
——うむ、そうなのだ。しかし「神託」ではそうとは限らない、というのは引っかかる。本当に門脇の言うとおりにやっていいものか。彼が何を考えているのか。
——なるほど。……そういえば、門脇の気になることというのはなんですか?
——あ、ああ……まあちょっとな。それはともかく、我々とは別の思惑があるような気がしたのだ。
——まさか、門脇が何か目論んでいると言うことが?
——それだ。もしかしたら、奴自身が再生会議の議長の座を狙っているのかもしれん。
——それはあり得ますね。私も前から怪しいと思っていました。何せ作戦のすべてを仕切っているのだから、なんでもやりたい放題なはずです。
——それでだ。君たちに秘密の作戦を授ける。
——はい。
章子は、前から門脇の存在が疎ましかった。いつも自分たちの前に姿を見せず、それでいて門脇の作戦で実際に働くのは自分たちだけなのだ。
門脇に都合よく顎で使われているようで、とにかく不愉快だった。組織のためだと思い、今まで我慢してきたが、そういうことならもう遠慮はいらない。
——世界再生会議の議長は宮田さんだ。そして私はその側近として富と権力を手に入れるのだ。フフフ……。
章子はそう心に思うと、急にやる気が出てきた。それに、同じように気に入らない金子芳樹にも遠慮はいらない。
——宮田さんは「今回の因果はそのまま奴らに踏ませよ」と言った。今回の因果は、どうも門脇に都合のいい未来に導く結果となる可能性があるらしい。公安の連中に協力するようで気に食わないが、それでも、組織内の「敵」はまず排除しなくては!
ニヤリと笑い、ふたりの仲間と共に、作戦の妨害に向かった。
涼子と佳代は、手分けをして和樹を探した。その時、悟と岡崎がやってきた。ようやく解放されたようで、大急ぎで駆けつけたようだ。
「……さ、悟くん。実は——」
涼子は和樹を見失ったことを説明した。
「なんだって? ……しかし、すぐに見つかり……いや、再生会議に連れ出されている可能性がある」
「ど、どこかに隠れているようにされているんじゃ」
岡崎謙一郎が言った。
「うん、そこまで露骨ではないにせよ、何かで釣って目立たない場所へ誘導している可能性もある」
悟が言った。
「それじゃ見つけようがないんじゃない? というか、そうさせないためにつけてたっていうのに……はぁ、ダメねぇ」
「落ち込んでいる場合じゃないよ。とにかく探そう。僕は向こうを探す」
「じゃあ僕はこっちだ」
「私はあっちを探すわ!」
三人はみんなそれぞれ別の方向に走っていった。
その場にひとり残された涼子。少し考え、金子芳樹の家の方に向かうことにした。事故予定現場はその途中にあるが、まだ時間がある。今から行っても、先回りしている佐藤と美由紀がいるだけだろう。今から行っても意味はない。少し回り道しつつ探すことにした。
涼子はしばらく道を進んで、その先に数人の小学生を見つけた。しかしどう見ても五年生か六年生と思われ、あれは違うと思った。
また、さらに見つけるも、やっぱり違う。あちこちに小学生の姿が見えるが、その中から金子和樹を見つけるのは少し難しいかもしれないと思った。
思いきって、細い路地に入って、そこをドンドン進んでいった。通ったことのない道なので、どこに出るかわからないが、このくらい思いきって探さないと見つからない気がしたのだ。
そして……その思いきった作戦は成功した。
路地から広い道へ出たところで、金子芳樹と和樹の兄弟が一緒にいるところを見つけた。
慌てて隠れる涼子。どうしたものかと、身を潜めて兄弟の様子を眺めた。何か話しているようだ。
「——だからな、あっちの永安橋の近くを通って帰るんだ」
「どうして?」
「……まあ、たまにはちょっと違う道でもいいんじゃないか」
「うん、でも兄ちゃんも一緒に帰ってくれる?」
「ああ……いや、すまん。まだ用事があるんだ。先に帰っててくれ」
「そうなの……うん、わかった。じゃあ、向こうを通って帰るよ」
「ああ、車に気をつけてな」
「うん、じゃあね!」
和樹は兄に手を振って、自宅の方向より大分大回りした道を歩いて行った。
涼子はその様子を眺めている。芳樹がその場から立ち去るのを待った——が、急に、芳樹がこっちを睨んだ。
「おい、藤崎。そこにいるのはわかってるんだ。出てこい」
涼子はギョッとした。どうやらバレていたようだ。やむなく、物陰から出てきた。芳樹は表情を変えず、涼子を憎たらしげに睨んでいる。相変わらずの人間を寄せ付けない刺さるような視線に、涼子はたじろいだ。
「藤崎、お前——記憶が戻ったんだってな?」
「どうしてそれを?」
涼子は驚いた。それは本当にごく一部の人にしか話していないことだ。いったいどこから話が知られてしまったのか。
「組織の情報網を舐めるな。もうとっくに把握している。そして、お前が公安の連中に協力しているっていうのもな」
「金子くん。この因果だけど……」
「ふん。弟は死なない。お前らなんかに殺させやしない」
「殺すって、そんな!」
「違いはねえだろ。——俺はな、この時のために宮田に協力して、組織のために仕事をした。この時のためにな」
金子芳樹は涼子から体を背けると、弟が歩いて行った方に向かって駆け出した。
涼子はそれを茫然と眺めていた。