いじめ
「おい、和樹。おまえ、とうちゃんいねぇんだろ」
「おやなし、和樹! とうちゃんいねぇ!」
世界再生会議のメンバー、金子芳樹の弟である和樹は、同級生たちにいじめられていた。父親がいないことでやられている。母親も、世間的に大きな声で言えないような仕事をしていることもあって、余計にいじめられた。
芳樹は喧嘩も強く、そもそも怖がられていることもあって、いじめなど無縁だが、穏やかで優しい性格の和樹はやられ放題だった。
「リコンしたんだって? リコン!」
「リコン! リコン!」
子供たちのいじめは執拗だ。そして度が過ぎると手が出る。和樹の場合も、蹴られたり、叩かれたり、ホウキで叩かれたり雑巾を投げられたり攻撃的だ。
昭和五十年代の終わり頃、「いじめ」が社会問題化していた。単純にからかったり悪戯する程度のものではなく、殴る蹴るなどの暴力行為も増え深刻化していた。特に中学生や高校生の校内暴力は深刻で、昭和五十年代前半頃には問題は全国規模に広がっていた。
ちょっとした「他の子と違う」部分をきっかけにいじめが始まる。和樹の場合もそういう理由で、理不尽な仕打ちを受けていた。
「あっ、兄ちゃん。おかえり」
「ただいま。和樹、腹減っただろ。ちょっと待ってろよ――和樹? お前、その傷どうした?」
芳樹は帰宅した和樹の頰に擦り傷があるのに気がついた。
「なんでもないよ。転んだんだ。しんちゃんと遊んでてね、走ってたら転んじゃって……」
「ならいいが……気をつけるんだぞ」
「うん」
和樹はニコリと笑った。その笑顔を見た芳樹は、少し安心したように顔をほころばせた。
「和樹、今日は唐揚げを作るぞ。お前好きだろ、唐揚げ」
「うん! ぼく、だいすきだよ! 兄ちゃん、はやくはやく!」
「おいおい、ちょっと待っててくれよ。すぐ作るからな、へへっ!」
芳樹はすぐに台所で夕飯の支度に取り掛かった。
「本当に大丈夫なんだな?」
芳樹は、宮田に詰め寄った。その迫力にたじろぐ宮田。
「だ、大丈夫だと言っているだろうが。君の弟は無事だ。……妨害できればな」
芳樹はスッと体を背けると、
「必ず妨害する。必ずな!」
と叫び、そのまま宮田のもとを立ち去った。その遠慮のない芳樹の態度に、苦々しい表情で見送るが、宮田にはどうすることもできなかった。
「……くそっ! 金子め。えらそうに!」
思わず吐き捨てた宮田の背後から、少年が姿を表した。門脇だった。
門脇は宮田のブレーンであるが、加納慎也によると、裏では世界再生会議への裏切りを目論んでいるという。いつも物陰に隠れて姿を見せない。仲間からは、相当の切れ者だと認識されているが、不気味がられるか毛嫌いされているかだ。
「——宮田さん。今は我慢してください」
「わ、わかっている!」
つい感情的に答える。
「この因果は、なんとしてでも阻止しないといけません。金子くんに関係する因果です。存分に働いてもらうといいでしょう」
「……ま、まあ……な」
どうも宮田の返事は沸きらない。
「そんな弱気ではできることも、できなくなりますよ」
「わかっていると言っている!」
宮田は顔を真っ赤にして叫んだ。
「うわぁぁぁっ!」
宮田は、絶叫とともに目を覚ました。
「ゆ、夢か……」
夢を見ていた。今度の因果の後のことを。学校の同級生たちが、宮田を「犯罪者の息子」と罵り、指差して嘲った。そして「いじめ」が始まる。同級生たち全員から無視される宮田。そんな様子に気がついていない教師たち。
いじめの加害者たちは狡猾だ。学校には気づかれないように、ジワジワと宮田を虐める。しかもそれだけではない。
ボンタンに短ランなどの変形学生服に身を包み、眉毛を小さく、額には剃り込み。当時の典型的な不良が、自分の席に座っている宮田を取り囲む。そしてニヤニヤと悪意のこもった笑みを浮かべ、宮田の頭を小突く。それが殴る蹴るに変わっていき、学校裏に連れて行かれて……。
そして地獄は始まった。
宮田の額を汗が伝う。まだ暑い季節ではないが、かなり汗を書いてしまったようだ。
とてつもなく嫌な夢だ。遡行される前の、世界再生会議の思うがままだった世界の中学生時代。これのせいで登校拒否に陥り、若いのに白髪が増え、陰湿な性格に拍車がかかった。
もう、あんな地獄は見たくない。絶対に嫌だ。絶対に、絶対に嫌だ——。
宮田は布団から出て、部屋のカレンダーを見た。その表情は暗い。呻くように、心の中でその理由を吐いた。
——因果……くそっ! 因果など……因果など……チクショウッ!
例の因果の日まで、あと数日。