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蠢く思惑

 四月二十五日。涼子は朝から気が重かった。原因は今日起こる因果だ。

 下校途中の金子芳樹の弟、和樹が「車に轢かれて亡くなる」という因果を踏まなくてはならない。そうしないと、世界再生会議が裏で世界を支配する未来にかなり近づいてしまうという。

 一時間目が終わった後の休憩時間に便所へ行って戻りがけ、向こうから横山佳代がやってきた。

「涼子、今日……」

「うん……わかってる。でも佳代、いいの?」

「しょうがないよ。やらなきゃ……過去に戻ってきた意味ない」

「今までも失敗した時ってあるよね。今回も——」

「ううん、だめだよ。どうやら金子くんの弟は、生きていると、再生会議にとってかなり重大な存在になるみたいだし。心苦しいけど……やっぱり……」

 佳代は顔を曇らせ項垂れた。

「だよね……」

 涼子も同じように顔を曇らせた。

 そんなとき、授業開始のチャイムが鳴った。ふたりは慌てて教室に戻った。



 昼休み、朝倉はメンバーを集め、数日前に打ち合わせた作戦の確認をした。加納慎也のみ、事前の下調べのためにこの場にいなかった。

「——そういうことだから頼むぞ」

「……ええ」

 横山佳代や矢野美由紀たち女子は返事が弱い。気が進まないことは容易に想像できる。

「そんなでは因果を踏むことなどできんぞ。しっかりしろ!」

 佐藤信正がふたりを叱咤する。しかし佳代はすぐに反論した。

「そういうわけもにいかないでしょ。あんたこそ、よく平然としてられるわね!」

「そんなことを考えてもどうにもならんだろう! もともと死ぬ運命にある人間がその通りになることは自然のことだ。……俺だって気分のいいものじゃない。死なずに済む方法があれば、そうしてやりたいというのはある。しかし、それはできない——無理な話なんだろう。それで、その結果がどうなるのかは知っているはずだ!」

「そんなのわかってるわよ! わかってるけど……」

 佳代は口籠った。そして周囲には重苦しい空気が漂う。

 涼子もこの場にいたが、何も言うことができず呆然とその様子を見守っていた。涼子も気乗りしないせいか、どこか顔が青い。

 それに気がついた悟が声をかけた。

「涼子ちゃん、大丈夫?」

「え? あ、うん。だ、大丈夫だよ」

 それを聞いた佐藤は、

「しっかりせんか! そんなことでは何もうまくいかんぞ!」

 と、怒鳴った。しかし、それを悟が咎めた。

「佐藤くん。そんな大きな声を出さなくても——そもそも彼女は僕たちとは立場が違う」

「う、むむ……すまん、藤崎。言い過ぎた」

 佐藤は申し訳なさそうに項垂れた。


「とにかく、何がなんでも踏まねばならない因果だ。重ね重ねいうが、とにかく確実に正確にやってくれ。未来は諸君の手にかかっている」

 朝倉は仲間にむかって言った。悟たちは、その言葉に、黙って頷いた。



 別の場所では、世界再生会議のメンバーが集まって打ち合わせをしていた。金子芳樹もいる。緊張感を漂わせながら、黙って腕を組んでいた。

「……強引に引っ張っていくと、そこで未来が変わる。それはまずい。うまく誘導しなくてなりません」

 衝立の向こうから、宮田のブレーンである門脇が作戦の説明をしている。門脇はいつもこうで、姿を見せない。なので仲間からの人気は乏しい。

 集まっていた中のひとりが言った。

「前から思っていたけどよ。もう、芳樹がどこへでも引っ張っていったらいいんじゃないのか? なんでそんなまどろっこしいことを——」

「それでは駄目なんですよ。はっきり言うと、これをやると、失敗します。これまでもそうですが、未来への道というのは『これをやったらこうなる』と単純な話ではないのです」

「だったらどうなるんだ」

「わかりやすく言えば、そうして回避しても、実は別のところで車に轢かれて死ぬ運命なのです。なので、我々は先ほども説明したように、そのまま自宅に戻って、それから家を飛び出したところで車に轢かれないと駄目なのです。これだと重傷で済みます。これによって、未来に生きることができるのです」

「うむむ……まあ、本当かどうかよくわからんが……」

 世界再生会議のメンバーは特に反論できずに黙った。


 ここでよく思い出してもらいたい。彼ら世界再生会議が因果を妨害するには、『和樹が自宅に戻って、それから家を飛び出して轢かれる』必要があると言う。

 しかし、朝倉たちは『通学路の途中の、特定の場所で轢かれる』ことでのみ、因果を踏むことができると言っていた。再生会議の言うことが正しいなら、因果を踏むための条件はもっと簡単なはずである。

 それぞれが微妙に食い違っていた。どちらが正しいのかはわからないが、何かありそうでもある。


「おっと、そろそろ昼休みが終わりそうです。では、みなさん。くれぐれもお願いしますよ」

 世界再生会議の打ち合わせは終了した。


 門脇が廊下を歩いていると、そこへ後ろから女子が声をかけた。その女子は、加藤早苗だった。涼子の友達のひとりである。普段の子供らしい表情はなく、明らかに大人の意識を持っていた。

「——宮田はどうするでしょうか」

「わかりませんね。初めはまさかとは思っていたが、あの様子では……しかし、この因果を踏まれるわけにはいきません。和樹くんには死なれては困りますので」

「ええ。私はどうしたら?」

「とにかく、表では動かない方がいいでしょう。公安にも躊躇する方がいます。とりあえず隠密に監視していてください。まずい事態になりそうなら、その時は動いてください」

「——わかりました」

 加藤早苗は返事だけすると、すぐに門脇の側を離れていった。

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